第18話 妹、だからこそ


「ただいまぁ」


「あ、おかえりなさい兄さん」


 ソファーでダレていた妹が、声を掛けると同時に飛び上がって此方に向かって来た。

 室内を見回して見れば……。


「ミーシャ、どうしてその……一人だとこうなってしまうんだ?」


「いいですか、兄さん。人間とは自分の事となるといい加減になるものです。自分が満足出来る環境だけ整えれば、それ以上は求めないんですよ」


「……」


「すみません、思ったよりも帰って来るのが早かったので。今、片付けます……」


 非常に、散らかっていた。

 服は脱ぎっぱなしだし、ゴミ箱には携帯食料や露店で買って来たらしい食べ物のゴミ。

 その他諸々、とてもではないが他の男性には見せられない肌着なんかも転がっているではないか。

 妹も愛だ恋だと言い出しても良い年頃なのだが。

 今の所、そういう気配は無し。

 俺とパーティを組んでくれると言ってくれるのはありがたいが、こういう所は心配になってしまうのは兄として仕方のない事。

 恋人を作る事には反対しないし、ミーシャが幸せになれるなら祝福しよう。

 出来れば……話しやすい人を連れて来てくれると、俺としては嬉しいのだが。

 妹に良い相手が見つかったなら、出来れば仲良くしたいし。


「そ、そんな事より! 騎士団の依頼はどうだったんですか!?」


 洗濯モノを胸に抱えながら、なんて事を言って来るが。


「いつも通り、食事しながらにしよう……今日は俺が作るよ。あまり凝ったものは作れないが」


 溜息を溢しつつ土産をテーブルの上に並べていくと、妹が後ろから覗き込んで来た。

 早く片付けなさいよ。


「兄さん、お土産をくれたのはイーサン騎士団長ですか?」


「あぁ、そうだな」


「相変わらずお酒とツマミばかり……」


「アイツは、こういうのが好きだからな」


 こればかりは、文句を言ってはいけない所だと思うのだが。

 頂き物だし、それに。


「今回は、お前にも貰って来たぞ。とても、良い肉だ」


「とても、良い、お肉」


「こんな大きさの肉塊でも、金貨で支払う必要があるらしい。凄いな、早速焼いてみるか」


 貰って来たのは、俺の掌と同じくらいのサイズの肉塊。

 やけに細い脂身ばかり……いや、こういうのは霜降りと言うのか。

 そんな感想になってしまったのだが、でも高くて凄く美味しいモノらしい。

 良く分からないが、肉は焼けば食える。

 だからこそ、早速フライパンに放り込んでみようとすれば。


「兄さん、ソレは私が焼きます」


 ガシッと、ミーシャに腕を掴まれてしまった。


「肉を焼くくらい、俺にも出来るぞ?」


「駄目です、私が焼きます。絶対適当に扱ってはいけない代物です、私が担当します」


「そ、そうか? なら、お願いしようかな」


 やけにギラギラした瞳を向けて来る妹に圧倒され、大人しくキッチンを明け渡してしまうのであった。

 まだ、本人の片付けも済んでいないのだが。


「私が、いつも通り、夕飯を担当しますので。兄さんは鎧を脱いで、その馬鹿デカイ大剣を降ろして来て下さい。あ、光の剣はどこですか? 今回は使いました?」


 その話になった瞬間キラキラした瞳を向けて来るミーシャ。

 生憎と俺はソレが嫌いなので、ため息を溢しながらテーブルの上にポイッと投げ出してみれば。


「兄さん! なんて扱いをするんですか! これでも英雄の武器なんですよ!?」


「うっ!? す、すまん……」


 妹から、滅茶苦茶怒られてしまうのであった。

 だから、嫌いなんだってば……ソレ。


 ※※※


 有り得ないくらい美味しい夕食を頂いた私達。

 イーサン騎士団長から頂いたお肉は、それはもう頬が落ちるかと言う程に美味しゅうございました。

 ソレを食べた兄は気分上々のままお風呂に向かったが、私はテーブルに置かれた“光の剣”をジッと見つめていた。

 過去の偉大な英雄の武器の一つ、光属性の聖剣。

 現状では剣の柄しかこの場にはないが、それでも……本体が此方という事で良いのだろう。

 だって刃の部分は、未だ私達の村に残っているんだから。


「今回の依頼は成功半分、失敗半分と。兄さんは言っていましたが」


