第32話 続く物語
「兄さん、何故こういう事になったのでしょうか?」
「まぁ……色々あって」
帰りの馬車で……まぁ俺は歩いているのだが。
馬車から顔を出す妹に、ジトッとした瞳を向けられてしまった。
そして、その隣から顔を出すのは。
「だーじゅ!」
アバンの妹の、ノノン。
助け出した彼女は色々と問題を残している状態に陥ってしまったのだが……それ以上に。
俺にくっ付いて回る様になってしまった。
もっと言うなら、アバンの家は奥さんであるニナさんが出産間近。
だからこそ、この状態のノノンを見ながら奥さんの面倒を見る。
というのは……アバンとしてもかなり厳しい状態に置かれてしまうのは目に見えていたので。
「その……落ち着くまで、預かろうか? 村の中で誰かに頼れる様なら、それでも良いが……これでは、な」
やけに引っ付いて来るノノンを無理やり引き剥がす事も出来ず、というか離すと物凄く悲しそうな顔をするので。
結局、連れて来てしまった。
まぁニナさんが出産し、落ち着くまでの間。という話だが。
「でも、昼間の間はどうするんですか? ミーシャは学校がありますし、ダージュさんは下手すれば何日か帰らない、なんて事もありますよね」
もはや慣れた、とばかりにノノンを窓から引っぺがし、代わりに顔を出して来たフィアさん。
本人も彼女と妹には結構懐いたのか、キャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえて来るので問題は無いのだろう。
歳自体は、かなり近い筈なんだけどな。
「人を雇うか、それともノノンを連れてでも出来る仕事を探すか……まぁ、何とかするさ。最悪俺が家にいれば良い」
「お、お金のある人は余裕ですねぇ……」
若干呆れた瞳を向けられてしまった気もするが、まぁこういう時こそ金を使うべきだろう。
普段の俺は、武装と食事と税金くらいにしか金を使わないからな。
騎士団からの依頼も度々受けているので、今の所困っていない。
と言う事で、かなり無計画に近い状態でノノンを預かって来てしまった。
年頃の女の子だから、こちらとしても気を使わなくてはいけないのは確かなのだが。
「それより兄さん、良かったですね?」
「うん? 何がだ?」
ニコニコするミーシャの声に、思わず首を傾げてしまう。
良かった、とは?
仕事が無事に終わったから、という訳では無さそうだが。
あ、いや。
ミーシャの初仕事で大成功を収めたのだ、これはお祝いしなければいけないか?
などと思いつつ、一人納得して頷いていれば。
「フィア先輩とも、普通に喋れる様になったじゃないですか。いつもみたいに、ドモってませんよ?」
「……確かに! あまり緊張しなくなった!」
「……はい?」
一人だけ状況が理解出来ていない様子だったが、これはとても大きな進歩だ。
ミーシャの先輩だから、冒険者の後輩だから、というのもあるのかもしれないが。
彼女とは、結構普通に喋っていた事に今更気が付いた。
そうか、そうか!
俺は今、フィアさんと普通に喋っていたのか。
「フィ、フィアさん! ほ、本日は……お、お日柄もよく……」
「あぁ、駄目ですね。コレは」
「え、えぇと? 良く分かんないですけど、私にとってダージュさんは大先輩なので。呼び捨てで良いですよ? それこそ実力としては天と地程も差が有りますし、戦闘中みたいに普通に話して下さい」
彼女からも、許可が出た。
つまり俺は、冒険者に友人が一人出来た……そう考えて良いのだろうか!?
