第30話 決着
ミーシャの叫び声と同時に、此方にも敵の魔法攻撃が降り注いだ。
「ロッツォ!」
「いてぇ! いてぇよ!」
防御が間に合わなかったのか、足を撃ち抜かれた彼が、長剣さえ手放してゴロゴロと地面を転がっている。
駄目だ、これではもう戦えない。
「……フィアさん、彼を連れて下がってくれ」
「本気で言ってるんですか!? 魔法攻撃さえも飛んで来るんですよ!? ダージュさんも一旦下がって――」
「巻き込みたくない……頼む」
それだけ言ってみれば、彼女はゴクリと唾を呑み込んでから。
「件のアレを、使うんですか?」
「あぁ……まだ俺を認めてくれていると良いんだがな」
そう言って掌を突き出し、瞼も下ろす。
来い、お前が必要だ。
この場に居る全ての人を救う為に、俺の大事なモノを守る為に、力を貸してくれ。
「来い……来い! ソレがお前の役目だろうが! 俺の我儘に付き合え! “
叫ぶと同時に、伸ばした掌からは光が溢れた。
そして、出現するのは見慣れた剣の柄。
あぁ、全く。
散々使うのが嫌だ、こんなもの嫌いだと言って来たのに。
こうして手元に戻ってくれた事に安心している自分が居る。
本当に、俺と言う人間は我儘だな。
まだまだ弱い、そう言う他無いだろう。
「離れていてくれ……結構、派手だからな。巻き込まれるぞ」
それだけ言って剣の柄を頭上に構えた。
さぁ、終わらせようか。
俺の大嫌いな、“圧倒的な力”で。
こんなの、剣じゃない。
こんなの、戦闘でもない。
本当にそう思う。
でも今の状況は俺の力だけでは覆らないから、“ズル”を使う。
「
ポツリと呟いた言葉に反応して、柄からは天高く光が空に上っていく。
俺は魔術師と言う訳ではない、魔道具に詳しい訳でもない。
だからこそ、これがどういう仕組みで出来ているのかなんて想像も付かない。
だが、それでも。
金色の光は力を強め、やがて有り得ない程巨大な剣を作り上げる。
重さなどない、本当に柄だけを握っている様な感覚。
それでも、この刃は全てを撃ち滅ぼしてしまう。
皆を守りたいという偽善を、簡単に叶えてしまう過去の英雄の剣。
そんな物を、腰だめに構え。
「離れていろ……」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっと! 今離れます、今離れますからもう少し待っ――」
「ハァァァァ!」
「早い早い早い! うぎゃぁぁぁ!」
その場で伏せたフィアさんの悲鳴を聞きながらも、光の剣を横一線に薙ぎ払った。
その結果は……あぁ、酷いモノだ。
先程まで幾多の魔物が潜んでいた筈の森ごと、綺麗さっぱり消失させてしまったのだから。
本当に一瞬、本当に一振り。
やっぱり、こんなの武器じゃないよ。
※※※
「兄さん、この後はどうしますか?」
やけに静かになった戦場に踏み込んで来たミーシャ。
皆の視線は目の前の“森だった”場所に固定されているが。
「ロッツォを頼む、治癒してやってくれ」
「……」
「ミーシャ、治療しろ」
「……わかりました」
渋々と言った様子で、彼に治癒魔法をかけ始めるミーシャ。
個人の事情はあれど、こればかりはやってくれないと困る。
と言う事で。
「俺は、逃げたのを追う」
「はいっ!? あの攻撃から逃げ果せたのが居るんですか!?」
驚きの声を上げるフィアさんだったが、此方の耳にはしっかりと聞こえてくるのだ。
一体だけ、急いで逃げ帰っている足音が。
この剣を使った後は、やはり色々と身体がおかしくなる気がする。
「兄さんは、昔から耳が良いですから」
「そういう問題!?」
そんな会話を聞き流しながらも、一気に走りだした。
大丈夫だ、追い付ける。
きっと“巣”に戻るつもりなのだろう。
そして、一番後ろに陣取っていたコイツをあえて殺さなかった理由はそこにある。
案内してもらおうじゃないか、お前達の家に。
俺達の依頼は、ゴブリンの殲滅。
つまり、根絶やしにしろと言われているのだ。
一匹たりとも逃がすつもりは無いが、囚われた人々の救出だって俺達の仕事に含まれているのだ。
そう、お願いされた。
だから、やる。
「まぁ、この辺りだろうな」
辿り着いた先にあったのは、随分と大きな洞穴。
踏み込んでみれば、相手の足音が反響して位置を掴みづらくはなるが。
それでも、迷わず進んだ。
「神に祈る、それは正しい行為だと教わった。何事も幸せを望み、ソレが叶う様に。だからこそ絶対的な存在に祈るのだと、そう言っていた」
