第8話 労働は、癒し
「先日は、失礼しました……」
彼女に合わせて朝一でギルドに向かった結果、深々と頭を下げられてしまった。
違う、そうじゃない。
むしろ謝りたいのは俺なんだけど。
「……」
とはいえ、頭が真っ白になってしまうと何も言葉を返す事が出来ず。
頭を下げている彼女に対し、黙ったまま視線を送っていれば。
「私が全然未熟で、覚悟も足りていないヒヨッコだって……凄く理解しました。戦場であんな甘ったれた台詞を吐くべきではありませんでした、反省してます」
立て続けに放たれる言葉に、もはや完全に思考が止まる。
ごめんなさい、本当に。
違うんです、色々な勘違いから生まれた結果なんです。
そう言いたい所なのだが、上手く舌が回らず。
「でも、良い経験になりました。あとこれ……お返ししますね」
なんて事を言って、綺麗に畳んだローブとその他諸々を此方に差し出して来る彼女。
この光景がどう見えたのか、周囲からは色々な声が上がって来る。
「え、何? 新人からカツアゲ?」
「いやぁ? 何かあの子に貸した装備みたいだけど……昨日の仕事でトラウマになったみたいだな」
「そりゃ“竜殺し”に付いて行ったら……なぁ?」
「経験としてはアレかもしれないけど、可哀そうだな……自信なんて粉々になんじゃねぇの?」
あぁ、どうしよう。泣きそう。
というか兜の中では大粒の涙を既に溜めている。
今回もまた失敗した上に、この子を傷付けてしまった。
それどころかあげた筈の装備は返却、つまり今後は関わりたくないって事だろう。
パーティを組むの、また失敗した。
「それは……嫌じゃなかったら、あげるから」
「え? いやいやいや! こんな高価な物貰えませんって!」
やんわりと、使い続けても良いよ? 役立つなら、俺と関わらなくても使って良いよ? と伝えたつもりだったのだが。
それさえも断られてしまう。
もう嫌だ、悲しい。
もはや涙と鼻水で兜の中がえらい事になっている。
「いらなかったら、売って、お金にして。新しいローブ……必要だろうから」
「いや、でも……」
「ホント、いらなかったら……売っちゃって良いから」
それだけ言うのが限界だった。
もうヤダ、帰りたい。
ズビズビしながら彼女に背を向け、カウンターへと足を向ける俺。
滅茶苦茶格好悪いとは自分でも分かっているのだ。
女の子にプレゼントをして、返されそうになったから“売って良いよ”と伝えて逃げ帰る。
ダサダサな上に、この歳まで上手くコミュニケーションが取れないヘタレ。
分かってるんだよ、分かってたんだよ。
俺みたいなのが、誰かの仲間になれない事くらい。
パーティって言ったら背中を預けて、命を預けて戦う仲間たちだ。
人によっては家族なんて表現する事もあるというのに。
普段からこんな不愛想で、口下手なヤツが近くに居たら皆気まずくなってしまう。
だから、仕方のない事なんだ。
もはや思考が悪い方向にしか向かず、早足でリーシェさんの所へ向かえば。
「今日は、街中の仕事にしておきます?」
「……はい、お願いします」
「気落ちしないで下さい、ダージュさん。貴方はとても良い冒険者であり、優しいだけですから」
「ありがとう、ございます……」
ズビズビと鼻を啜りながらも、彼女が用意してくれた依頼書に端からサインしていくのであった。
仕事して、難しい事考えない様にしよう。
※※※
街中のお仕事、それは様々なモノが存在する。
倒壊してしまった建物の撤去とか、一人になってしまったご老人のお家の掃除とか。
それこそ迷子のペット探しまで。
当然、後半はお小遣いみたいな金額しか稼げないが。
しかし、端から受けた結果。
「でっけぇ冒険者さん! 今日はありがとな!」
「また来てくれよぉ!? 本当に助かったぜ!」
「……どうも」
建築物解体現場では、ガタイの良い男達に最後は皆から笑顔で送り出された。
「ごめんねぇ、こんなお婆ちゃんの家の掃除なんて。立派な鎧が汚れちゃうでしょう?」
「い、いえ……大丈夫、です。草むしりも、やっておきますね」
「本当によく働くわねぇ? お茶を準備しておくから、終わったらゆっくりしてってね?」
ご老人のお家の手伝いでは、凄く優しくしてもらった。
更には。
「猫、おいで」
気配を完全に殺し、餌を持って街中のベンチに座っていれば、そこら中から野良猫やら何やらが集まって来た。
そのお陰で、ペット探しの依頼も完了。
顔を合わせた瞬間、依頼主には随分と驚かれてしまったが。
「鎧のおじちゃん……あの、そのっ! ありがとうございました!」
「見つかって、良かった」
それだけ言って、子供からお小遣いばかりの報酬を受け取り。
「これ、よかったら……」
そのお金でお菓子を買ってその家に届けてみれば、凄くお礼を言ってくれた。
やっぱり、街中の依頼は良い。凄く良い。
最初は驚かれたり、怖がられたりするが。
それでも最後には皆笑顔で“ありがとう”って言ってくれる。
俺はろくな返しも出来ないので、結局不愛想に去ってしまう感じになるのだが。
でも、こういう事こそ仕事って感じがする。
大型の魔獣や魔物を狩っても、声を掛けてくれる人なんていないし。
相手の死骸と、黙ったままの俺が居るだけ。
パーティを組んでいればそういう時に喜び合ったり、声を掛け合ったりするんだろうなって、毎度思いつつも。
俺はいつだって大剣の血を拭って、死体を回収して、そのまま帰るだけなのだ。
コレに比べて、街中の仕事は一つ一つに反応がある。
俺みたいな不愛想な奴にも、声を掛けてくれる。
それは、凄く嬉しい事なのだ。
「いっぱい、話が出来た……気がする」
話すのが、苦手。
でも相手に喜んでもらうのは、好きだ。
だから、こういう仕事ばかりして過ごしても良いのかもしれない。
そう思う事は何度もあったが。
「こんな所に居たのか、“竜殺し”。ギルドで話を聞いてな、探し回ったぞ」
なんて言葉を放ちながら、随分と綺麗な服を着た男性が、ベンチに座った俺の隣に腰を下ろした。
「ちょっと手を貸して欲しい事があってな、いつからなら予定が空く?」
「……別に、明日でも」
「なら、都合が良い。お前指名で依頼を出しておいた。サインしたら、いつも通り騎士団の宿舎に来てくれ」
「……分かった」
短い返事を返してみれば、彼はフッと口元を緩くしてから去って行く。
こうして、求められる事は冒険者としてとても良い事だ。
仕事が無くならないってのは、凄く良い事だ。
それは分かっているのだが。
「仕事って、難しいな」
ポツリと呟いてから、集まって来る野良猫を撫で続けるのであった。
生まれ変わるなら、猫になりたい。
黙っていても、ブスッとしていても撫でて貰えるし。
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