第34話 教会


 もはや何杯目のお茶なのか分からない。

 応接室に案内してくれたシスターは、どうにかこう話題を振ろうと必死で会話してくれているのだが。

 俺が「あぁ」とか、「そうか」とかしか喋らないので、かなり気まずい雰囲気が広がっていた。

 その為、此方がお茶を飲み干す度に“おかわり”を注ぐ形になり、随分と水分補給だけさせて頂いている状態。

 ノノンも飽きしまったのか、ソファーで居眠りを始めてしまった。


「そ、その……ここでは、孤児なども、保護しているのか?」


「い、いえっ! ココは基本的に才覚を認められ、教会関係者となる為に修行している者か、治癒専門の術師が集まる場所ですので。孤児を保護しているのは、基本的に周囲のもう少し小さい教会です」


「そ、そうなのか……」


「えと、はい……そうですね。なんか、すみません」


 会話が、続かない。

 もしも孤児達が居るのなら、ノノンはしばらくそちらで遊んで来ても良いかと思ったのだが。

 どうやら、駄目だったらしい。

 どうしたものか……このままでは相手にも悪いし、俺も気まずい。

 だってどう見ても此方に気を使って、必死に話題を考えてくれているのだから。


「俺は、その……聖堂の見学でも、してこよう……かな? 出来れば、ノノンを見てくれていると、助かる」


「え、あ、はいっ! どうぞ、いってらっしゃいませ! 此方はお任せください!」


 やはり相手も気まずかったのか、俺が席を立つとホッとした様な表情を見せた。

 まぁ、そうだよな。

 相手はまだ若いシスターなのだ。

 それが金貨を貰ったからって、狭い応接室でこんな大男と一緒だったら怖いだろう。

 冒険者というのは、荒くれ者というイメージだって強い筈だ。

 もっと言うなら、俺の大剣が壁に掛けてあるのだ。

 そりゃ、怖いよね。


「それじゃ……頼んだ」


 ボソリと呟いてから席を立ち、大剣を背負って部屋を出た。

 ここ最近で、前より少しは会話能力も成長した気でいたのだが……全然、駄目でした。


 ※※※


 女神像が祀られている場所で、多くの人々が祈りを捧げていた。

 シスターや神父が相手の話を聞いたり、家族でお祈りにでも来たのか、長椅子に座りながら静かに祈りの姿勢を取っている人達もチラホラ。

 そんな中、広間の隅っこで腕を組んで佇んでいる俺。

 すんごい場違い感、ヤバイ。


「お祈りですか? それとも、懺悔にいらっしゃいましたか?」


 初老とも言える神父が、俺に声を掛けて来た。

 この人、先程まで他の人の話を聞いていた気がしたのだが……もう手が空いたのだろうか?

 随分と勤勉な人だ、休憩も取らずに様々な人と会話しているのか。

 俺には絶対無理だな。


「お布施なら……さっき」


「あはは、そういうつもりで御声掛けした訳ではありませんよ」


 それだけ言って、彼は静かに俺の隣に並んで来た。

 え、なに? 何でこの神父俺の隣に並んだの。

 ちょっと反応に困ると言うか、どうしたら良いか分からないのだが。

 などと思っていれば、相手はにこやかに微笑み。


「少々お困りの様に見えましたので。こんな老いぼれで良ければ、話し相手にでもなろうかと」


 いやぁ……ソレが難しそうだったのでコッチに逃げて来たんですが。

 思わず兜の中でヒクヒクと頬が引きつってしまった。

 しかし相手は気にした様子も無く、そのまま話を続ける。


「見た所、お喋りは苦手と見ました」


「……えぇ、まぁ」


 分かっているなら、出来ればソッとして置いて頂けると。

 そんな事を思いつつ、半歩程彼から距離を置いてみた。

 すると相手は楽しそうに笑い始め。


「そう警戒しないで下さい。大丈夫ですよ、喋りたければ喋れば良いし、黙ったままの方が楽なのであれば、そうして頂いて構いませんから」


「はぁ……そういう、ものですか」


 でも普通、会話と言ったらやはり俺も喋らないと失礼なのでは?

 そう思って、相手に顔を向けてみたが。


「お喋りが好きな人間も居れば、そうでない人も居る。私が喋っていたら迷惑だ、というのならそう仰ってくれて結構ですが……どうにも、貴方は“お喋り”自体は嫌いではなさそうだ。好き嫌いと、得手不得手はまた別のモノですから」


 そう言われた瞬間、カッと目を見開いてしまった。

 凄いな、神父って。

 見ただけで、そういう事まで分かるモノなのか?