呟きながら大剣を引き抜き、ゆっくりと洞窟の奥底へと足を進めてみれば。
ギャァギャァと声を上げながら、何やらちゃんと服を着たゴブリンが女性の首元にナイフを当てていた。
コイツが、司令塔。
他のゴブリンに指示を出し、今回の作戦を決行した元凶。
そして視線をズラしてみれば、縛られた裸の女性が幾人も部屋の隅に転がっている。
皆、生きては居る様だが……その瞳に、光はない。
「だがしかし、自らの悪行を神に許しを請う。これだけは、正しいとは思えないと……シスターも言っていた。自らの失態を、神に祈るだけで許されると思うなと。そう、教わった。そしてそれは、人間だけではない。全ての生物において、等しく鉄槌が下ると」
大剣を構えて、言葉を続けてみれば。
相手はガウガウと吠え続けていたが、やがて……。
「ゴ、メンなサイ。モウ、やラない」
やはり、人語を理解する個体が混じっていた様だ。
ソイツに向かって、此方は静かな視線を向け。
「謝るべきは、神ではなく相手だと教わった。そして、許されるかどうかも相手次第。更に言うなら、罪は謝罪するモノではなく償うものだとも。つまり、行動が全てだ」
「ゴメン、な、サイ! アヤ、マルから! もう、シナイから!」
「許そう、俺は。貴様等もこうしなければ生き残れなかったのだろうからな」
そう呟いてみれば、ゴブリンはニヤッと口元を緩める。
許す、その言葉に反応したように見えたが。
「だが、報復というのは自分勝手なモノだ。俺は許そう……しかし、無事で済むかどうかは……俺の剣に聞いてみろ」
それだけ呟き、一気に相手の懐に飛び込んだ。
そして、斜めに大剣を振り上げ。
「俺の守りたい者を守る為に、お前は邪魔だ。だから……死ね、存分に恨んでくれ。これは、俺の“偽善”だからな」
命を選ぶ程、偉い存在になった覚えなどない。
しかし、俺は選ぼう。
貴様等魔物より、その腕に抱えている女性の方が大事なのだから。
振るった大剣はゴブリンの半身を叩き潰し、刃がギリギリ掠った程度の女性は地面に倒れ伏す。
魔物は悲鳴を上げながら、削れてしまった顔面を抑えるが。
このままなら、放っておいてもすぐに死に至るだろう。
だが、俺だって悪魔じゃない。
「楽にしてやる、大人しく首を差し出せ」
蹲るゴブリンに切っ先を向けてみると、相手は片方しか残っていない瞳に怒りを宿し。
此方を強い憎しみの籠った眼で見つめて来た。
「コ、ロス! ころ、ス! 殺す殺す殺す!」
「そう、ソレが貴様等だ。罪を数えながら、天に帰れ」
言葉と同時に飛び掛かって来るゴブリン。
ソレを避けながら身体を回転させ。
「許せ、とは言わない。俺の都合だからな」
ズドンッ! と激しい音を立て、相手の首を落とした大剣が地面に叩きつけられた。
依頼、完了だ。
「だー……じゅ」
「ノノン、久し振りだな。大丈夫だ、もう……大丈夫だ」
「だー、じゅ……」
「あぁ、助けに来たぞ。お前のお兄ちゃんから、依頼を受けて。助けに来た」
最後のゴブリンが人質に取った女性。
それこそ、アバンの妹のノノンだった。
マジックバッグから布を取り出し、彼女の身体に巻き付けてから。
「帰ろう、ノノン。皆が待っている」
「だぁー……じ」
「大丈夫だ、もう……大丈夫だから」
俺の名を呼び続ける彼女を地面に寝かせ、他の女性も開放していく。
皆、生きている。
でも、それだけなのだ。
身体的にも、心にも大きな傷を負った事だろう。
ソレを救う事は、俺には出来なかった。
でも、助けられた。
こんな事ばかりだ、冒険者なんて。
どうしたって、“何かがあった”後じゃないと行動できない。
全てを救うのは無理だと分かっているのに、どうしてもこの光景を見ると悔しくなってしまう。
“もしかしたら”、その可能性を捨てきれない甘ったれ……それが、俺なのだ。
強すぎる力を否定しながらも、こういう時だけは求めてしまう。
そんな中途半端な冒険者。
それが、ダージュという男なのだ。
「ダー、ジュ」
「あぁ、ここに居る。帰ろう、歩けるか?」
その場にいた全員にポーションを飲ませ、落ち着いた頃に俺達は洞窟を出た。
これで終わり。
本当に、終わったんだ。
その結果は、全てが幸福とはいかなくとも。
でもこれこそ、今の世界の有り方なんだろう。
柄にもなく、そんな事を思いながら。
俺達はゴブリンの巣穴を後にするのであった。
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