第23話 故郷に友達が出来ました


 その夜、俺はアバンの家にお世話になっていた。

 この村でおそらく一番協力的な彼の元に来られたらのは、ある意味幸いだったのかもしれない。

 そして、依頼内容の再確認などをしようとリビングに男二人で集まっていれば。


「アバン、お客様にはお茶くらい出さないと駄目じゃない……」


「ニナ! お前起き上がって大丈夫なのか!?」


 大きなお腹の女性が、ゆっくりとした動きで顔を出した。

 どうやら彼女がアバンの奥さんという事らしく、彼女の身体を随分と労わっている様に見える。

 ニナという名前に聞き覚えはないが……俺がココを出てから、村に加わった人物なのだろうか?


「貴方が、ダージュさん? 初めまして、ニナと言います。お話は夫からかねがね――」


「挨拶は後で良いし、顔を合わせるならそっちの部屋に行くから! あんまり無理して動くな!」


「もう、心配性なんだから……」


 アバンに諭され、困り顔を浮かべるニナさん。

 しかしながらそのお腹はもう随分と大きく、少し動くだけでも大変そうに見える。


「寝てばかりなのは……良くないと、聞いた。でも、無理をして動くのは……もっと良くない」


 それだけ言ってから、バッグの中からいくつかの道具を取り出していく。


「妊婦に良い物は無いか、と……街の医者に聞いたら、コレを、と。良かったら、使ってくれ……」


 出発するまでの三日間。

 俺はコレといって準備が必要無かったので、こういう事に時間を使ってみた。

 行きつけの医者の元に尋ねれば、妊婦や子供専門の医師を紹介され、更には色々と助言と提案をしてくれた上。

 妊婦が摂取しても問題無い栄養剤や、保存食……まぁ菓子みたいなものだが。

 それに加え、魔道具なんかも紹介してくれたのでまとめて買って来た訳だ。


「ダージュ、お前……こんなに買ったら、それこそ報酬の取り分なんて全然――」


「良いんだ。別に金を目的に、その……ココに来た訳じゃない。だから、貰ってくれると、嬉しい」


 そう言って物品をズイッと相手に勧めてみれば、アバンは申し訳なさそうな顔を。

 奥さんに関しては、パァッと顔が明るくなった。


「こんなに色々……ありがとうございます! 見てアバン、魔道具もこんなに。これなんか凄いわよ? よく眠れる枕に、身体を解す寝間着ですって。凄い凄い! 大きな街には色々な物があるんですね」


「ニナ、お前少しは遠慮ってモンをだな……」


 此方が差し出した物に興味津々の奥様に対し、アバンは呆れ顔で止めに入っているが。

 俺としては、嬉しい限りだ。

 色々買っても、いらないと言われてしまうんじゃないかと不安にもなっていたので。


「……妊婦は、男が想像する何倍も大変な思いをしている。と、医者に聞いた。だから、遠慮せず全部使ってくれたら……嬉しい。俺も、友達の奥さんの力になれて……その、嬉しいから」


 ポリポリと兜の頬を掻きながらそんな事を言ってみれば。

 ニナさんの表情はみるみる内に緩んで行き。


「アバン、良かったわね。ずっと言ってたもんね、ダージュさんと友達になりたかったって。最後までそう伝えられなかった事を、今でも悔やんでるって」


「なっ!? ニナ! 本人を前にして言う事じゃないだろ!? そりゃまぁ……その通りなんだけど」


 二人揃って、何だか凄い事を言いだした。

 こんな嬉しい事を言ってくれる人たちは今までに居なかったので、多分今の俺は兜の中で思い切り気持ち悪い笑顔を浮かべていると思う。

 でも、今は。


「とにかく、仕事の話をしよう。ニナさんも、話を聞きたいのなら……楽な姿勢を取れる場所で、話そう。その……アバンの妹も、攫われたんだろう?」


 そう呟いてみれば、二人の表情はスッと暗くなり。


「あぁ、そうだな……俺達はそっちの話をするから、ニナは部屋に――」


「ダージュさん、お手数ですが私の部屋でもよろしいですか? 私もその話を詳しく聞きたいです。貴方達が、どう言う行動に出るのか。妹の、“ノノン”を連れ戻す算段があるのかなど。出来れば、私にも聞かせて下さい」


「ニナ! ゴブリンに攫われた女の末路なんて……女子供、それどころか妊婦が聞く話じゃないよ」


「でも! ノノンは!」


 二人が口論を始めそうになった所で、スッと手を上げた。

 夫婦が話している所に、割り込んでも良いのか分からなかったので。

 すると両者共ピタッと発言を止め、此方に視線を向けて来る。

 喋っても……大丈夫そうかな?


「詳しい状況を、教えてくれないか? 相手の動き次第では、妹さんは……ノノンは。まだ、生きている可能性もある。攫われてから、一年以上経っているのに……生存していた場合だって、あるんだ」


 俺の言葉を聞いた瞬間、二人は目を見開いた。

 アバンは身体を震わせ、ニナさんは口を押えて両目に涙を溜めている。

 きっともう、ほとんど諦めていたのだろう。

 でも、もしかしたら。

 その可能性は、ほんの少しだったとしても……残っているんだ。

 だからこそ、正確な情報が欲しい。

 そして彼の妹が生存している状況が整ってしまえば、逆にそれは“冒険者”にとって。

 最悪の状況を示す事になるのだが。

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