第24話 期待と妄想


「なるほど……此方が聞いた話と、依頼書の内容。そしてアバンさんから聞いた内容でそれぞれ食い違いが見られますね」


「ある程度は仕方ないと思ってたけど……こんな事ってあるんですか? ダージュさんは、どう思います?」


 村の周辺を調べながら、ミーシャとフィアさんと報告会。

 妹が両親から聞いた話は、かねがね依頼書の通り。

 しかしながら、微妙に異なる点がいくつか……と言った所。

 依頼書に書かれていたのは、度々村にゴブリンが現れる様になった。

 その数が徐々に増えているので、今の内に根絶やしにして欲しいというモノだった筈。

 だが妹が両親から聞いた話では、夜の間にまるで泥棒かという形で食べ物を盗んでいく様な行動を見せたそうだ。

 この時点で、異常だ。

 ゴブリンは基本略奪者。

 逸れや野良なら、食べ物があればその場で食らうだろう。

 そして人に見つかったというのなら、襲い掛かって来てもおかしくはない。

 数に圧倒され逃げ出したというのなら分かるが、物資を盗み出し逃走するという行為は少々違和感が残る。

 更に言うなら、アバン達から話を聞いた結果。

 食糧を奪うという行為は変わらずだったが、女を攫う行為。

 コレは繁殖の為、人間の女性を巣に持ち帰っていると予想出来るのだが……妙な事に、依頼書にあった人数と、村人の語る人数があっていないのだ。

 というか、語り手によって異なる数字になっている。

 正確に把握出来てない、程度だったら良かったのだが……こんな小さな村で、それは有り得ない。

 あえて隠しているか、噂程度に広がっている情報しか掴めないのか。

 コレによって、かなり内容が変わって来るのだが。


「……ゴブリンにも、色々居る。魔術に特化したもの、身体が成長するもの。戦闘を何度も経験し指揮を執る者」


「ゴブリンソルジャーやマジックゴブリン、ゴブリンコマンダー。呼ばれ方は様々ですが、一括りに“上位種”と呼ばれる存在ですね。正確な見分け方が無い、人間から見たらどれも同じように見えてしまうのも困ったものですね」


 ため息を溢しながら、妹がそんな言葉を残す。

 そう、その通りだ。

 人から見れば、ゴブリンにしては身体が少し大きいとか、魔法を使って来たとか。

 どうしても確認してからの“結果”になってしまうのだ。

 一目で分かる程に変異した個体ならまだしも、そうでなければ全てゴブリンとしか言いようがない。

 例え杖を持っていようが、相手が魔法を使って来るかは定かではないと言う事だ。


「どんな武器を持っていようと、所詮ゴブリン。奪ったか盗んだかして剣を持っていても、それだけでソルジャーとは呼べないって事よね……全く面倒くさい。でも依頼書と内容が食い違っているのは何でなんでしょうか? ダージュさん、こういうのって何か思いつきます?」


 フィアさんが周囲の草をかき分けながら、そんな質問を投げて来た。

 此方も皆と同じ様な行動を取りつつも、あまり考えたくない予想を口にする。


「依頼に関しては……安くする為」


「え?」


「えぇと、つまり。依頼書には少ない数を書いて報酬を減らし、実際現地に赴けば……というか戦闘になれば対処する他無い。そして全てを狩り終った後に文句を言われても、村の人間では確認出来なかった~みたいな。そんな感じであってます? 兄さん」


「あぁ」


 これは正直よくある。

 というか、村だって裕福な所の方が少ないのだ。

 だからこそ、安く済ませたいのは当然の事。

 あまりに酷い場合を除いて、コレに関してはギルドもお目こぼししているというか。

 どうしたって発生してしまう事態なのだが。


「じゃ、じゃぁ被害に関してはどうですか? ゴブリンの割に、やっている事がやけに慎重というか、頭が良い様に感じるんですが。人的な死傷被害を出さずに盗みを働くあたりとか、特に」


