第6話 対極的


「あ、あのっ! コレ本当にお借りしちゃって良いんですか!?」


 もはや何度目か分からない質問を彼に投げ掛けてみれば、乗合馬車の隣を歩く彼は無言で頷いてみせる。

 朝のギルドで彼から受け取った物。

 ローブに、アクセサリーを数点。

 しかも、全部魔術的な付与が施されているのだ。

 や、やばいってコレは。

 街で買ったらかなり高価な上に、ダンジョンに潜ろうともなかなかドロップしない代物だ。

 だというのに、彼は無言で私に差し出し。


「必要だったら……昨日、ローブ。駄目にしてたから」


 そう言って、渡されてしまった。

 完全に思考が止まり、ポカンと彼を見つめていた訳だが。

 向こうもジッと此方を待っているのか、何も言わず兜が私を見つめて来たので装着した。

 そして、そのまま仕事に向かった形になるのだが。


「あ、あのぉ……馬車、乗らないんですか?」


「……重いから」


「へ? あ、あぁ~大剣が、ですか。確かに、そのサイズだと馬車も選びそうですけど……大丈夫ですか? 結構歩きますよ?」


「平気、鍛えてる。から」


「は、はい……すみません」


 会話が、続かない。

 乗合馬車だというのに、周りの皆様も気まずそうに口を噤んでいる。

 まぁ馬車の隣にヤバそうな人が歩いていれば警戒するのは分かる。

 でもそれ以上に、気配がヤバイのだ。

 近くに居るだけで委縮してしまうというか。

 まるで巨大なモンスターを目の前にした時の様な緊張感が走る。

 こればかりは慣れず、私自身もビクビクしてしまう程。

 だからこそ、普段戦闘に携わっていない人にしたら相当な威圧感だろう。

 そしてそういう予想とは意外と当たるもので、赤子を抱いたお母さんが身を丸め始めた。

 いったい何をしているのかと視線を送ってみると、どうやら赤ちゃんが泣きだしそうな御様子。

 それをどうにか抑えようと、お母さんの方が冷や汗を流しつつ必死で宥めている様だ。

 あぁ、これは……私が説明した方が良いのだろう。

 外を歩いている人は冒険者で、全然危なくないですよぉって。

 あははっと乾いた笑いを溢しつつ、彼女に近付こうと腰を上げてみれば。


「……コレ、赤ちゃんに」


 窓の外から、何やら毛玉の様な良く分からない物体を渡されてしまった。

 え、えぇと?

 全然意味が分からないが、コレを渡せば良いんだろうか?

 まぁ立場的に、お断りする事も出来ないのだが。

 と言う訳で、改めてお母さんに近付いてから。


「え、えぇと……すみません。コレ、外の重戦士からでーす……ア、アハハ」


 そう言って変な毛玉を彼女に渡した瞬間。


「「え?」」


 掌サイズだったソレはどんどんと形を変えて行き、お母さんの掌で小さな猫のぬいぐるみに変化した。

 しかも、ちゃんと動いているのだ。

 本当に生きている猫みたいに、声は聞こえてこないが。


「メリーシープの羊毛……それに少しだけ魔術を加えて作って貰った、玩具。子供に、あげて」


 窓際からそんな声が聞こえたかと思えば、ノッシノッシと歩く彼は馬車から離れて行く。

 もしかしてあの気配を発している事を自覚して、皆から離れたのだろうか?

 そんな事を思っている内に小さな猫は子供の上に飛び乗り。


「なー、なぁぁ~」


 なんて声を上げながら赤ちゃんが笑い始めたではないか。

 更には羊毛猫も、まるで赤子に懐いたかの様子を見せ、子供の機嫌は見る見るうちに直っていく。


「すみません、ありがとうございます……あの方のパーティメンバー、なんですよね?」


「あ、あはは……今日だけ、ですけどね?」


 困った様な微笑を返してしまったが、赤子は上機嫌になり、お母さんの方も安心した様な笑みを浮かべていた。

 もしかして、怖いのは見た目と気配だけで……結構良い人?

