第10話 めっちゃ怒るじゃん


「悪いな、ダージュ。こんなに急で」


「……いや、別に」


 視線を逸らしながら、ブツブツと呟く様に返事をしてみれば。

 相手はハッハッハと豪快に笑い、騎士団の宿舎へと案内してくれる。

 何故宿舎なのか、とは正直思ったが。

 今回の仕事に参加する面々、しない面々を含めて顔見せをするらしい。

 まったく、余計な事を……などと思っている内に。


「敬礼! 団長と“お客様”がお見えだ!」


 覇気のある声が宿舎の中庭から響き、騎士団の皆様が一斉に此方に向かって敬礼をしてくれている訳なのだが。


「……悪いな、ここに居るのは若い連中ばかりなんだ」


「……いや」


 確かに、若い人達が多い。

 むしろ知った顔が居ない。

 そしてそんな彼等は、どう見ても俺を歓迎した様子は皆無。

 妙に此方に対して、敵意を向けているのが分かる。

 もはや隠す気が無いんじゃないかって程に、睨んでいる人だって居るくらいだ。

 正直言おう、怖い。

 あと居心地が凄く悪い。


「皆、聞いているとは思うが……彼が今回の仕事に同行する冒険者、ダージュだ。戦力としては団長である俺が保証しよう、仲良くしてやってくれ」


 隣に居る彼がそう言い放てば、騎士団の皆様は「「「はっ!」」」と綺麗に声を合わせて返事をするのだが。

 相も変わらず、敵意は向けられていた。

 だから、怖いんだよ……。


「ダージュ、お前から何か言う事はあるか? 挨拶くらいは、な?」


「……」


「そうか、俺が悪かった。それでは皆、準備を進めてくれ。正午には出発する!」


 彼の言葉と共に、一斉に行動に移る団員達。

 その中でも一人、最後まで此方を睨んでいる者が居た。

 女性であり、随分と綺麗な人だ。

 そんな彼女が、チッと舌打ちを溢してから準備に掛かる。

 あぁ、本当に……どうして何もしていないのに、こんなに嫌われるのだろうか。


 ※※※


 その後街を出て、移動を続け。

 日が落ちて来た頃に、騎士団は休息をとる事になった。

 なるべく目立たない様、端っこの方を歩き続けていた俺だったが……当然キャンプ地に俺の居場所などあるはずも無いと想像し、大人しく遠く離れた場所で焚火をしていたのだが。


「おい貴様、こんな所で何をやっている。冒険者は集団行動が出来ないのか?」


 顔合わせの時に滅茶苦茶睨んでいた女性の騎士が、こちらに声を掛けて来た。

 不味い、また何かやってしまったのだろうか。


「……」


「少しくらい答えたらどうだ? “光の剣”とやらを振り回す冒険者。今日は持っていないのか? 御大層な大剣を背負ってはいるが……そんな鉄の塊、振るう事が出来るのか? 今日一日走っていたから、体力はある様だが。何故馬車や馬に乗らない、施しは無用だとでも言うつもりか?」


 どこまでも攻撃的な雰囲気で、彼女は俺に向かって言葉を吐いた。

 正直に言おう、帰りたい。

 帰って、妹と一緒にご飯が食べたい。

 今回同行している騎士団の人が若い人ばかりで、皆怖かったって愚痴りたい。

 やっぱりこういう仕事は俺には無理だ、そもそも立場の違いとかあるから何を喋ったら良いのか。

 しかも、ずっと怒ってるし。

 内心ドキドキしながら、焚火の前で視線だけ彼女の方を向けていれば。


「少しくらい此方を見たらどうなんだ! それとも何か!? “英雄様”にとって、私達は見る価値も無いか!?」


 えらい勢いで叫ぶ彼女に驚いて、思わずそちらに顔を向けてしまった。

 そして、その場に立っているのは恐ろしい程怒りの感情を浮かべた女騎士。

 でも、綺麗なのだ。

 白銀の鎧も、彼女の流れるような金色の髪も。

 正直、慣れない。

 女性と言う意味でも、騎士って意味でも物凄く緊張する。

 だからこそ再び顔を焚火に向け、視線だけでチラチラと彼女を見ながら。


「俺は……英雄じゃない」


 ポツリと呟いてみれば、彼女は少しだけ驚いた表情を浮かべて。


「ほ、ほぉ? 身の程は分かっているという訳か。それで? どうやって団長に取り入った。あの過去の報告書は何だ? あの人がお前をここまで評価する理由が、私には分からない。報告書にあった“光の剣”、あれが本当なら今すぐ私に見せてみろ」


 更に激昂した様子で、此方に詰め寄って来るのであった。

 怖い、普通に怖い。

 コレだから怖い人相手は苦手なんだ。

 とにかくガツガツ来るし、あっちもこっちもと話を振って来る。

 相手の質問に対して、まず何を答えれば良いのかさえ分からなくなってしまうのだ。

 えぇと、なんだっけ?

 お前はココで何をしている? それから、この大剣が振れるのか?

 それから、えぇと?

