第22話 故郷


「……まさか、お前が来るとはな。ミーシャ」


「あらあら、自らの力では対処出来ない事態に陥った限界集落程度の実力で、良くそんな発言が出来ますねぇ領主様。貴方達が助けを求め、とんでもなく少ない金額でも、“慈悲”の心で来て下さった冒険者に対して、その発言ですか?」


「此方は依頼主だ、言葉を慎め」


「此方は貴方方を“助けてあげる”為に訪れた冒険者です。そちらこそ立場を弁えたら如何でしょう?」


 領主の家に着いた瞬間、というか領主と顔を合わせた瞬間。

 ミーシャが額に青筋を浮かべながら相手に喧嘩を売ってしまった。

 本来、こんな状況になるのは一番良くないのだが……相手も相手で思う所があるのか。

 これと言って激昂する事も無く。


「未だ貴様の兄の事を根に持っているのは分かる。だが状況証拠だけで判断するのなら、あぁする他無い。そして本人もソレを受け入れた。それに今回は、別件で村に訪れたのであろう? であれば、そちらを優先するべきだと思うのだが? 君の仲間達も待ちくたびれている」


「つまり、今回の依頼は今までとは別件だから水に流してお仕事のお話をしようって事ですよね? えぇ、もちろん良いですよ? でも私以外にも、以前の件に関わりがある人物が居ればどうですかね? その相手に謝罪もせぬまま、こんな安い報酬で働けと言って、満足な働きをしてくれますかねぇ?」


 もはや相手を脅しつける態度で、妹が領主様に詰め寄っていく。

 流石に不味いと思うんだが……そんな事を思いつつ、静かに兜を外してみれば。


「そちらが、今回お前に付き合ってくれた冒険者か? 初めまして、私は――」


 妹を無視して、普通に自己紹介されてしまった。

 あぁ、そうか。

 そんなのものか。

 というか、相手は領主だ。

 村人の顔など、いちいち覚えている訳がない。


「え、えぇと……私はフィアと申します。ミーシャとは魔法学校で知り合いまして。それで、コッチが……その、見覚えなどは……」


「フィアさんと、コチラはまた……いやはや見事な肉体だ。まさに前衛と言う感じですな、期待していますぞ」


 ハッハッハと笑う領主に対し、妹は呆れかえった表情を。

 そしてフィアさんは、非常に気まずそうな表情を浮かべる。

 当然だ。

 村長ならまだしも、領主が十年前に出て行った相手の事など記憶している筈はない。

 だからこそ、これで良いんだ。

 そう考えれば、少しだけ“故郷”という感覚が薄れるのであった。


「お初にお目に掛かります……よろしく、お願いします」


 それだけ言って、頭を下げた。

 この行動に妹は眉毛を吊り上げ、領主は笑みを浮かべた。

 これで、良いんだ。


 ※※※


「ここが、ウチの実家です……あぁ、もう。イライラする」


「ミーシャ。落ち着いて、ね? 領主なんてあんなものだから」


 フィア先輩は気まずそうにしながらも、私の事を宥めてくれる訳だが。

 まさかあの領主、当人を前にしても全く気が付かないとは。

 兄さんも一言くらい言ってやれば良いのに。

 でもまぁ、本人の性格を考えればあぁするだろうとは予想していた。

 むしろ交渉役を兄にした場合には、本当に事務的な話だけで終わっていた事だろう。

 未だ湧き上がる怒りを抑えながら、とりあえず休める場所に……と案内したのが、我が家。

 私自身、家出に近い状態で飛び出して来たので今更歓迎されるとは思ってはいなかったが。


「ミーシャ、本当にミーシャなのか!?」


「おかえりなさいミーシャ! 今魔法学校に通っているというのは本当!? 私達も鼻が高いわ! 学費は大丈夫なの? 何か困った事があったらすぐ言うのよ?」


 両親は、快く私を受け入れてくれた。

 そして。


「あぁ、えっと。ただいま、戻りました……此方魔法学校の先輩であり、現在冒険者の先輩でもあるフィア先輩と」


「ど、どうも~……フィアです。魔術師でーす」


「それから……」


 彼女の後に入って来た兄さんに掌を向けてみれば、両親は微笑みを溢してから……固まった。


「ダージュ?」


 今兄は兜を被っていない。

 だからこそ、気が付けたのだろう。

 でも、その反応は喜びとは程遠いモノというか……拒絶ではないが、驚愕に近いモノだった。


「これだけ、これだけ時間が経っても貴方達は! まだ兄さんを攻めるんですか!? 事故であり、私のせいであり、更に兄さんは何も悪くない! 家族である貴方達が何故信じてあげな――」


「ミーシャ、いいよ。大丈夫」


 叫ぶ私の肩に手を置き、兄さんは微笑みを溢した。

 そして、諦めた様な顔をしてから。


「俺は……その、野営するから。アバンの所にも、声を掛けてみるよ。泊めてくれそうなら、床くらい貸してくれるだろう」


「兄さん!」


「良いんだよ、ミーシャ。コレが普通だ」


 そう言って兜を被り直し、兄さんは家族に背を向ける。

 そして。


「……ご迷惑、お掛けしました。すみませんでした」


 それだけ言って、実家を出て行ってしまうのであった。

 違う、違うだろ。

 こんなの、絶対間違っている。

 例え何かあったとしても、家族だけは兄の帰還を喜んで欲しかった。

 でも二人は驚くばかりで、ろくな反応を示さない。

 確かにこの状況では、兄は身を休める事は出来ないだろう。

 でも……ここが、兄さんの家なのだ。

 生まれ育った場所なのだ。

 だからこそ、もっと安らげる場所であって欲しかった。

 だというのに。


「兄さ――」


「すまない、アバン……庭先でも良いから、貸してくれ」


「馬鹿言ってんじゃねぇよ、ちゃんとベッドを使え。それから、スマン……仕事の間は、ウチでゆっくり休んでくれ」


 家の外で待っていたらしいアバンさんに連れられ、近くの住居に姿を消す兄の姿が。

 あぁ、なんだろう。

 何故故郷に帰って来て居るのに、こんなにもイライラするのだろう。

 本来里帰りなんて言えば、皆笑っているものではないのか?

 もはやイライラを天元突破した状態で、自らの家族を向き直ってみれば。


「あ、あの……今のは、ダージュだったのか?」


「見て分からなかったのですか? それでも親ですか?」


 いや、親云々は関係ない。

 十年も離れていたのだから。

 だからこそ、こればかりは仕方ない事だとしても。


「貴方達にとって、兄さんは……その程度だったのですか? 私にとっては、人生の全てでした。私には出来ない事が全部出来てしまう理想の兄でした、大好きな優しい兄さんでした。だからこそ、街に行ってもすぐに見つけられた。だと言うのに……」


「ミーシャ……」


「……いえ、本日の宿舎としてこの家をお貸し頂ければと思います。明日から仕事を致しますので、どうかご心配なされぬ様。ご迷惑なら、他所の家にお尋ねします」


「な、何を言ってるんだミーシャ! ココはお前の家なんだぞ? いくらでも泊まってくれ良い――」


「必要以上に滞在する意志はありませんので、ご心配なく。では……」


 そう言いながら、過去の自室を滞在場所に選び。

 先輩には兄さんの部屋を指定させてもらった。

 あぁ、本当に。

 遠くなったなぁって、そう感じてしまうのだ。

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