第19話 思い出
久しぶりに、昔の夢を見た。
村に居た記憶、子供の頃の記憶。
「お前……なんでこんな事をしたんだ」
両親が、とても悲しそうな顔でそんな事を言って来た。
俺の村には、一本の長剣が丘の上の台座に刺さっていた。
ソレの掃除当番が俺だった、ただそれだけ。
でも、直接触れちゃいけないって何度も言われていたんだ。
凄く力のある剣だから、選ばれないモノが触れると大怪我をするから。
そういう話を何度も聞いて、度々訪れる人達が剣を抜こうとしているのが凄く不思議だったのだ。
何でこんな危ないモノを抜こうとするのか、何故触ろうとするのか。
なんて事を思いながらも日々を過ごしていれば。
「お前の妹、イジメられてるぞ」
一人の少年が、急にそんな事を言って来た。
最初は理解出来なかったんだ。
妹は俺と違って優秀だし、頭も良い。
大人達にも好かれている様な、自慢の妹。
だというのに。
「流石に不味いって思ってさ……伝えに来たんだ。丘の上の剣、アレを抜けって皆から脅されてる……お前の当番の時なら、何かあってもダージュのせいに出来るからって」
その言葉を聞いた瞬間、思わず走り出した。
だってアレは、触れてはいけないモノ。
実際どんな物かは知らないが、アレを抜こうとして失敗した人は酷い状態になっていたのだ。
あるモノは泡を吹き卒倒した。
あるモノは爆風でも受けたかの様に、その場から吹っ飛ばされた。
それくらいに、ヤバイ代物なんだ。
それだけは分かっていた。
だからこそ、村人であろうと“ソレ”に触れようとはしなかった。
なのに。
「おい早くしろよ、優秀なんだろ? だったらお前なら抜けるんじゃねぇの?」
いじめっ子の一人が、妹の背中を蹴っ飛ばしている光景が目に映った。
思わず激昂し、全員を殴り飛ばしてやろうと雄叫びを上げるものの。
「兄さん! 大丈夫、大丈夫ですから……」
歳の近い子達に囲まれながら、全員をぶっ殺してやるって気になっていた俺を止めたのは……妹だった。
彼女は笑いながら、周りからの驚異に晒され続けながらも。
ニコッと微笑みを溢し。
「私じゃ、多分剣を抜く事は出来ません……でも、兄さんなら。兄さんなら、もしかしたら……」
「また“兄さん”かよ! きめぇんだよ!」
妹の背中に、一人の少年が蹴りを入れた。
前方へと押し出され、身体を支える為に手を伸ばした先にあったのが“光の剣”。
柄に触れた瞬間、妹はビクッ! と雷に打たれたかのように痙攣し、硬直してから……その場に倒れた。
この瞬間に、何かが“キレ”た。
雄叫びを上げながら飛び掛かり、集まっている男女関係なく殴り飛ばした。
俺は元々身体が大きかったから、難なく制圧出来た。
その筈だったのに。
「ふざけんな! おいダージュ! こっち見ろ!」
いじめっ子の一人が、小さなナイフを取り出した。
多分、リンゴの皮でも剥くナイフを家からくすねて来たのだろう。
その切っ先を、あろう事か気を失っている妹の首筋に向けたのだ。
ただのイジメ、子供の悪ふざけ。
そう、判断出来れば良かったのだろうが。
「妹を……放せ」
「……え?」
俺は手近にあった武器に手を伸ばした。
それは、丘に刺さっていた剣。
抜ける筈ない、コレは英雄が昔使っていた武器なのだから。
そう分かっている筈なのに、無意識に手を伸ばした末。
「は、ハハハッ! ブワァァカ! それ、どうするんだよ!」
いじめっ子が、そんな声を洩らした。
視線を向けてみれば、確かに不味い状況。
俺が握った剣は、柄だけが外れてしまったのだ。
刃は土台に刺さったままだというのに、俺の手には剣の柄だけが残ってしまう。
これは、色んな意味で不味い。
「馬鹿力が! お前にはソレだけだよな! それなのにミーシャは毎日毎日、兄さんは凄いんだって語ってばかり。いい加減鬱陶し――」
更にナイフが妹の首に迫り、その肌を傷つけた。
思考の何処かで何かが、完全に“キレた”気がする。
「……黙れ」
ボソボソと呟きながら、何故か剣の柄だけなのに振るってしまった。
焦っていたのか、思考が回っていなかったのか。ソレは分からないが。
でも何でか、そうする事が当然だという気になっていた。
その結果。
「あ、あ、あぁ……」
良く分からない声を上げて、彼の右腕が地面に落ちた。
手元に視線を落としてみれば、剣の柄から光り輝く何かが伸びているではないか。
これが、光の剣?
そんな事を思いながらも、周囲からは悲鳴が上がる。
当然だ、歳の近い男の子を斬ってしまったのだから。
そんな経験をし、俺は村から追放される事になる。
非常に懐かしい記憶、この剣と関わる事になってしまった原因。
刃はそのまま丘に残っているが、いくら柄を戻そうとも何故か朝起きると俺の手元に戻って来る。
結局村長は修復を諦め、剣の柄を俺に与える事を許可し。
領主様は、こんな事をしでかした俺を呆気なく村から追いだした。
疫病神、なんて言葉も言われた気がする。
違うんだ、俺はアレを抜こうだなんて思っていなかった。
妹が傷つけられたから、咄嗟に触れてしまっただけ。
そう言い訳をしても、剣を壊し、相手の腕を斬り落としてしまったのは事実。
大人達は何も聞いてくれず、そして俺の拙い言葉では納得してくれず。
結果として、俺は口を噤む事になったのであった。
何を言われても、どんな疑いを掛けられても。
黙っていれば、大人達が処遇を決めてくれるから。
俺のやった事には変わりないから。
だからこそ、俺は言葉を発する事を止めた。
言い訳を止めたのだ。
やってしまった事には、責任を取らないと。
それだけを思いながら、俺は十五の時に村を追い出された。
これまでの環境を捨てて、たった一人で生きて行く事を余儀なくされた。
この手に、壊れた光の剣の“柄”だけを持って。
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