第7話 誤解なんです


「今日は、凄く上手く行った気がするんだ」


 帰宅早々に宣言してみれば、妹には呆れたため息を溢されてしまった。


「なるほど、このパターンはまぁ……はい。とりあえず鎧を脱いで来て下さい、兄さん」


 不思議に思いながら装備を脱ぎ、食卓へと向かった後。

 本日あった事を全部、それこそ早口に話してみれば。


「あのですね……兄さん。基本的に言葉が足りません、もう一言くらい頑張りましょう」


「し、失敗してしまったのか? 俺は。でもちゃんと前衛の仕事はしたぞ? 駄目だったのか?」


 身を乗り出して聞いてみれば、妹はこれまた大きなため息を溢してから。


「多分、怯えていると思います」


「そんな馬鹿な……だって前衛としてちゃんと動いたし、後衛サポートはココで入れるんだぞってタイミングで振り返った!」


「兄さんの場合は、動きすぎなんですよ。一人で事態を片付けられそうな人が、無言でチラチラ振り返って来たらどう思います? 逆に“何故支援しないんだ?”って急かされている様に感じると思いませんか?」


 し、しまった。

 それは考えていなかった。

 確かに後半、彼女は慌てた様子で魔法を使っていた気がする。

 更には、表情もあまり優れなかったというか。

 体調が良くないのかと思って、その後は俺だけで殲滅してしまったが。


「はっきり言いますね? ソレ、お前は使えないから俺がやるって殲滅したように見えますよ? 休めとか、そういう声は掛けましたか?」


「……いや」


「兄さん……ソレ、相手のプライドをへし折ってますって。しかも殺す殺さないの概念の話、仕事だから、生かして置いたら害悪に代わるから。それだけ言って殲滅したんですよね?」


「で、でも……そういう他無いというか」


「いいですか? 女性と言うのは、子供と言う存在に敏感です。兄さんが赤子をあやしたのは高評価です、良く出来ました。しかし、その後が不味いです。現実を教えたのは良いですが、それでは兄さんが悪役にしかなりません。もっと詳しく、優しく言葉を付け加えるべきでした。相手が納得出来なくとも、兄さんが悪役にならない程度には。人には、“仕方ない”だけでは割り切れない感情だってあります。先輩として教える、とても良い事ですが。それは虐殺現場を見れば理解出来る人ばかりでは無いんです」


 た、確かに……魔物の子供がどうとかって話の後、彼女は無感情に動き始めた気がする。

 殺すのが辛い、苦しい。

 それは当たり前だ。

 しかしながらソレが出来ないと冒険者は務まらない。

 だからこそ、教えている気持ちになって大剣を振り回していたが。


「間違ってはいないです、オークなんて残しておいてもろくな事になりませんから。でもそういう疑念を持った女性を前に、絶対的な力で全てを殲滅し、更には彼女自身がその後協力して来たとなると……下手すれば、心を閉ざした可能性もあります」


「うわぁぁぁぁ!」


 もはや頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。

 駄目だったのか? 今日の俺は。

 彼女に敵を近付けない様に全てを斬り伏せ、反撃のタイミングは彼女に任せる様に誘導した。

 しかしながら彼女は慌て、焦った状態で魔法を行使していた気がする。

 焦らなくて良いという意味で、そこから更に間引きした記憶もある。

 だがソレが、妹の言った通りに感じていた場合……また、失敗してしまったのだろうか?

 パーティ戦は協力、だからこそ彼女の攻撃するタイミングで振り返っていたのだが。

 それさえも、脅迫の様に感じていたのだろうか?

 だとすれば……最悪だ。

 俺は新人を連れ回し、更には無理な仕事に付き合わせた上に。

 “お前こんな事も出来ないのかよ”といちいちせっついて来た先輩に他ならないのだ。

 最悪過ぎるだろう、そんなの。

 しかも、後に残るのは血みどろの戦場。

 オークを片っ端から切り伏せていく俺と、怯えつつ泣きそうになりながら魔法を行使する彼女。

 新人だから、オークに怖がっているのかと思っていた。

 でも、違ったのか。

 彼女は……俺に、怖がっていたのか。


「心が……折れた」


「今日は存分に愚痴と弱音を聞いてあげますから。明日は癒し系の仕事にした方が良いと、妹は提案します」


 ポカンとする俺に対し、妹はため息交じりにそんな言葉を残すのであった。

 ミーシャが妹で良かった。

 心を病みそうになった時、いつまでだって傍で話を聞いてくれる。

 こんな情けない兄なのが申し訳なくなるくらいに。


「ミーシャ……俺は、どうすればパーティを組める?」


「安心して下さい兄さん。私が卒業して、冒険者に登録したら……絶対兄さんと組みますから。それまでは、我慢して下さい」


「出来るだけ早めに頼む……心が痛い」


「卒業までは待って下さい、流石に私だけ先に卒業は出来ません。でも兄さんには私が居ます、だから心配しないで下さい」


 一人だとだらしない態度になる妹だが、こういう所は物凄く頼もしい。

 俺としてはとても嬉しい言葉を、こうして必ず言ってくれるのだから。

 妹にばかり頼るのは情けないが、パーティの件は全力でミーシャに頼ると決めている。

 今の所、俺に解決出来そうな目途が立っていないので。

 それにこんな危険の多い仕事に妹も就くとなれば、やはり近くで守ってやりたいと感じているのは確か。

 普通だったら嫌がられそうな所だが、ミーシャの方からそうすると言ってくれているのだ。

 だからこそ、問題無い筈。

 あぁどうしよ、妹が冒険者になったら、どんなパーティ名を付けよう。

 などと考えながらボンヤリとしていると、ニコニコと笑うミーシャが覗き込んで来る。


「それまでには、私も兄さんと肩を並べるくらいには強くなっておきますので」


「学校の成績だって物凄いんだ、多分もう俺よりずっと凄いよ。それと……どうしようか、パーティ名」


「もう分かりやすく、“竜殺し”とかで良いんじゃないですか?」


「だから、それは……」


「じゃぁ私が加入して、もう一匹竜を狩れば良いだけです。大丈夫、任せて下さい」


 そんな事を言いながらも、なかなか進まない夕食を再開するのであった。

 まだ少し先にはなるけど……楽しみだなぁ、パーティ。

 それから、明日はフィアさんに謝らないと……気が、重いなぁ。

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