第29話 光の剣
「有り得ない……あんな奴が剣に選ばれるなんて。絶対何かやったんだ、台座を削って剣を掘り起こしたとか……絶対そう言う……」
「ミ、ミーシャ? なんか怖いぞ? えと、ダージュ達の支援……しなくて良いのか?」
ブツブツと呟きながら戦場を睨んでいれば、後ろにいるアバンさんがそんな事を言って来た。
分かっている、分かっているんだけど。
全く持ってこの状況に納得できない。
更に言うなら。
「何 で 兄 さ ん も! ちょっと楽しそうにしているんですか! 前衛同士でパーティが組めて嬉しいのは分かりますけど! この前イーサン騎士団長と組んだばかりじゃないですか! ロッツォと一緒に前線に立っているのに、そんなに嬉しそうにしないで下さい!」
「ミーシャ~? 大丈夫かー?」
ダンダンと地団駄を踏んでみるが、当然兄には伝わらず。
二人は良い勢いで前線を押し上げていた。
「左、抜けそうだ! ロッツォ!」
「うるせぇんだよボケ! お前に言われなくても分かってるっつぅの!」
まるで悪友同士が共闘している様な光景。
ホント、納得いかない。
だが二人の活躍と、フィア先輩の細かい援護お陰で此方に一匹も抜けて来ないのは凄い。
悔しいけど、確かにあの剣……というか刃はロッツォの事を持ち主として認めているのだろう。
しかし、柄が違う。
アレは未だに村長の元にでもあるのか、ロッツォが使っている長剣の柄は見覚えのない物だ。
まさか柄の方まで彼を選んだりしていないだろうな……もはやヒヤヒヤして仕方ないが。
「今は確かめる術がありませんからね……仕方ない。一旦そっちは良いとして、他の……うん?」
“光槍雨”で一斉攻撃を仕掛けた森の中。
でも、今何か動いた様な……。
攻撃してしばらく経っているから、追加の戦力が到着してもおかしくない。
というか、あの時でも更に後ろに待機していた可能性だってあるのだ。
だったら、もう一度範囲魔法攻撃を……なんて、思ったのだが。
「っ! 兄さん! 追加戦力です! マジックゴブリン多数! ソルジャーと思われる個体多数!」
叫びながら、魔術防壁を前面に張った。
向こうの攻撃の方が、此方の判断より速かった様で。
森の中から、魔術で先手の攻撃を仕掛けられてしまった。
コレは非常に良くない。
矢や投石だけならまだしも、そこに魔術も絡んで来てしまっては。
防ぐにしても村人全員を守り切れなくなる可能性がある。
思わず舌打ちを溢しながら防壁を更に厚くしたが。
「ずあぁぁぁ! いってぇぇ!」
「ロッツォ!」
前線に飛び出している面々に関しては、防御が間に合わなかったらしく。
魔術攻撃でロッツォが足を撃ち抜かれていた。
あぁもう! 邪魔ッ! 引っ込めロッツォ!
「兄さん! “光の剣”を使ってください! これ以上長引かせても、此方が不利になるだけです!」
兄がアレを使い、森ごと叩き切ってくれるのが一番早いのだ。
当然不安だってある。
柄さえもロッツォの物となっていれば、既に兄さんに使用権がない。
もしも使えたとしても、相手が人質などを連れて来ている可能性だってある。
その場合は、救助対象さえもぶった切ってしまう事になるのだ。
しかしながら、このままでは不味い。
どこかの馬鹿が前線で怪我をしてしまった為、兄さんは思い切り戦う事が出来ない。
戦場において、死人より怪我人の方が厄介だとは良く言ったモノだ。
例えフィア先輩に彼を任せたとしても、今度は未だ森から出てこないゴブリンの大群を相手に、兄は支援なしで攻め込む事になってしまうのだ。
それは、駄目だ。
先程同様に私がおびき出しても良いのだが、相手の攻撃の手が止まらない。
防御を捨てて良いのなら、私が支援できるけど……それでは村人が犠牲になるのは目に見えている。
だからこそ。
「兄さん!」
あの人に、頼る他無い。
普通ならたった数人で対処する事態ではなくなっている。
普通なら、このまま犠牲を出しても致し方なしと判断して、そういう戦場を転換するべき事態。
でも、きっと兄さんはソレを良しとしない。
全てを守り、全てを打ち倒すというのなら。
例えゴブリンだったとしても、“反則技”が必要になるのだ。
その力があまりにも過剰であり、竜さえ殺す一撃だったとしても。
今、この場で確認出来る全てを救いたいのなら。
“英雄”たらしめる、あの武器が必要なのだ。
そう、心の中で叫んでいれば。
「あぁ……やっと、使ってくれましたか」
戦場のど真ん中から、巨大な光が空を貫いた。
金色に輝く刃は天に届くかと言う程に放たれ、やがて形作るのは兄さんの大剣と比べても大きすぎる“光の剣”。
とても人が扱う代物ではない、そう思ってしまいそうな大きすぎる聖剣。
それは周囲から魔素を吸収し、更に確たる形を具現化していく。
「強力な武器とは……善悪の概念など置き去りにして、全てを無に返す。その力を振りかざす者こそ、真の善人でなければならない。悪鬼に渡れば、災厄に代わる。だからこそ、光を振るう者よ……誰よりも“偽善者”であれ」
「いつか……村に居たシスターが言っていた言葉だな。アレが、“光の剣”なのか? あれが……本当のダージュなのか?」
アバンさんの声に、思わず微笑みを浮かべてしまった。
「えぇ、兄さんは……ダージュという剣士は。誰よりも優しくて、偽善者で。その偽善を実現できる程の力を持った、本物の“冒険者”です」
だからこそ、兄の隣に並びたかった。
だからこそ、ずっと努力を惜しまなかった。
兄さんの隣に立ったその時、私も彼と同じ様に“偽善の英雄”になれる気がして。
綺麗事を並べても、それを実現できるだけの力が得られる気がして。
でも、まだ届かない。
私の兄の背中は、ずっとずっと先に居るのだから。
いつだって助けてくれる兄さんは、私なんかじゃすぐに追いつけない程遠くにいるのだから。
そんな事を思っている間にも、巨大な光の剣は横一線に振られた。
スッと、熱したナイフでバターでも切るかのように。
森と、ゴブリン達を一撃で一掃する。
これこそ、竜さえ殺す一撃。
小鬼程度が、耐えられる訳がない。
「流石です、兄さん」
随分と見通しが良くなってしまった“森だったもの”を見つめながら、思わず口元が吊り上がるのであった。
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