「ふぃ、フィア!」
「はい」
「……さん」
「……はい?」
「すみません先輩。もう少しだけ兄さんに付き合ってあげて下さい、ホント……暇な時で良いので。この人、対人が苦手なんですよ」
「……はい? え、はい!? ぶっきらぼうとか、そういうのじゃなくて!? ただ話すのが苦手って事!?」
馬車の中がワイワイと騒がしくなる中、俺だけは恥ずかしくなって静かに馬車の隣を歩いた。
妹の先輩だからな、兄として威厳を保ちたかったのだが。
残念な事に、俺には不可能だったらしい。
でも、ちょっとだけ仲良くなれた。
普通に喋る事の出来る人が増えた。
それだけでも、俺にとっては大収穫なのである。
「だーじゅ」
「ん? どうした、ノノン」
「良かったねー」
「あぁ、そうだな」
緩い笑みを浮かべるノノンに対し、此方も兜の中で口元を緩めるのであった。
※※※
「あぁ……妙な気配を感じると思えば。あの子ですか」
フフッと笑みを溢しながら、街道を走る馬車を見下ろしていた。
これと言って特別な何かを感じる訳ではない、一見ただの冒険者。
まぁ普通は馬車に乗って移動する所を、一人徒歩というのは普通ではないのかもしれないが。
それでも、明らかに超人という様な雰囲気は無い。
でも、どこか普通とは違う存在。
「順当に、普通でありながら、上手く行かなくとも努力を止めない。相変わらずですね……ダージュ。身体が大きくなっても、貴方の優しい気配は遠目でも分かります」
微笑みつつ、昔住んでいた村と彼等を交互に見る。
今更戻っても……まぁあまり面白い事例は残っていないのだろう。
あの剣も、既に抜かれてしまったみたいだし。
だったら、このままダージュに付いて行ってしまおうか。
お金には困っていないし、一声掛けるだけで教会は私を受け入れてくれるだろう。
でも、長い事聖職者として生活してきた。
そして今回の仕事では、“執行者”としての仕事をこなして戻って来た。
もっと言うなら、今後の仕事の予定は……特に無い。
つまり、しばらくは暇なのだ。
「ちょっと申し訳ないというか、年長者にしてははしたないですが……ダージュに声を掛けてみましょうかね。せっかくですし、田舎で隠居するよりも面白そうです」
そんな独り言を洩らしながらも、体中に装備された刃物をマジックバッグに仕舞っていく。
あまり武装していては、相手だって警戒してしまうだろう。
そんな事を考えての配慮だったのだが。
「……はぁ。これから私はあの子達を追って旅に出ますので、邪魔しないで貰えると助かるんですが」
振り返った先に居るのは、狼型の魔獣が数匹。
随分とお腹が減っている様で、グルグルと唸りながら涎を垂らしているが。
「嫌ですね、獣や魔物というものは。私の様に長い時を生きる存在にとって……変化の無い生物は興味が湧きません」
最後に残った、腰に刺した長剣を抜き放ってみれば。
相手は襲って来ると同時に細切れになり、血肉を大地に帰す結果となった。
弱い、とても。
長年生きて来た、ずっと戦の道を進む私の様な者にとっては。
こんな存在は、道端の小石と大差ない。
「でも、貴方は違うのでしょう? ダージュ、あんなに大きな大剣を担いで……とても、強くなったんですね。私はその成長が嬉しいです」
あの村に居た頃、一番寡黙で、一番私の教えを真剣に聞いてくれた男の子。
その彼が、随分と逞しく育って再び目の前に現れたのだ。
興味は、尽きる事は無い。
何たって彼は、ずっと成長を続けているのだから。
私の予想出来ない所まで、ずっと先まで走り抜けている。
「再会するなら、もう少しマシな格好で会わないと失礼ですよね」
獣の血に濡れてしまった修道服。
この姿で街に立ち寄ったら流石に止められてしまうかも知れない。
むしろこんな格好で訪ねても、門前払いを食らってしまうかも知れない。
であれば、まぁ。
「次の街で新しい服を貰う為、一度教会に立ち寄りますか……最後の一着だったのに。シスターも、楽じゃないですね」
ため息を溢しながらも、長剣を鞘に納めるのであった。
私はシスター、神に祈るモノ。
そして私は執行者、神の教えに背く存在を狩り取るモノ。
更に言うのであれば。
「私はエルフ、永い時を生きる者……教会に関わるのも、そろそろ疲れて来ましたね。いい加減転職でも考えますか」
はぁぁ……と大きな息を吐いてから、ダージュ達が向かう方向へと足を向ける。
多分、この先にある大きな街に向かうのだろう。
この際だ、相手が一番驚きそうな方法で再会してやろう。
久しぶりに湧き上がる悪戯心を胸に、私は彼等の馬車を尾行するのであった。
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