第25話 願望、野望


「まさか、“剣”に悪さをしたクソガキが出戻って来るとはのぉ……」


「……お久し振り、です。村長」


 先日は顔を合わせる事が出来なかった村長が、現在は俺の目で横になっている。

 記憶にある村長は、まだ軽快に動き回っていた気がするのだが。

 十年の月日とは結構過酷なモノだったらしく、現在相手は動く事もままならない様子だった。


「ハッ! どの面を下げて戻って来たかと思えば……御大層な鎧に、デカい大剣。随分と見せびらかしてくれるではないか」


「……」


 彼の言葉を黙ったまま受け入れていれば、隣に座るミーシャがガリッと音がする程奥歯を強く噛んでいた。

 更に隣に居るフィアさんは、物凄く気まずそうにしていたが。


「貴様等はこの村を出て行った余所者。調査隊と言う話だったな? だったら早く終わらせて出て行ってくれ」


「村長、お言葉ですが今の状況を甘く見過ぎです。皆の話を聞く限り、攫われた女性は報告の倍以上。更に相手の数は此方の予想を大きく超えると思われます。大群となったゴブリンに襲われては、この村は全滅しかねません。はっきり言って……これはスタンピードと言って良い状況に陥っています。だというのに、何故そこまで余裕ぶっているんですか?」


 ミーシャが眉を吊り上げながら口を出してみれば、彼は妹の話をハッ! と笑い飛ばしてから。


「この村には伝説の剣がある。アレさえ使えれば、こんな事態はあっと言う間に片付くであろうよ。どこかの馬鹿が一度は壊してくれたが、しかし刃はそのまま残っている。だからこそ、何の心配があろうか。しかも相手はゴブリン、食料を奪っていく小鬼程度なんぞ」


「あんなものがあろうともどうしようもない事態だと言っているんです! そもそも刃が残っていようが、抜けなければ全く持って意味を成しません! 分かっているんですか!? この状況を領主様に報告すれば、すぐに事態が動くでしょうね。これは全員避難命令が出る程の大事ですよ!? 下手すれば数日の間にゴブリンの軍勢が襲って来る。そんな事になれば、村は全滅します!」


 相手の言葉に噛みつくミーシャだったが、村長は「黙れ!」と叫んだ後に激しくむせ込んだ。

 奥さんに抑えられ、再びベッドに横になったかと思えば。


「フ、フフフ……間違いなく、あの剣は抜ける。時が来れば、我が息子がアレを手にする。その事態を恐れているのだろう? ミーシャもダージュも、揃いもそろってこのタイミングで……全く、煩わしいという他無い」


「どういう……事ですか?」


 口を挟んでみれば、彼はニィッと口元を歪め。

 苦しそうにむせ込みながらも、高笑いを浮かべた。


「ロッツォが、光魔法の適性有りと報告を受けた。貴様に右腕を落とされてから、あの子はずっと苦しんでいた。だがしかし、ここに来て転機が訪れた! 刮目せよダージュ! そして後悔しろ! お前は、未来の英雄の右腕を奪った大罪人! その罪を今一度身に焼きつけろ!」


 あぁ、そういう事か。

 結局は最悪な形に収まっている、と言う事らしい。

 村長の息子、ロッツォ。

 妹をイジメ、俺が腕を切り落とした彼。

 彼に栄光を積ませる為に、今回の事態に至っている。

 確かに彼が情報を操作し、村人に混乱を招き、領主に報告する立場にある人物が虚言を吐けば全ての情報が食い違う。

 ソレは全て、息子の為に。

 村に訪れる危機、そして活躍する息子。

 更には俺達みたいな“調査隊”がソレを目撃すれば、確かな実績となることだろう。

 それら全てが、上手く行けば……だが。

 しかしこの人は、“戦場”と言うモノが分かっていない。

 あの場では、英雄だの実力者だの関係なく。

 ほんの一瞬で命を落としてしまうのが、戦いの場なのだ。

 それを知らずに、村の為に、息子の為に全てを捧げた結果が……コレか。


「領主様にも……報告させていただきます」


「フンッ! 儂の言葉とお前の言葉、どちらを信用するのか。見物だなぁ、ダージュよ」


「どうでも……良いです」


「なに?」


 もう話をする事はない。

 だからこそ立ち上がり、彼に背を向けた。

 これ以上話していても、時間の無駄だ。


「剣の柄を返せ、ダージュ。毎度お前の元に戻るなどと虚言を吐いて、全く下らない。どうせ毎度お前が盗み出していたのだろう? もう虚言を吐く歳ではないと思うのだが?」


「……」


 無言のままマジックバッグに手を突っ込み、剣の柄を取り出して彼のベッドに放り投げた。

 好きにしてくれ、勝手にしてくれ。

 もう、そんな気持ちしか俺の中には残っていない。


「これでお前に用はない、早く街に戻る事だ。それともまだ、“調査隊”の仕事が終わっていないのか? 相駆らわず、トロい男だ。お前は昔からそうだったな。どれもこれも拘り過ぎて、周りの脚を引っ張る」


「……俺の仕事は、友達を助ける事だ」


 グッと拳を握り締めながら、アバンとニナさんを思い描いた。

 そして攫われたという妹、ノノン。

 その三人を助ける為に、俺はここに居る。


「ゴブリンたちを、根絶やしにする」


「ハ、ハハハッ! まさに英雄様じゃな! それで、どうする。“光の剣”は柄も刃も儂の手元にあるぞ!? この状況で、お前一人で軍勢に勝てるのか?」


 もはや勝ち誇った様に笑う村長に対し、此方は大きなため息を返してから。


「これが、ある」


 背負っている大剣を、指で弾いた。

 更に言うなら。


「それに俺は、一人じゃない」


 その声に合わせる様にミーシャとフィアさんが立ち上がり、俺に続いてくれる。

 そうだ、俺は一人じゃない。

 頼もしい術師が二人もいるのだ。

 仲間が、居てくれるのだ。

 だったら。


「ゴブリンたちは、“俺達”が殺す。アンタがどんな理想を掲げようが、知らない。俺達は冒険者で、依頼を受けた。なら、俺達が村を守る。それが……仕事だ」


 それだけ言って、村長の部屋を出る。

 気分の悪い話を聞いてしまったが、やる事は変わらない。

 逆に、コレだけ条件が揃っているのだ。

 だったら、相手の規模を予想するのが容易くなったというもの。

 そして何より。


「ノノンが生きている可能性が、高くなった」


「繁殖の為に生かされている可能性が高い、と言う事ですね。あの調子だと、食料の被害報告だけは本当の様ですし」


「だから人間に食べられる物をしっかり奪っていた……はぁ、なるほど。こういう事もあるんですね。ホント、勉強になりますよ」


 そんな言葉を聞きながら、俺達は村長の家を後にするのであった。


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