2章

第33話 新しい日常?


「兄さん、おはようございます。朝ですよ」


「だーじゅ! あーさー!」


 妹の声と共に、俺の腹の上に乗っかって来る重み。

 まぁ、この程度何でもないが。

 ゆっくりと目を開けてみれば。


「おはようミーシャ。それから、ノノンも」


 それだけ言って起き上がってみれば、腹の上に乗っていたノノンがコロンっとベッドの上に転がっていく。

 ここ最近では慣れた光景だが、どちらも年頃の女の子。

 いつまでもこれでは不味いと思っているのだが……今の所、ノノンを治す術も思い当たらず。


「私はもう学園に向かいますが、本日はどうしますか?」


 制服に身を包んだ妹がそう言って来るが、ホント……どうしたものか。

 俺がずっと休む訳にもいかず、仕事に連れて行く訳にもいかず。

 日雇いで家政婦を雇うか、こういう仕事を受けてくれる女性冒険者を探す他ないのだが。


「とりあえず、ギルドに行ってみるよ。人が見つからなかったら……俺が休んで面倒を見る」


「ノノンも我儘と言う訳ではないですから、大丈夫かと思いますが……あまり無理はしないで下さいね? 私達も、専門家という訳ではないんです」


 それだけ言って、妹は学園に向かった。

 前回の依頼は、本当に異例だったのだ。

 だとしても普段通りに過ごさない訳にもいかず。

 ミーシャはいつも通り学園に通い、俺は仕事に向かう。

 その後ろに、ノノンの姿もあるが。


「離れるなよ? ノノン」


「ん! ダージュと一緒!」


 ガシッと腕にしがみ付いて来る彼女の苦笑いを浮かべながらも、俺達も家を出るのであった。

 思ったよりも、大変な生活になってしまったな。

 ため息が零れてしまいそうになるが、本人を前にしてそんな行動は失礼過ぎる。

 だからこそ、キッと意識を引き締めギルドへと向かうのであった。


 ※※※


「ダージュさん、あのですね……このままでは此方としてもお仕事を依頼し辛いというか」


「……すみません」


 リーシェさんから、そんなお言葉を頂いてしまった。

 まぁ、そうですよね。

 ただでさえ周りから嫌われている俺が、若い女の子を引きつれてギルドに来ているのだ。

 更には、俺が単独で仕事に出ようとすると非常に嫌がる。

 多分、これまで以上に良くない噂が立っている事だろう。

 それが易々と想像出来てしまうくらいに、周りの冒険者からドン引きした視線を頂いてしまうのだ。

 思わず溜息を溢してしまう様な状況だったのだが、目の前のリーシェさんは俺より大きなため息を溢してから。


「ダージュさんに新しい指定依頼が入っているんですが……受けられそうですか? しかも意味の分からない依頼なんですよ……もう、何と言うか」


「本当に、すみません」


 それだけ言って依頼書を受け取ってみれば。

 書かれていたのは、“私を見つけて”。

 その、一文のみ。

 依頼者は、“リリエ・クライシス”。


「……」


 依頼を出したと言う事は、ギルドに担保となる金額を提出したと言う事。

 だからこそ、悪戯の類ではないとは思うのだが。

 内容が、あまりにも……


「その、本人はこの街には居ると言っていました。それから……修道服を身に纏い、特徴はエルフ……そういう他無い長い耳を。何か、心当たりありますか?」


 心配そうに此方を見つめて来るリーシェさんに対し、俺は頷く他無かった。

 こんなふざけた依頼を出した上に、シスターでエルフで、更にはリリエという女性は。

 俺は、一人しか知らない。


「今日は、このクエストを受けます」


 それだけ言って、依頼書にサインするのであった。

 全く、あの人……長寿だからって言って、やる事がたまに大雑把なのだ。

 俺が憧れたシスター、誰よりも人の痛みを分かち合ってくれる存在。

 だというのに。


「あの人は、意外と適当だ。だからすぐ見つかる」


「しすたー?」


「あぁ、シスターだ。ノノンも覚えているか?」


「クッキーくれる人!」


