第11話 助っ人の実力


「報告! 魔獣の群れと接敵! 数、二十以上!」


 先行していた仲間の一人が、ボロボロの状態で戻って来たかと思えば。

 そんな、最悪の報告を上げて来た。

 まだ目的地にも着いていないというのに、魔獣戦。

 この状態で消耗してしまうと、この後の本命と戦う余力が無くなってしまう。

 ゾッと背筋を冷やしながら、団長の方へと顔を向けて。


「団長! 私が何人か連れて先行します!」


「待てダリアナ。ダージュ! 頼めるか? スマン、細かいのが二十くらいだ」


「……問題無い」


「では、頼む。場所は――」


「……問題無い、分かる。行って来る」


 馬車を飛び出そうとした私は、変な姿勢で停止してしまった。

 隊列の端っこ、本当に目立たない様な位置に居た冒険者が。

 団長から声を掛けられた瞬間に風の様に飛び出したのだ。

 速い、それしか感想が浮かばない。

 軽装の斥候でも、あんなに速く走れる者は居るだろうか?

 彼は重装備だというのに、そこらの人間ではとてもじゃないが追い付けない速度で走り去ってしまった。


「重装備の……冒険者でしたよね? 大剣を背負った」


「あぁ、デカい奴にはアレくらいの武器が必要だって言ってな。若い頃からずっとあんなもんを振り回しているらしい」


「若い頃って……彼は何歳なんですか」


「今年で……二十五? いや二十六か?」


「十分若いじゃないですか! 私とほとんど違いませんよ! むしろ団長より十も年下じゃないですか!」


 思わず叫び声を上げてしまったが、団長はハッハッハと笑いながら隊をそのまま進めた。

 これで良いのか? 急ぎ救援に向かうべきでは?

 様々な思考が飛び交うが、確かに先程の彼に追いつける程の騎士は居ない。

 もうこの時点で異常なのだ。

 重装備の、更にはあんな大剣を背負った人物が。

 誰よりも速く現場に向かえるという時点で。

 多分、馬より速かった。

 身体強化とか、そういう魔法持ち?

 そんな事を考えつつも、ガラガラと音を立てながら馬車で進行していれば。


「ダージュ! 報告してくれ!」


 団長が馬車から身を乗り出して、そんな声を上げる。

 視線の先には、斥候部隊としての役割を持つ団員達が道端で座っており。

 更には。


「死者は……いない。流石、騎士団。だな」


 大剣を抜き放った冒険者と、周囲には数多くの魔物の死骸が。

 もっと言うなら、彼の周りに居るのはサラマンダーなのだ。

 竜の一歩手前というか、そういう危険分子として扱われる魔獣。

 だというのに。


「だ、団長! あの人が、俺達に上級ポーションを……」


 此方の馬車に集まって来る団員たちが、皆それぞれ同じ瓶を持っていた。

 皆、コレを飲んで生存したと言う事なのだろうか?

 しかし、冒険者で……上級ポーションをこんなに?

 こんな事、ありえるのか?


「ダージュ、悪いな。補充はさせる」


「……別に。元々、アンタの所から貰った……その、余り物だ」


「だが、補充する。コレはもうお前の私物だからな」


「……いらないと言っても、どうせ送って来るんだろう?」


 何やら通じ合っている雰囲気の二人は、そんな会話をしながらも隊列に戻るのであった。

 団長は再び馬車の中へ、彼は列の端っこへ。

 とてもさっきまで戦って来た戦士とは思えない程静かに、我々が進行するのを待ち始めたではないか。


「団長……アイツ、何なんですか」


 正直、ゾッとするどころではない。

 数多くのサラマンダーを相手に、たった一人で殲滅し、しれっと団体行動に戻る。

 しかもこの偉業を誰かに自慢する事も無く、このまま仕事に向かおうとしているのだ。

 普通だったら、あり得ない。

 冒険者だというのなら、なおのこと。

 他の同業者であれば自信満々に語り、こんな事をしたのだから追加報酬を寄越せとでも言って来そうなモノだが。

 彼は……本当に必要な事しか喋らない。


「ダリアナ。お前、英雄譚とか嫌いだろう?」


「えぇ、大嫌いです。あんなものは妄想の類としか思えません」


 きっぱりと言い放ってみれば、彼は大きなため息を放ってから。


「各地に眠る英雄の武器、とか。聞いた事あるか? その内の一本を引き抜いたのがアイツ、ダージュだ。色々あって、本人もソレを嫌がってはいるが……それが、報告書の内容。結果、本人がその武器を嫌うが為に自らを鍛えた。その姿が、アレだ」


 良く分からない言葉を頂きながら、改めて相手の事を馬車の窓から見つめてみるが……コレといって動かない。

 スンッと突っ立っているだけで、あまり凄い存在には思えない。

 だが、しかし。


「お前に数十のサラマンダーが一人で狩れるか? あの馬鹿デカイ大剣を振り回せるか? アイツはその“伝説の武器”を使うのが嫌で、今の状況を選んだ。アイツにとっては、“ズル”なんだとさ。だから、今アイツは“普通の冒険者”をやっているって訳だ」


 つまらなそうに言い放ち、団長は数日前の新聞を広げる。

 暇潰しとして、ずっと同じ物を読んでいるが……今はそっちじゃなくて話に集中して欲しいのだが。


「あ、あの……ちょっと待ってください。つまり、彼は……今特別な物を何も使っていない? 魔法の類も?」


「本当につまらない事に、その通りだ。アイツの実力は、素の能力で既にこの域まで達しているんだよ。世間体だの見栄だの、更には過去だの偏見だの。そういったモノばかりに拘って、強者から教わる機会を逃していたと知れ。馬鹿者共が」


 フンッと鼻を鳴らす団長の言葉に、すぅぅっと身体が冷たくなった気がする。

 私は昨日、どれだけ失礼な事を言い放ったのだろうか。

 更に言うなら、彼とこれから仕事を共にするのだ……教えを乞うどころか、協力的な姿勢を求めるのさえ正直無理な気がするんだが。

 だって、ねぇ?

 騎士団全体で失礼な態度を取ってしまった訳だし、今でもあんな端っこに隊列させてしまっているし。


「か、彼を主力集団に合流させて……馬車をお貸しした方が……」


「止めておけ、嫌がるぞ。俺が飯に誘っても、絶対こっちのキャンプには来ないからな。それに、今更準備されても嫌味にしか思えんだろう」


「ひ、ひぃぃ」


 こんなの、もうどうしたら良いの?

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