第14話 お仕事前


「十分後にダンジョン攻略を始める! 準備を急げ!」


 イーサンの一言に、周囲では沸き立つ騎士達。

 本来ダンジョンの攻略なんて、冒険者の仕事だ。

 しかしながら、一定以上の駆逐が完了していないというか。

 要は攻略が遅れてしまっているダンジョンに関しては、“魔素”というモノが溜まり過ぎる。

 それが長期間続いてしまった時、予想もしない大物が生れる可能性があるのだ。

 そのまま放置すればスタンピードという魔物が溢れ出す現象に繋がり、周囲の村々に被害が出る。

 更に言うなら、大物も地上に出て来てしまった場合は最悪。

 竜などの大型魔獣も、こうしてダンジョンから生まれ出るとさえ言われているのだ。


「……」


「緊張、していますか?」


 はい、それはもう。


「大丈夫です、これでも我々は騎士ですから。それにダージュさんが居れば、いざという時に“光の剣”もあるのでしょう? 今の内にお返ししておきます」


 そう言って、剣の柄を返して来る女騎士。

 ぎこちなくソレを受け取ってみるが、彼女は微笑みを浮かべていた。

 うわぁ……滅茶苦茶緊張する。

 人目のある所で、美人が隣に居る。

 受付のリーシェさんと話していても、周りの冒険者達からジロジロ見られるくらいだ。

 きっと今も周りの騎士達からはチラチラと見られている事だろう。

 それだけで汗が噴き出すのに、この人いつまで俺の近くに居るのだろうか?

 最初に比べれば、怒らなくなったのは非常にありがたい。

 でも汗臭いとか思われたら嫌だなぁと思うと同時に、こういう場ではとにかく目立ちたくない。

 他の人達は、まだ俺の事を敵視しているだろうし。

 そんな事を思いながらも、剣の柄をマジックバッグに仕舞った。


「とても不思議なのですが……何故、その剣を使わないのですか? ソレさえあれば無敵と言う他ないと思うのですが。竜ですら殺せる剣、なんですよね?」


 そんな質問を投げて来る女騎士。

 お願いです、離れて下さい。

 しかしながら、彼女の質問は俺の生き方に直接関わるというか。

 ちゃんと答えておきたい質問だったので。


「コレ、嫌いなんだ……」


 バッグに仕舞ったので、既に視界にはないが。

 それでも、苦虫を嚙み潰したような表情をしていると思う。

 兜を被っているので、相手には見えていないだろうが。


「それは、なぜ?」


 未だ食いついて来る彼女にため息を溢してから、顔を向けた。


「今、君は死んだ。急にそう言われて、納得出来るか?」


「え?」


「それを可能にするから、嫌いなんだ」


 それだけ言って、視線を逸らした。

 戦いとは、本来こう……色々あって、命を落とすというか。

 戦って、戦って、その末で勝利を勝ち取るというか。

 狩りで言うなら、卓越した技術を身に着け相手を一瞬で仕留める様な事が可能なのだろう。

 それらは全て技術であり、人の努力だ。

 この剣は、それら全てを省略してしまう。

 だから、嫌いだ。


「大剣を振れる様になる、それは……凄く大変な事だ。ソレを実際に経験して、訓練して、苦しくても続けて。そしてやっと“力”を手に入れた。でもソレさえも剣の影響があると、この剣のお陰で強くなったんだとそう言われてしまえば……俺の努力には、意味があるのだろうか?」