 などと思いつつも窓の外を覗いてみると、随分遠くでトボトボと歩いている剣士の姿が。

 本人から発する気配などはアレだし、ギルドの反応を見るととてもではないけど信じられないが。

 ひょっとして、不器用なだけの人なのでは?


 ※※※


 そんな風に思った時期が、私にもありました。


「フッ! スゥゥ……」


 オークの集落。

 廃村となった村をそのまま拠点にしたらしく、結構な規模だった筈なのだが。

 この人、ヤバイ。

 背負っていた大剣を軽々とぶん回し、相手の魔物を次から次へと葬り去っていく。

 もはや彼の声より、振り回した大剣の風切り音の方が大きい程だ。

 当然魔物は声を上げるし、何かを破壊すればその分音が響く。

 だというのに、彼が上げる“音”は。

 一番大きい音で、剣が何かを斬る時の音だけ。

 まるで静かな台風だ。

 全ての物を奪い去り、そこに暮らす何もかもを壊していくのに。

 なのに相手は、何も言ってくれない。

 戦う意味さえ、最後まで戦ったという実感すら与えてくれない。

 そんな“災厄”の様な存在。

 ココに居たのが悪かった、ただ運が悪かった。

 なんて感想しか残らない程に、彼は大剣を振り回した。

 民家ごと剣を叩きつけ、オークどころか建物さえもまとめてぶった切る。

 そこら中で魔物の悲鳴が上がり、雄叫びが上がり。

 もはやどっちが化け物なのか分からなくなって来る程。

 でも私達は冒険者。

 これ等を駆除するのが仕事で、自らの意志で達成すると約束した内容。

 だからこそ、私だって彼に続いてこの“虐殺”を手伝わなければいけない。

 分かっている、分かっているのだが。

 この一方的過ぎる光景は、あまりにも……。


「ひっ!?」


 ピギィ! みたいな声を上げて、私の脚に何かが絡み付いて来た。

 間違い無く、子供。

 オークの子供。

 まるで助けを乞うかのように、私の脚にしがみ付いて来ていた。

 ソレに対し、彼は。


「……大丈、夫? 下がっていても、平気だから」


 容赦なく、大剣の切っ先を叩き込むのであった。

 コレは、なんだ? どっちが彼の“本当”なんだろう?

 赤子に対しても気を使う様な、優しそうだった彼の姿は、今は無い。

 種族が違うという観点はあれど、ここまで容赦なく剣を叩き込む事が出来るモノなのだろうか?

 それが仕事、私の考えている事等所詮綺麗事。

 分かってはいるが思わずゾッと背中に冷たい物が走り、彼の事を怯えた眼差しで見上げてみたが。

 やはり、厳つい兜が此方を見下ろしているだけだった。


「子供だったとしても……殺すんですか?」


「魔物、だから」


「でも、もしかしたら。この子達はまだ、人を襲っていないのかも」


「……かも、しれない。でも、オークは……人の子供を救う事は、ない。大人になれば、人を食べる。だから、だよ」


「因果応報、と言う事ですか?」


 震えながら声を上げてみれば、彼は静かに首を横に振ってから。


「違う。ココで子供だけ逃がせば……ソレが成長してまた人間を殺す。だから、今の内に殺す。こっちの都合、だよ、もしかしたら、良い魔物……というのも、居るのかもね。でも、俺には分からないから」


 それだけ言って、彼は再び大剣を振るい始めた。

 その姿は、まさに鬼神。

 何一つ容赦などしないかの様子で、全ての物に対して鉄塊を叩きつける。

 慈悲は無い、容赦も無い。

 これ程無感情に生物を殺す存在を、私は初めて見たかもしれない。


「貴方は……何の為に、剣を振るうんですか?」


「……仕事だから」


 ギルドの皆が彼を怖がっていた理由が、少しだけ分かった気がする。

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