「村人の中でも、被害者の人数が合わないのも気になりますね……兄さん、この辺りも予想が立っているんですか?」


 調査よりも、そちらの方が気になってしまったのか。

 二人は手を止めて此方に問いかけて来る。

 今出来る仕事を止めてまで語る内容ではないのだが……まぁ、新人であれば仕方ないだろう。

 俺だけはガサガサと草を退かし、調査を続けながら言葉を続けた。


「頭の良い個体……人語が理解出来るゴブリンが、居るのかもしれない」


「つまり、作戦参謀というか。指揮官が居ると」


「なるほど……それなら捕まえた人間から情報を聞き出し、被害を無駄に大きくせず、目立たず数を増やす事が可能となる、と。だとすれば依頼書どころか、予想の付かない所まで数が増えている可能性がありますよね? 兄さんはどれ程の規模を想定していますか?」


「それを……今、調べている」


「「すみません!」」


 二人は再び仕事に戻り、ガサガサと草を漁り始める。

 俺達が捜しているのは、ゴブリンの足跡。

 その数と大きさによって、相手の規模が大まかに予想出来る。

 だから、地道な調査でもサボってはいけない。


「それから……村人の被害者の数が合わない現象。これは、色々ある。本当に把握出来ていない場合、村人に不安を与えない為に嘘を付いている場合。それ以外は……こういう村だからこそ、予想は出来るが。あまり考えたくない」


 ポツリと呟いてみれば、二人は再び手を止めて此方に視線を向けて来る。

 出来れば、仕事をしながら聞いて欲しかったのだが。

 まぁ、仕方ないか。


「英雄譚が残っている村程よくある……馬鹿な事を考える人間が居るんだ。もっと考えたくないのは……魔物と結託していて、住人を差し出している場合。流石にこっちは、無いと思うが」


 ボソボソと呟いてみると、背後からは息を飲んだ音が聞えて来る。

 でもこれだって、少なからずある事なのだ。

 村自体に恨みを持つ人間が、人語を理解する魔物と取引する。

 あまりにも悲惨な末路を辿る事がほとんどだが、こういう事だって実際に記録に残っている。


「あの……兄さん。後者はまだ特殊な事例だとして、前者は? 英雄譚が残っている村程存在する事例っていうのは、どういう事ですか? 確かにウチの村には、“光の剣”の伝説がありますが」


「英雄譚や物語で、主人公はどう言う状況で力を発揮する? その活躍は、常に被害を出す事無く敵を圧倒するものだったか?」


「……被害にあって、もしくはギリギリの状態で。ソレを覆す力を手に入れる……そういうお話が殆どです。でもそれは、お話に緊張感を持たせる為の演出ですよね? 実際、そんな力を持っていれば、普通なら最初から――」


「俺の様な偏屈な奴も居る。しかも、多くの物語にそう描かれていれば……戦場とは程遠い世界に生きている人間こそ、そういう幻想を思い描く」


「それって……あえて敵を強くしているって事ですよね? しかも、被害が増えるのを承知で、“主人公の為”に」


 妹が顔を顰めて言葉を溢す。

 バカバカしい話だと、他の人が聞けば思うであろう“野望”に近い何か。

 そう、例えば。


「この村が窮地に陥った時、伝説の剣が抜ける……とかな。実際他の場所で、そういう事例も報告されている。そういう話を信じてしまい、英雄に祀り上げられる“誰か”が居るのなら。それは今後村の行く末に関わる」


「あまりにも馬鹿馬鹿しい妄想だと、普通なら分かりそうなモノですけど……」


「しかし、実行してしまう人間も居る。ということだ」


 出来れば、そうあって欲しくはないが。

 しかしながら、先程から発見している足跡を見るに……その可能性が高くなって来たのは確か。

 斥候役、または監視役だけでもコレだけ足跡が多いとなると。

 相手はおそらく、軍団規模。

 普通なら絶対覆らない数を準備していることだろう。

 だというのに、領主が大きな行動を起こさないと言う事は。

 多分、“知らない”のであろう。


「この村の誰かに大いなる期待をした馬鹿が居る、と言う事だな……事態は、一刻を争うぞ」


 大きなため息を溢してから、俺達は周囲の調査を切り上げるのであった。

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