 珍しく、スラスラと言葉が出た。

 多分独り言の様に呟いていたからなのだろうが。

 でも、本心だ。

 この剣を手にした時、絶望した。

 周りの反応を見て、更に絶望した。

 俺は、やってはいけない事をやってしまったんだと実感した。

 だからこそ、努力したつもりでいたのだが……それさえも、この剣が影響しているのかもと言われた瞬間、悲しかった。

 だったらこの剣を使わない様にと更に努力して、実力も実績も重ねて。

 ソレなのに、結局この剣に頼るしかない事態が訪れる。

 だから、嫌いなんだ。

 結局俺はコレを使う他無いんだと言われている様で、凄く嫌なんだ。

 そういう理由があるから余計に、俺はひたすら体を鍛えてこんな大剣を振り回している。

 綺麗事だとは、自分でも分かっているのだが。

 光の剣を使った方が効率も良いのは分かっている、それでも。


「よく分かりませんが……これは、貴方の武器です。私や団長には使えませんでしたから、間違いなく“貴方の武器”です。でも……嫌なら、使わなくても良いと、私は思います」


 そう言って、彼女は微笑んだ。

 そして。


「武器とは、道具です。使い手によって、見方も大きく変わるでしょう。ですから、ダージュさんが嫌だと思うなら、使わなくても良いと……私は思います。ですが、その……誰かが死ぬかもしれない時には、使って欲しいとも……私は思います。だってコレは、貴方にしか使えない聖剣なのですから。貴方なら、救える命があるのかもしれないから」


 そんな言葉を残しながら、俺の事を真っすぐ見つめ表情を更に緩める。

 最初の頃の険しい表情が嘘みたいに。


「無理なら、大丈夫です。私達は騎士ですから、いつだって覚悟は出来ています。でも私は、正直見てみたいと思いました。光の剣を振りかざし、全てを救う貴方の姿を。英雄譚は嫌いです、嘘ばっかりですので。でも、もしも。目の前で英雄とも呼べる行動をする方が居たのであれば……私はきっと語ると思います。貴方という、ダージュという英雄が居た事を。だって、誇らしいですから。こんな人と、私は“冒険”したんだって。ちょっとだけ、強くなった気がしますから」


 優しい言葉に、驚く程真っすぐな瞳。

 思わず引き込まれてしまいそうな綺麗な空色のその目は、嘘を付いている様には思えなかった。

 でも俺は、この“ズル”を使いたくない。

 だってコレは、あまりにも俺の仕事を“楽”にしてしまうから。

 どんな功績を得ても、誰かに賞賛されても。

 どこか冷めた気持ちで耳を傾けてしまうから。

 だから。


「俺は……多分、ギリギリまで使わない。すまない。でも、必ず力になる」


「はい、期待しております」


 そう言われた瞬間、ちょっとドキッとしてしまった。

 だが勘違いするな、きっとコレは騎士団の消耗を最小限に抑えろと言われているだけだ。

 いくら綺麗でも、彼女は騎士団員。

 だからこそ、それを最優先にするのは間違いない。

 きっとその条件を一番達成しやすいのが、俺が“この剣”を使っている状態。

 だから今この場で、剣を返して来たのだろう。

 別にそのまま騎士団の方で保管してくれても良いんだが。


「……提案が、ある」


 小さな声を上げてみれば、彼女は小さく頷き此方の言葉を待ってくれた。

 本来の作戦があり、余所者の俺がこんな事を言うべきではないのは百も承知だが。


「俺が……先行して良いか?」


「それは、通常装備で……と言う事でしょうか?」


 その声に一つ頷き、背負っている大剣を叩いた。


「これでも、その……十分だ、と思う」


「あくまでも光の剣は使わない、と?」


「その……出来れば。本当に嫌いなんだ、コレ。それに、どんな状況でも役立つ訳じゃ……ないんだ」


 情けない言葉を吐きつつ、マジックバッグを叩いてみれば。

 彼女は困った様な微笑みを溢してから。


「いいですよ、であれば……私が同行します。団長には、私から相談しましょう。団員の被害を最小限に……という条件は、貴方が先行する事で必然的に叶うでしょうし」


「すまない……我儘ばかり言って」


「いいえ、誰よりも危険に身を晒しているのですから。我々から何か言う事はありません」


 それだけ言って、彼女は俺の肩をポンと優しく叩いて来た。

 コレも一応、ある程度信頼を置いてくれたという事なのだろうか?

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