第21話 ロトト村へ


「絶対に駄目です、見捨てるべきです。もしかしたら他の冒険者が受けるかもしれないじゃないですか」


「しかし、ミーシャ……一応俺達の故郷な訳で」


「何か思い入れはありますか? 私にはありません。ただアバンさんを助けるという意味では、私も賛同します。彼は私と一緒に兄さんの無実を訴えかけてくれましたから。であれば、彼だけ此方の街に呼びましょう。それで解決です」


 帰ってからミーシャに今日の事を伝えてみれば、彼女は眉を吊り上げロトト村を見捨てるべきだと宣言し続ける。

 確かに俺はあの村に捨てられ、顔を出し辛いとは思っていたが。

 妹は、普通に出て来ただけの筈なのだ。

 だからこそ、ここまでの嫌悪感を抱いているとは思わなかったのだが。


「よく考えて下さい兄さん。あの村は貴方の話を全く聞かず、剣の柄が外れた事実と、ロッツォとかいうクソヤロウが片腕を失った事だけを語り、兄さんに全ての罪を押し付けたんですよ? 周りに集まっていた奴らなんて、何のお咎めもありません。更には柄が取り換えられた後は、村の悪ガキが悪戯して~なんて言って。兄さんの事を笑い話の種にしていたんですよ!? あんな奴等、兄さんが助けてあげる必要ありません!」


「ミーシャ」


「兄さんからすればこの程度、と思っているのかもしれません。でも私にとっては死ぬほど屈辱でした! 私を守ってくれた兄さんを陥れ、全部兄さんが悪いと決めつけて。しかも私をイジメていた連中は、兄さんの悪行にいち早く気付いた、みたいに言われていたんですよ!? あんな凝り固まった思考の連中が、今更助けを求めて来た所で、兄さんが手を貸してあげる必要ないじゃないですか!」


「ミーシャ、聞いてくれ」


 随分と興奮している彼女を宥めながら、もう一度昼間の会話を思い出し。

 そして。


「アバン、奥さんが居るんだってさ」


「あ、え? あぁ、そうなんですか。それはおめでたいですね」


「それでな、今度子供も生まれるんだって言ってた」


「そ、それは更におめでたいですね。であれば、奥さんと共にこの街に……って、ちょっと待ってください。まさか、生まれる寸前だとか言いませんよね?」


「これで、あの村を助ける理由にはなったか? それに、妹も攫われたらしい」


 出産間近な妊婦を、流石に馬車で此方に移動するなど不可能だろう。

 あるとしても、生まれてから馬車に乗せる。

 それさえも、生まれたばかりの赤子ではかなり危険な行為ではあるが。

 更に言うならアバンの妹、こちらは流石に見過ごせまい。


「なんとも……タイミングの悪い」


「しかし、現実はそういうものだ。待ってはくれない」


「でも……」


 未だ納得していないらしい妹だったが、俺はもう依頼を受けてしまったのだ。

 今更断る事は出来ない、それも事実なのだが。


「アバンは、あの夜お前の事を教えてくれた。だから俺は、ミーシャの元へと向かう事が出来た。その礼を、俺はまだ出来ていない」


「……」


「そして、アバンも俺と友人になりたいと。あの頃からそう思っていたと、言ってくれた。だから俺達は、もう友人……なんだと思う。友達が困っているのなら、俺は……力になりたい」


 そう告げてみれば、妹は大きなため息を溢してから。


「私も行きます」


「うん?」


「私も、行きます。冒険者の体験とか、もしくは里帰りの名目で。私も、行きます」


 ジトッとした瞳を向けて来る妹が、そんな事を言い始めたではないか。

 あぁ~えぇと?

