第35話 シスタークライシス
「来ましたか、ダージュ……お喋りは、楽しかったですか?」
背後から近付いた形になってしまったのだが、彼女は自然と立ち上がり俺の名を呼んでくれた。
「ひ、久し振り……ですね。シスター」
「えぇ、お久し振りです。私の依頼を受けてくれたのですね、嬉しいです」
こちらに振り返って微笑む、昔と変わらぬ彼女。
“シスタークライシス”。
フルネームを、リリエ・クライシス。
今では珍しいハイエルフであり、ロトト村にいる頃は様々な事を教えてくれた女性。
あの頃から、全く変わっていない。
長寿という意味で姿も、そして雰囲気も。
どこか神秘的な雰囲気を纏う、孤高のシスター。
そんな風に思う程、俺達とは違う“何か”を持っている様に感じられる存在。
「指名依頼……だったから。でも、こんな事をしなくても……声を掛けてくれれば」
「お金に煩い教会の者らしくない、ですか? フフッ、ちょっとしたお遊びですよ。貴方の方から、会いに来て欲しかったので」
クスクスと笑いながら、彼女は此方に近付いて来て。
スッと掌を伸ばしたかと思えば。
「……あらら、随分と背が高くなりましたね。もう昔みたいに気軽に頭を撫でてあげられません」
必死に背伸びしたシスターが、俺の頭に向かって手を伸ばしていた。
どこか緊張していたのだ、この人と再び会う事を。
昔あった事を、この人に話すのが怖くて。
だからこそ、気を張っていた。
だというのに、こうして昔同様の仕草を見せてくれる彼女に。
心のどこかで、緊張の糸が解れた気がする。
「これで、良いだろうか」
呟いてから膝を折り、まるで彼女に跪く様な姿勢を取ってみれば。
彼女は満足気に微笑んでから。
「はい、これなら撫でてあげられます。良い子良い子。ダージュは昔から、私の話を真剣に聞いてくれましたからね」
「シスターは、間違った事を教えない、から……」
「そんな事はありません、私だって生物である以上間違いは犯します。でもソレを含めて、私の話を“理解”してくれる子供は、あの村では貴方達兄妹だけでした。本当に、久し振りですね。ダージュ」
とても優しい言葉を残しながら、彼女は俺の兜を撫で続けている。
彼女は全く変わらないが、俺は随分と老けたのだ。
兜を取って、失望されたくないと思ってしまったのだが。
相手はそれさえも見通しているかのように、此方の兜をゆっくりとした動作で外していく。
そして、直接俺と顔を合わせたかと思えば。
「フフッ、全然変わりませんね。貴方の瞳は、昔からずっとそのままです。真っすぐで、とても綺麗な瞳。ただいま、ダージュ。随分と時間が経ってしまいましたが、貴方の事がずっと気になっていました」
それだけ言って、俺みたいなのをその胸に抱きしめてくれるのであった。
昔から、剣術以外はろくに出来なかった。
友達も出来ないし、力加減も下手くそで、要領が悪くよく大人達に怒られていた。
でも彼女だけは、こうして抱きしめてくれたのだ。
「真面目で、不器用で、人一倍頑張るダージュ。よく頑張りましたね、立派になりましたね。私は、今の貴方の姿が見られて幸せです」
その言葉に、涙が零れそうになった。
この人と、妹だけだったのだ。
俺を肯定してくれて、温かい言葉を掛けてくれるのは。
何度失敗しようとも、こうして受け入れてくれたのは。
「お、俺は……いっぱい失敗して。ロッツォにも怪我をさせて、村も追放されて。村の剣だって、その……」
「理由が、あるのでしょう? “言い訳”だなんて思わなくて良いですから、全部教えてください。貴方のやった事、思った事。その全てを。そしてこの街に来てからの事、いっぱい教えて欲しい事があります。ダージュ、“貴方の言葉”で私に教えてください」
どこか、ずっと気を張っていたのだろう。
子供の頃に村から旅立ち、一人で生きていく事を覚悟して。
その後は妹が越して来たから、あの子は良い学校へ行って、良い人生を送って貰わないとって。
だからずっと、ソロでも頑張って来た。
でも“光の剣”があるから、どこか後ろめたい気持ちを持ち合わせていた。
しかし相談出来る相手もおらず、俺の性格の影響で語る事も出来ず。
ずっとずっと、俺の中だけで渦巻いて来た。
だというのに。
「いいんですよ、ダージュ。全てを吐き出しなさい。情けない気持ちも、苦しいと思った記憶も、他人には言えない事も。全て私が呑み込んであげますから。貴方の“懺悔”を、私が聞きますから。今だけは嘘や虚勢等張らず、全てを曝け出しなさい。そしたらちゃんと、“御褒美”をあげますから」
そう言って、シスターは子供に向けるような柔らかい笑みを浮かべるのであった。
※※※
「ただいまぁ」
「おかえりなさい、兄さん。って、あれ? ノノンはどこですか?」
帰宅して声を上げてみれば、妹がパタパタと足音を立てながらリビングからやって来た。
そして、俺が一人で帰って来た事に違和感を覚えている様だが。
「コレ、お土産。“御褒美”貰っちゃった」
そう言ってから、袋に詰まったクッキーを差し出してみれば。
妹は驚愕の表情を浮かべ。
「コレって……え? まさか、シスターが今街に居るんですか!?」
御褒美という単語と、菓子を見てすぐに気が付いたらしい。
まぁ、そうだよな。
シスターの言う御褒美というのは、基本的にこのクッキー。
でも、旨いんだコレが。
森の木の実なんかを砕いて混ぜ込んでいる代物だが、そこはやはりハイエルフ。
自然の物に対してどれも扱いが上手く、とてもじゃないが真似できない様な絶妙な具合で菓子を拵えるのだ。
「ははは……色々と弱音と愚痴を溢してしまった。全部話したら、ノノンはシスターが教会で預かってくれるって。ノノンもシスターなら懐いてくれて、しばらく向こうで修道女として暮らすらしい」
「まぁシスターなら安心かもしれませんが……大丈夫ですかね。ノノンは、あの状態ですし」
「むしろ教会はそっちの専門家でもあるからな。しばらくは彼女のお付きとして置いてくれるらしいから、大丈夫だと思うんだが」
そんな会話をしながら装備を脱ぎ、自室の壁に掛けていく。
今日ばかりは夕飯まで待てなかったのか、妹も後ろにずっと付いて来てしまった。
「まぁ、そういう事でしたら。でも度々様子を見に行った方が良いかもしれませんね」
「だな。俺が仕事の時は、ミーシャに頼むかもしれない」
「問題ありません、私も久しぶりにシスターとお話したいですし」
結局の所、久し振りにあったシスターにまたお世話になる事になってしまった。
心を病んだノノンを癒し、兄であるアバンの元へ戻す為に。
様々な苦労はあるだろうが、どうしてもあの人には頼ってしまう。
悪いとは思いつつも、彼女が良いと言うのなら……そんな風に思って、預けてしまった。
甘えているな、本当に。
「とはいえ、預かったのは兄さんです。ちゃんと見てあげないと駄目ですよ?」
「分かってる。ノノンの調子は街に居る間、必ず確認するさ」
そんな会話をしながら、俺達は久し振りにゆっくりと夕食を採るのであった。
但し、シスターに預けるのにも条件がある。
彼女に仕事が発生した場合、その“手伝い”をする。
それが、ノノンを預ける条件ではあるのだが。
果たして、どうなる事やら。
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