第4話 いっぱい、喋った


「ただいま、ミーシャ」


 家に帰り、リビングの扉を開いてみれば。

 物凄くだらしない恰好でソファーに寝そべっている妹が、此方に視線を向けて来た。


「お帰りなさい、兄さん。今日は早かったんですね」


 相変らず、一人の時はダラけているらしい。


「ん、今日は近かったから。三つ隣の村に行って、小物退治」


「ソレは近いって言わない上に、三つ向こうの村は隣じゃない気がするのですが」


 呆れた瞳を此方に向けてから立ち上がり、すぐさま夕食の準備を始めてくれた。

 現在は妹と俺の二人暮らしの為、こういう所は良く動いてくれる。

 田舎の村で追放を食らった俺と、家出同然で実家を飛び出して来た妹。

 彼女が此方に来てからは、俺の稼いだ金で生活している訳だが。

 有難い事に、金には困っていない。

 それこそ妹を良い所の魔法学校に行かせてやれるくらいには稼いでいるし、大口の依頼などをこなした際に、今住んでいるこの家だって貰ってしまった程。

 これだけ聞けば物凄く順風満帆に聞こえるのだが、未だ俺はソロ。

 しかもこの功績を残せたのは俺自身の実力ではなく……“ズル”をしたからに他ならないのだ。

 更にソレが故郷の村を追放される原因なのだから、目も当てられない。

 偉い人達に褒められたり、騎士にならないかと誘われた事もあったが……とてもじゃないが、素直に喜べる筈もなかった。

 もっと言うなら、俺みたいな性格で重役など絶対に務まらないだろう。


「兄さん、どうしました? ボケッと突っ立ってないで、早く装備脱いで来て下さい。部屋が汚れますよ?」


「あ、うん。そうだな、着替えて来る」


 ポツリと呟いてからリビングを出ようとしてみれば、「ちょっと待った」と妹から声が掛かった。

 そして、やけにニヤけた表情を向けられる。


「今日、何か良い事ありましたか?」


「えぇと、うん。そうだね」


「それが話したくてソワソワしてたんですね。ご飯食べながら聞きますので、着替えて来ちゃって下さい」


 まだ兜を被ったままだというのに、ミーシャには分かってしまうらしい。

 バタバタと自室へと向かって走りだし、いつもより急いで装備を脱いでからリビングに戻ってみれば。


「お帰りなさい。準備出来たので、食べながら教えて下さい。今日は何があったんですか?」


 どうやら温め直すだけの所まで食事の準備は終わっていたらしく、テーブルの上には数多くの料理が並んでいた。

 妹と向かいの席に腰を下ろし、二人揃って「いただきます」と口にしてから。


「今日は、その! アレだ。受付のリーシェさん以外とも、喋ったんだ! 新人さんみたいだったんだけど、友達になれるかもしれない!」


「おぉ~それは凄い進歩です。どんな人でした?」


「結構若い、術師の女の子だったな……あぁそれこそ、ミーシャと同じ学校の出身だって言ってたぞ?」


「兄さん、二十五の割には顔が厳ついから……あんまりガツガツ行ったら駄目ですよ? 実力だって桁違いでしょうから、相手が委縮しちゃうかもしれません」


「わ、わかった……気を付ける。フィアさんって名前なんだが、知ってるか? 今二十歳だって言ってた。それから、学校を卒業したのは去年で、冒険者登録は今年に入ってからなんだって。それから、あとは――」


 妹相手なら普通に喋れるので、いつもこんな感じ。

 普通に喋るというか……此方の言いたい事ばかりを、ペラペラと喋っている気がするが。

 それでも妹は気にした風もなく、俺の話を全部聞いてくれる。

 そして“誰かと話した”なんて、普通だったらどうでも良い事だろうに。

 この子だけは、俺同様に喜んでくれるのだ。


「あぁ! その先輩、確か学年で成績トップですよ! 優秀な術師だったんじゃないですか?」


「そ、そうなのか!? 凄いな……俺は魔法がからっきしだから。頭が良い人には憧れる……それから、実力に関しては見ていないんだ。熊に襲われてたから、助けて、ポーションあげて。ギルドに帰ったらちゃんとお礼を言ってくれた、とても良い子だ」


「そうですかぁ……兄さん、助けても怖がられちゃう事が多いですからね。良かったじゃないですか。今度私もギルドに顔を出してみようかな。先輩が私の事を覚えていてくれれば良いのですが」


 そんな会話をしながら、二人して夕食を食べ始める。

 一度喋り始めると、なかなか止まらなくなってしまうのも俺の悪い癖だ。

 と言っても、しっかりと喋る事の出来る相手じゃ無いとこうもいかないのだが。

 他の人だとどうしても緊張してしまい、どもったり、黙ってしまったりする。

 ミーシャみたいに何を話しても聞いてくれるという確信が無いと、どうしても“俺が喋っても良いのだろうか?”という思考が前面に出て来てしまうのだ。


「あれかな、お礼とかした方が良いんだろうか? それとも、俺みたいなのから何かを貰っても、気持ち悪いと思われるだろうか?」


「お礼を言われた事が嬉しいからお礼を返すって言うのは……ちょっと変かもしれませんね。でもフィア先輩、背中を怪我したのでしょう? だったらローブとかも駄目になっている可能性もありますから、先輩のお節介って事で渡しても良いんじゃないでしょうか?」


「そうか、その方が良いな!」


 ダンジョンと呼ばれる秘境。

 モンスターが蠢き、宝が眠ると言われるその場所にはよく仕事で向かう。

 その際、ミーシャが使えそうな物品は全て保管してあるのだ。

 術師の為のローブ、杖などはもちろんの事。

 特殊な魔法付与が施されたアクセサリーの類も。


「しかし着る物となると……どういう物が良いだろうか? 俺には、女の子が好みそうな物が分からない」


「食べ終わったら、一緒に選びましょうか。確か身長などはそこまで変わらなかった筈ですから、私が着られる物を選べば何とかなるでしょう」


「あぁ、頼む!」


 これは、忙しくなって来た。

 明日は朝からギルドに向かい、彼女にお礼をしなければ。

 その為にはまずローブ選び。

 妹に全力で頼る事になりそうだが、喜んでくれそうな物を選ばなくては。


「良かったですね、兄さん」


「そうだな。でも失敗しない様にしないと……声を掛けてくれても、また翌日から無視される様になってしまった経験は、腐る程ある」


「大変ですねぇ、“竜殺し”は」


「あんなの……俺の実力じゃない。俺は、ズルをしただけだ」


「またそんな事言って」


 なんて会話をしながらも、食事が終わればすぐさまローブ選び。

 あれもこれもと引っ張り出してみたが、やはり女の子はいろんな事を気にするのか。

 柄や色合いを選ぶだけでも、とても時間が掛かってしまう程。

 付与された能力だけで選べば良いという訳ではないというのは……やはり、難しいモノだ。

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