 驚愕しながら、相手の話に耳を傾けていると。


「私は昔からお喋りでしてね。一人だって、聞いてくれている人がいるのならずっと喋っていられる程でした。ハハハッ、お恥ずかしい限りですが。ソレを仕事にしようとした結果、ココに行きついた、と言う訳です。相手の悩みを聞き出し、相談に乗り、促す。どうしたって私の考えにはなってしまいますが、そんな言葉でも必要としてくれる人が居る。それは、とても素晴らしい事だと思うのです」


「神父やシスターは神の代行者、それは神の言葉……みたいに、言わないんだな」


「はっはっは、それこそ面白い冗談です。確かに我々は神の代行者を名乗ってはいますが、少なくとも私は、神様のお言葉を聞いた事がありませんから。貴方も、神様というモノを信じていない口でしょう?」


「まぁ……そうだな。神様に、助けられた事がないから」


 あ、あれ?

 俺今、結構普通に会話出来てないか?

 凄い、凄いぞ。

 神父様ってやっぱり凄い人なんだ。


「結局そういうものですよ。人知を超えた存在に頼らないと、生きていけない人は居る。それも事実です。ですが、そうでないのなら……別に神様なんていらないんです。私が言ってはいけない台詞でしょうが、貴方にとっては不要なのでしょう。本当に強い人は、自分の力だけで生きていけるものですから」


「俺は……強くなんか、ない」


 ポツリと呟けば、神父は満足そうに微笑み。


「私が知る限り“本物の強者”こそ、そう言うのです。弱い人は、強い何かに縋る。普通の人は、それらを笑ったりもする。少しだけ強い人は、自らを大きく見せる。強い人は、ソレを誇示する為に正義を語る。そして本当に強い人は……貴方の様に孤独であり、多くを語らない」


「……」


 そうじゃない、本当に俺は口が下手なだけなんだ。

 だからこそ気のきいたセリフなんか言えないし、この会話でさえ場に合わせた言葉が選べない。

 自分でもため息が出てしまう程に、色々と考えて言葉が出なくなってしまうのだ。

 なんて、思っていたのだが。


「でも“本当の強者”だったとしても、やはり人間なのです。疲れてしまった時は、癒しを求める。誰かに助けを求める、それは普通の事です。いくら強い人間でも、一人では解決できない問題は数多く存在するでしょう。愚痴を溢したくなったり、弱音を吐きたい時もあるでしょう。もしもそういう相手が居ないのであれば、私で良ければお話を伺います。ここは、そういう場所ですから」


 それだけ言って、お爺ちゃん神父は笑うのであった。

 あぁ、なるほど。

 この人が神父である理由が、何となく分かった気がする。

 きっと彼は、誰かが欲しいと思った言葉を、ちゃんと選んで言葉にする事が出来るのだ。

 相手の見た目、雰囲気だけでもある程度察し、欲しい言葉をくれる。

 言葉を悪くしてしまえば、詐欺師みたいなものだ。

 しかしながら、彼は教会に身を置いた。

 こういう存在は、きっと疲れ切った人には癒しの泉の様に感じられるのだろう。

 俺みたいな口下手にも、こうして“会話”をしてくれるのだから。


「まぁ、こういうのもある人からの受け売りなんですけどね。あ、ホラ。あの方です。今では“教会”においての重要人物、“シスタークライシス”。私は、彼女から多くの事を学びました。それこそ、先程お話した“本当に強い人”。それは彼女の姿から想像しています。私から見るに、貴方はあの方と似た雰囲気を持っておられましたから」


 そう言って神父が指さす先には、女神像に祈りを捧げる“彼女”の姿が。

 どうやら、会話に夢中になっている内に帰って来た様だ。


「……神父様。俺は、彼女に用があって……待っていた。だから、その」


「えぇ、行ってらっしゃい。少しでも暇潰しが出来たのなら、私は光栄ですから」


 ふふっと微笑む彼に、頭を下げ。

 彼女に向かって歩き出してから……もう一度、振り返った。


「また……“お喋り”をしに来ても、良いだろうか? その……神父様と話すのは、楽しかった」


「えぇ、いつでもお待ちしておりますよ。私はいつでもここに居ますから」


 それだけ言って、彼は凄く柔らかい微笑みを溢す。

 凄いなぁ、こういう人も居るのか。

 思わず彼の元へ戻り、再びお布施をしてしまった。


「もう、頂いたと先程……」


「でも、その……教会の為に、使って貰えればと」


 そう言って手渡したのは、再び金貨。

 普通の仕事なんかをしていれば、月に三枚稼げるかどうかって程の価値なのだが。

 彼には、何と言うか……助けられた気がするので。


「では、次回はお布施など必要ありませんから。友人に会い来たつもりで、いつでも足を運んでください。お喋りだけでお金を頂いては、私も申し訳ないですから」


「わ、わかりました……すみません、金にモノを言わせた、みたいな……」


「いえいえ、コレは“感謝の気持ち”なのでしょう? であれば、今回は受け取ります。ですが、お金は貴重ですから。次回は何も用意せず声を掛けて下さいませ。ホラ、シスタークライシスのお祈りが終わってしまう前に、お早く」


「す、すみません。行って来ます」


 それだけ言って、俺は彼に背を向ける。

 なんか、良いな。

 こんな人が居るのなら、もう少し教会に足を運んでも良いのかもしれない。

 などと思いつつも、未だ祈りを続けるシスターに近付いて行くのであった。

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