「その人だ。であれば、探し出すぞ。彼女が……この街に居る」


 ある意味、都合が良かったのかもしれない。

 外へ仕事に出る事が出来ない今、街の中での仕事を受けられる。

 内容はちょっとアレだが、まぁノノンを連れて歩いても問題ないのは正直助かった。

 と言う事でそのままギルドを後にして、二人揃って足を進めたのは。


「まぁ、ここだろうな」


 到着したのは、この街で一番大きな教会。

 今のご時世で一般人からすると、教会は大きく分けて二つの役割を持っていた。

 一つは一般的な信仰、宗教の類としての存在。

 場所によって様々な派閥というか、信仰する神様が違ったりもするが。

 そういう教えと共に、孤児などの保護も活動内容に含まれていた。

 どうしたって“救う存在”と、“救わない存在”を区別する基準はある。

 それらは能力の差であったり、特殊な技術を持ち合わせているかなど。

 要は、育てていけば教会にメリットがあるかどうか。

 慈善事業を謳ってはいるが、流石に全ての存在を救済できるという訳ではないのだ。

 そして、もう一つが。


「すみません! 治療をお願いします!」


 見ている目の前で、教会内に怪我人が運び込まれていった。

 通常の薬や治療施設、またはポーションなどで対応出来ない事態に陥ってしまった時の対処。

 治癒魔法や、金額や術師の有無によっては蘇生魔術等など。

 そちらも、教会にとっての大きな収入源となっているという事だ。

 どんな組織だろうと、綺麗事の様な言葉を紡ごうと。

 やはりそこにはお金が必要になって来る。

 だからこそ、仕方ないとは思うのだが……ロトト村にあった教会では。

 というか、俺が知っているシスターは。

 あまりそういう事を感じさせない人だったので、大きな街の教会は少しだけ苦手だ。

 などと思いながら、入り口付近でボケッと突っ立っていれば。


「お祈りですか?」


 若いシスターが、此方に近付いて来て声を上げた。

 普段だったら多分誰も近づいて来ないけど、今はノノンが居るから声を掛けるという行動に出たのだろう。

 まぁ街中で全身鎧、更には馬鹿デカイ大剣を背負っていれば普通近づかないよな。


「リリエ・クライシスを……探している。あ、これ。お布施です」


 そう言って彼女の手に金貨を渡しみれば、相手は驚いた顔をしながら何度も金貨と俺の兜を見比べていた。

 多分、そこまで稼げる冒険者には見えなかったのだろう。

 鎧も高価に見える物を着ている訳ではないし、むしろ色々とイジッてある上に傷も多い。

 話を聞くだけなら、ここまでの金額は必要無いのだが……まぁ、これだけ渡せば相手も協力的になってくれるかなって。


「シスタークライシスなら今は外出しておりますが、夕方には戻られると思われます。どうされますか? こちらで待たれる様であれば、お茶でも如何ですか? 一度帰られる様でしたら、私から伝えておきますが。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 やっぱり、金貨を渡しておいて良かった。

 凄く協力的な姿勢を見せてくれるシスター。

 神に仕える者が、渡した金額で態度を変えるというもの凄い話だが……まぁ、気にしていても仕方ない。


「えぇと、その……であれば、もう一度、出直して――」


「だーじゅ、お茶!」


 ここに居るだけというのも気まずいので、一度帰ろうと思ったのだが。

 腕に引っ付いていたノノンが、そんな声を上げてしまった。

 元気な声を上げる彼女を見て、若いシスターは微笑みを溢しながら。


「では、こちらへどうぞ。応接室にご案内しますね。冒険者様と……其方のお嬢さんもご一緒に」


「ノノン!」


「ノノンさんですね。では、こちらです。お茶とお菓子を準備いたしますね」


 それだけ言って、別室へと案内されてしまうのであった。

 ……銀貨にしておけば良かったかも。

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