第12話 間が悪い
本日も、野営。
一人、うん、いつも通り。
そんな事を思いながら、干し肉を焙っていた。
特に意味はない、乾燥させた食糧でもちょっと香りくらい変わるかなって。
ただ、それだけ。
簡単に言うと、一人遊びだ。
アチッ! となるギリギリのラインを攻めながら、干し肉を焙る。
こんな事をしていたら、結構香ばしい事になるというか。
中で凝固した脂も流れ出してしまったり、焦げてカリッカリになったりする訳だが。
でも、他にやる事が無いので。
焚火を前に、そんな事をしながら遊んでいれば。
「隣、良いだろうか」
先日滅茶苦茶怒られた女性騎士が、また参上していた。
不味い、食べ物で遊んでいる所見られてしまったかもしれない。
慌てて干し肉を兜の中に放り込み、ガジガジと噛みしめながら彼女の方を振り返ってみれば。
「先日は、失礼した……それから、今日はありがとう」
そう言いながら、彼女は膝を抱えて俺の隣に腰を下ろした。
あ、この人良い人だ。
俺みたいな奴にも“ありがとう”って言ってくれる人は、大体優しい人なのだ。
と言う事で、口に入れたカリカリ干し肉をモグモグしていると。
「すまない……そうだよな。私の態度はとても失礼だった、声を返してくれないのも分かる。であれば、勝手に感謝を伝えるので……そのまま聞いてはくれないだろうか?」
ごめんなさい。今回遊んでいた干し肉がなかなか良い焼き加減になってしまった為、ずっとモグモグしているだけです。
食べ終わったらちゃんと声を上げますので、もう少し待ってください。
「正直、その……斥候部隊と言うのは、戦死者が多い。今回だって、負傷者が多かった。彼等は身軽さを売りにしているからな、我々の物より動きやすい鎧を着ている影響だ。決して彼等が弱いだなんて思わないで欲しいんだ。前衛から見れば貧弱に見えても、彼らなりの仕事があるのだから」
何を当たり前の事を言っているのか、彼等は十分な仕事をした。
こんな団体が動いているのに、その進軍を遅らせる事無く、前もって情報を知らせてくれた。
それは凄い事だ、立派な事だ。
そう言葉にしようとした瞬間、ちょっとむせた。
今回妹から渡された干し肉は唐辛子の類も混ぜてあるらしく、妙に辛い。
なので、相手の会話を止めない様に物凄く小さく咳払いしてみると。
「貴方の戦闘を直接見た訳ではない。しかし……団長からも聞いた。特別な何かに頼らず、自らを磨いた。その結果が、今の貴方なのだろう? それは、凄い事だ。昨日私が語った内容など、貴方は既に乗り越えていたのだな。恐れ入ったよ……その大剣で、サラマンダーの群れを屠るとは。私には……到底真似できない」
何やら思いつめた話をしている様だが、俺はそんな大した存在になったつもりは無い。
なのでそんなに自分を卑下しなくて良いのに、と言ってあげたいのだが。
残念な事に、喋る事が出来ない。
今は、その……水が欲しい。
喉の奥に……辛いのが引っかかってしまったのだ。
香辛料の類が張り付いたか、辛みの部分が喉の奥で滞在しているのか。
良く分からないが、今無茶苦茶むせ込みたくて仕方ない。
水を、くれ。
「貴方はきっと、色んな意味でとても強い人なのだろう。そして件の“光の剣”に頼らず、自らの道を大剣で切り開いた。私は、尊敬する。剣を覚えて、上を目指すと決めても……なかなかどうして、上手く行かないモノでな。周りの目や、自らの実力。色々と思う所はあったが……やはり、私の心が一番の問題なのだろう。妬み、忌み嫌い。そして、自らの実力を過大評価していた」
渋い顔で語る彼女の話を、出来れば中断したくはない。
だからこそ、今兜を取り去って水をガブガブ飲むのは違うだろう。
今は、彼女の話を聞きたい。
そして、俺も出来れば喋りたい。
でも無理なのだ。
喉の奥が、凄く辛いのだ。
「教えてくれ、ダージュ。何故貴殿はそこまで強くなれた? “光の剣”とやらは、また別の力なのだろう? であれば、何故普段大剣を使う。しかもそこまで大きなモノを……貴方の性格からして、目立ちたかった訳ではあるまい? どうしてダージュは、そこまで強いんだ? どうしたら、皆をそこまで守れるんだ? 貴方は、その全てを実績のみで示している」
やけに期待の籠った眼差しで、此方を見つめて来る女騎士。
しかし、しかしだ。
今このタイミングでむせかえって良いものだろうか?
いや、駄目でしょ。絶対ダメだよね?
必死で我慢しながら、彼女を見つめ返している訳だが。
駄目だ、答えるまで帰る気配が無い。
と言う事で。
「……」
「これは?」
とある剣の柄を、彼女に差し出した。
ソレを無理やり彼女の掌に押しやり、顔を背けてから。
「……試して、みろ」
それだけ言って、思い切り呼吸を止めた。
駄目だ、もう駄目だ。
これ以上喋っていたら、絶対むせる。
こんな重要な会話をしているのに、途中でゴホゴホゴホ! とか言い出してみろ。
しかも、保存食料が辛かったからって。
物凄く情けないぞ、きっと相手もドン引きする事だろう。
「えぇと……」
「……光」
件の光の剣だ、くらい言うつもりだった。
でも言えなかった。
喉の奥が辛過ぎて。
お願いだから、そのまま去って下さい! このままだと会話が台無しになってしまいます!
急にむせ込み始めて「なんだコイツ」みたいな空気になるので、出来れば今の内に離れて下さい!
「分かりました……少しだけ、お借りします。本当に……申し訳ありませんでした。それから、私の我儘に付き合って頂いて……ありがとうございます。それから、私は“ダリアナ”と申します。名乗るのが遅くなって、失礼しました。では、今日はこれで」
それだけ言って、彼女は頭を下げてからキャンプに戻って行った。
そのタイミングで派手に咳き込み、涙目になりながら水筒に飛びついた。
凄い辛さだったぞ、こんなの一般で売って良いのか?
などと思いつつ、干し肉の入っていた袋をもう一度開いてみれば。
『兄さんへ、辛い物……好きですよね? どうしても食べたくなった時は、コレを食べて下さい。帰ったら鍋でも何でも、好きな物を作ってあげますから。旅の間はこれで我慢して下さい。貴方の愛する妹より』
そんな事が書かれた手紙が、袋の中から出て来た。
どうやらミーシャの悪戯だったらしい。
なるほど、どうりで辛い訳だ。
思わず再びむせ返り、ゲホゲホと大きな音を立ててしまうが。
「酒と一緒だったら、普通に食べられそうなのもタチが悪い……」
流石に仕事中なので、お酒を飲む訳にはいかないが。
それでもこの辛さ、ちょっと癖になるのは何でだ。
思わずもう一つ口に放り込み、水を準備しながら耐えていると。
「おぉ、おぉ……辛い、旨い」
今度ばかりは、妹が用意してくれた激辛ジャーキーを堪能するのであった。
妹に言われて持って来た最終兵器、あの騎士に渡してしまったけど。
まぁ、いいか。
どうせ使うつもり無いし。
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