 何でも皆様と仲良くなれた……かもしれないとの事。

 しかし皆様の成長を促す仕事だったのに、兄さんが出しゃばり過ぎたと言っていた。

 まぁ、この辺りはいつもの事だ。

 そして兄さんの感想だけで判断するのは早計だろう。

 だって、こんなにお土産を持って帰って来たのだ。

 イーサン騎士団長も、今回の働きに感謝していると言う事で良い筈。

 だからこそ、いつも通り仕事としては全く問題無し。

 そう考えた上で、“コレ”を使わなかったとするなら。


「兄さんは、本物の英雄に近付いて来て居る。と言う事ですよね」


 それだけ言って、テーブルに置かれた剣の柄を手に取った。

 こんな聖剣……言い方を変えれば魔剣に頼らなくても、兄は偉業を成す事が出来る。

 兄さんの使っている大剣は、何の魔法付与もされていない鉄の塊。

 そんなものを振り回す腕利きなど、何処を探しても居ないだろう。

 だが兄は、努力と経験だけでソレらを可能にしている。


「あの大剣を振り回す事すら、普通の人間には不可能でしょうに。ソレを使って巨像の討伐ですか。何ともまぁ次から次へと、とんでもない報告をしてくるものですね」


 私は兄に追いつきたい、共に生きたい。

 それだけを目標として、様々な魔術を学んで来た。

 しかしながら、どうしても見つからないのだ。

 “竜を殺す”程の魔術が。

 アレだって生き物だ、持久戦に持ち込めばチャンスはあるかもしれない。

 だがそれでは意味が無いのだ。

 たった一撃、それで仕留められるくらいの魔法じゃないと意味が無い。

 光の剣は、ソレを可能とする程の力を秘めているのだから。

 だからこそ、学生の間に研究を終えようとした。

 ひたすらに書物を読み漁り、兄の隣に並ぶにはどうすれば良いのかを考えた。

 その結果が、攻撃魔法特化の魔術師。

 しかも、半端な力では意味が無い。

 だからこそ、汎用性を捨ててでも一撃の威力を上げる。

 こんな研究ばかり続けていれば、教師たちには呆れられてしまったが。

 でも、それが必要なのだ。

 あの人の隣に並ぶには、“規格外”の存在にならなければ。


「私は、冒険者になります。貴方の隣に並びます。“竜殺しの妹”として、恥ずかしくない成果を残します。そうしないと……貴方はきっと、いつまでもコレを“ズル”なんて言い続けるでしょうから」


 手に持った剣の柄をグッと握り締め、魔力を送る。

 しかしながら、何の変化も起こらない。

 そう、コレが普通だ。

 この剣は、“魔道具”ではないのだ。

 魔剣や聖剣と言うモノは、それらの定義に当て嵌らない。

 魔力が足りない、技術が足りないとか、そう言う物ではないのだ。

 決められた人物にしか使えない、だからこそ“特別”なのだと教わった。

 だというのに、この剣を扱える兄さんを……村の人間は追放した。

 全ての罪を兄に押し付け、自分達は知らん顔をしながら。

 ソレが許せなくて、私も兄に続いて村を出て来た訳だが。


「ク、クク……貴方達が見捨てた人が、本物の英雄になった時。皆はどんな顔をするのでしょうね? 自らの過ちを認めるだけでは済まない、そんなの私が許さない。兄さんは誰よりも苦しんだんです、誰よりも努力したのです……なら報復くらいは、覚悟してくれないと困りますよね?」


 黒い笑みを浮かべながら、手に持った“光の剣”を握り締めるのであった。

 あぁ、早く私も強くならなければ。

 兄さんの隣に並べるくらい、強くならなくては。

 その為に学園で得られる知識の全てを覚え、全てを利用して最強の術師にならなければ。

 私達が想像出来る“最強”など、兄さんにとっては通過点に過ぎないのだから。

 クスクスと笑いながらも、“光の剣”を元あった壁掛けに飾ってみた瞬間。


「ミーシャ! すまん、石鹸が無い! 予備はあるかぁ!?」


 お風呂場から、兄さんの声が響いてくるのであった。


「あ、はいっ! ただいまぁ! すみません兄さん、使い切ったまま忘れていました! すぐに持って行きます!」


 パタパタと走り出し、風呂場から顔を出す兄さんの元へと届けるのであった。

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