 こっちを見ろ、と……あとは彼女達を見るに値しないと思っているのかどうか。

 あとは~身の程がどうとか、ここの団長とどう知り合ったか。それから、報告書とやらは分からないが“光の剣”を見せろ。だったか?


「……無理だ」


 主に、俺の語彙力が。

 全部に答えられる気がしない。

 コレを全て綺麗に答えられる様なら、多分今頃ボッチでは無かったのだろうが。


「……やはりな、そんな物がある訳がない。大方、他の術師の攻撃に合わせて目立つ様立ち回った。程度の話なんだろう? 今回の遠征で、貴様の実力も白日の下に晒されるだろうな。ただし、これまでの経緯が全て嘘だったという類の話が」


 嘲る様に彼女は笑うが……あぁ、なるほど。

 つまり俺が実は大した事がないと、ちゃんと公表してくれるという訳か。

 そうか、ソレはありがたい。

 そんな事になれば今後、他の人から恐れられる事も少なくなるだろう。

 更に言うなら、こういう仕事が任せられる事も無くなる可能性がある。

 誰かの役に立てるのは良いが、参加するだけで恨みを買うのは正直御免だ。

 だからこそ、もう一度彼女の方へと向き直り


「期待、している」


 本心を口にしてみると、彼女の眉は更に吊り上がった。

 おかしいな、ちゃんと報告してくれって言ったつもりなんだが。


「貴様……馬鹿にするのもいい加減にしろよ? 光の剣を携える英雄様には、我々など不要だと言う事か? 騎士団などいらない、自分さえいれば全てが守れるとでも言うつもりか?」


 何やら怒り始めた彼女は、此方の肩がガシッと掴んでから。

 やけに鋭い瞳を俺に向け。


「その慢心が、私の様な者を生む。赤竜を討伐した英雄様、良く聞く事だ……平和に生きて来た者程、“何故助けてくれなかったのか”という恨みを持つ者は多い。例えそれが、現実的に不可能な事だとしても。幸せを奪われた者は、称えられる者に恨みを抱く」


 不思議な事を、言って来た。

 いや、内容は理解出来るというか……俺でも拙いながら、想像は出来るのだが。


「……誰かを、失ったのか?」


「誰か、ではない。全てだ。私の家、家族、共に暮らして来た使用人。全てを竜に焼かれた。私が復讐を誓った竜、ソレが数日後には討伐されたと知らせを受けた。分かるか? この苦しみが、復讐の相手さえ居なくなってしまったこの痛みが。更に報告書を読めばどうだ? まるで物語の勇者様の様な活躍をする冒険者が、一人で倒したというじゃないか。なら、その実力を見せてみろと言っている!」


 彼女は、鋭い敵意を放っていた。

 その理由が、今少しだけ分かった気がする。

 そうか、ソレは辛いな。

 たった一日で、人生の全てが狂ってしまった経験は俺にもある。

 しかしながら、彼女の様に家族が皆死んでしまった訳ではない。

 だからこそ、想像しか出来ないが。

 きっと彼女は一人でずっと努力して、今の地位に居るのだろう。

 だからこそ、“ズル”をしている俺が許せないという事なのかもしれない。


「……俺も、祈ろう」


「さっきから何を言っている! 奇怪な行動ばかりして! 貴様がどんな手を使って団長に取り入ったのかは知らないが、はっきり言って迷惑――」


「とある人に、言われた。亡くなった家族を思い出してる人がいたら……せめて一緒に祈ってやれ、と」


 顔も知らない相手ではあるが、神様だってこれくらい許してくれるだろう。

 彼女の家族の安らかなる眠りと、彼女本人の安然を願う事くらい。


『他人の悲しみは、結局の所完全に理解する事等出来ない。だったらせめて、貴方も共に祈ってあげなさい。戯言だと笑われるかもしれないけど、でもその“気持ち”が大事なのよ』


 子供の頃、そう教えられたから。

 間違った事は教えない人だったから、多分これで良いのだろう。


「お前は……何なんだ」


 彼女はやりきれない表情で俺の肩を放し、舌打ちを溢した。

 辛い時は、誰だって相手に強く当たってしまうモノだ。

 こればかりは仕方ない。

 だからこそ、どれだけ怖い態度を取られても……俺は無言のままソレ受け入れよう。

 多分彼女の方が、何倍も苦しい人生を歩んで来たのだから。


「俺は……英雄じゃない。ズルをして、生きて来た。だから……そんなに期待しないでくれ」


「――っ! 初めから期待などしていない!」


 そういってから、彼女は俺の元から離れて行った。

 これで良い。

 他人に当たって少しでも気持ちが楽になるというのなら、俺は耐えよう。

 もう一つ言うなら、あんな若い美人さんとこれ以上話せそうも無かったから。

 なので、俺は祈る。

 彼女の安然を。

 ご神体も何も無い、ただ目の前の焚火に祈りを捧げるだけだが。

 それでも。


「騎士というのは……やはり、俺なんかとは全然覚悟が違うな。凄いよ」


 それだけ言って、携帯食料を齧るのであった。

 あぁ、ミーシャが作ってくれたご飯が食べたい。

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