 学校は休みになる期間ではないし、冒険者も仕事体験的なアレは無かった気がするのだが……。


「学業は休みます。安心して下さい、単位は全て取り終っていますので。冒険者に関しては……もういっその事、本登録してしまいましょうか。年齢的に、登録は出来ますから」


「学園に無断で登録は……流石に不味いんじゃないだろうか?」


「出発まで、三日あるんですよね? なら、問題ありません。ねじ伏せます」


「……」


 これまでは卒業してから~という体裁を保って来た妹だったというのに、今回だけは妙にやる気だ。

 ギラギラしたその瞳は、完全に俺の意見など跳ね返して来るだろう。

 それくらいの、凄い決意を感じた。


「退学とか……ならない様にな?」


「大丈夫です、問題ありません。兄さんは私にとって“一番良い装備”を準備しておいて下さい、必ず役に立ちます。ソレを使って、私の様な新人でも役に立って見せます」


「あ、あぁ……了解」


「わかりましたか? 私は“装備に頼って”、強くなります。これも一つの手段です、よく覚えておいて下さいね? 兄さん」


 そんな訳で、無理矢理にでもロトト村に妹が付いて行く事が決定した瞬間であった。


 ※※※


「フィア先輩、来てくれてありがとうございます」


「いえいえ、こっちも勉強になるかなって思って。それにしても、まさかミーシャが“竜殺し”の妹だったなんて……やけに攻撃的な魔法ばっかり研究してるなって思ったけど、そういう事だったのね」


「はいっ! 私も竜くらい狩れないと兄さんの隣には並べないので!」


「す、すごい発言ね……」


 馬車の中から、そんな声が聞えて来る。

 御者は俺、と言えれば良かったのだが。

 些か装備が重すぎる為、馬の負担軽減を考慮して歩いている。

 その為、御者を務めているのは。


「アバン……すまない、ずっと街に居たのか?」


「ははっ、これくらいは何でもない。こんなふざけた依頼でも受けてくれただけありがたい。しかも“腕利き”まで混じってとなれば、俺としては嬉しい限りさ」


 どうやら彼は此方の準備が整うまで街に滞在していたらしく、帰りがけの馬車に俺達を乗せてくれた。

 この少ない人数なら、移動費も浮くと言う事で待ってくれていたらしい。

 と言う事で、村あるあるの幌が付いた荷馬車に乗るのは妹のミーシャと。

 俺と一緒にオーク集落の殲滅依頼を受けた事のあるフィアさん。

 妹の言っていた通り二人は学友であったらしく、荷馬車の中の会話は随分と盛り上がっている様だ。

 しかしこの状況。

 逆に言えば、調査、討伐依頼を三人で挑むと言う事。

 しかもフィアさんは新人の部類な上に、妹は先日登録したばかりの術師だ。

 ゴブリンは小型の魔物、遠距離攻撃では相手し辛い為、本来なら前衛の方が重宝される存在。

 だからこそ、受託されないかとは思ったのだが。


「ミーシャさん、度々ギルドの試験は受けに来てるんですよねぇ。それでいて、まぁ……内容的には、合格どころか……ハハハ」


 という曖昧なお返事を頂き、ミーシャは今回の仕事に参加する事になった。

 良いのだろうか? とは思うものの、先輩と楽しく話しているのを邪魔する気にはなれず。

 一応俺達の役割は、“調査隊”として派遣されたらしい。

 その報告によって、今後の方向性を決める……という体裁で安く動かす事になったという訳だ。

 まぁ残りの報酬額を見るに、次回に持ち越せば無駄に足掻くか逃げるかという結果になりそうだが。

 追加報酬でもない限り、間違いなく他の冒険者達は動かないだろう。


「でも、たった三人となると……どうするんだ? ダージュ」


「……報酬を一部返却する形で、村人に協力してもらう事も珍しくはない。今回は、その形で行く。次回に持ち越せば、完全に報酬が……その、足りない」


「お、俺達も戦えって事だよな……任せろ! これでもお前が居なくなってから剣を教わってだな!」


「そういうのじゃないから、安心してくれ」


「お、おう?」


 などと会話を続けながら、俺達は故郷であるロトト村へと向かっていく。

 気が重い、行きたくない。

 今朝までそんな事を思っていたのに。

 今では、アバンと普通に会話出来ている事が嬉しかった。

 やはり、友達というのは良いな。

 そう思いながら口元を緩めていれば。


「兄さん! 相手との交渉は私がやりますからね!? これでも正式に冒険者として登録した身です! いいですね!? 兄さんに任せたら簡単に相手を許してしまいそうで心もとないので!」


「……」


「兄さん」


「依頼の確認と、交渉はミーシャに任せる……それで、良いか?」


「お任せください!」


 馬車から身を乗り出したミーシャが、そんな事を叫んで来るのであった。

 これ、大丈夫かなぁ……。


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