第2話 くまごろし


 翌日の昼頃、再びギルドへと足を向けた。

 獲って来た獲物の解体作業にも、それなりに掛かるだろうし。

 というのもあるが……朝一番でギルドに向かうと、いつも通り空気が葬式みたいになってしまうので。

 クエストが張り出されているボードの前、本来なら朝が一番賑わっている時間帯。

 なのに俺が居ると、皆道を空けてしまうのだ。

 此方が依頼を選び終えるまで、ジッと周りで待たせてしまった事があった。

 あれだけは、正直避けたい。

 気まずいし、申し訳ないし、はっきり言って焦る。

 皆を待たせているんだから、早く選ばなきゃ! という感じになってしまい、内容も見ないで適当に依頼を選んだ事も多々。

 だからなるべく人の多い時間帯は避ける、以上。

 そんな訳で、本日もギルドの扉を開いてみれば。


「あ、ダージュさーん。解体作業終わりましたよー? 報酬受け取りに来てくださーい」


 入った瞬間、受付からリーシェさんに呼ばれてしまった。

 室内にいた冒険者数名が、名を聞いた影響なのかビクッと反応して此方に視線を向けている。

 悲しい、とても悲しい。

 これまたため息を溢しつつカウンターへと向かうと、すぐさま用意される書類と報酬。

 なんともまぁ、今回の獲物も凄い額になったようだ。

 素材も全部売っちゃったからってのもあるのだろうが。


「問題無ければ、此方にサインを。報酬はマジックバッグに入れてありますから、一度出して確認します?」


「いえ、大丈夫……です」


 普通なら飛んで喜ぶ程の金額になっている為、ここで出したらえらい事になってしまう。

 大物を狩ると、やはり桁違いの収入になる。

 もう引退して隠居しても良いんじゃないかって程には稼いでいるのだが……そんな事をしたら、本当に他人と関わる機会が無くなってしまうので不味い。

 そして我が家には魔法学校に通っている妹も居る為、あまり格好の悪い姿を見せられないというのもあるのだ。


「それで、今日はどうします? 流石に飛竜や沼竜みたいな大物の依頼はありませんけど」


「いつもそんなのが居たら……困ります」


「あはは、確かに。適当に討伐系の依頼でも受けますか? 遠かったり報酬が安かったり、そんなのばっかり残っちゃってますけど。やっぱり朝方に美味しい仕事は取られちゃいますからねぇ」


 そんな事を言いながら、いくつかの依頼書を並べていくリーシェさん。

 ゴブリンやオークと言った魔物、小動物から中型の魔獣討伐等など。

 後は最近出没する盗賊の調査、または駆除などもある。

 色々ある様には見えるが、確かにどれも報酬はあまり高くない。

 まぁ、良いんだけどさ。


「じゃぁ、コレとコレで」


「ダージュさんはこういう仕事も受けてくれるので助かります。ずっと放置という訳にもいきませんし」


「は、はぁ……行ってきます」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 ササッと依頼書にサインしてから、そのままギルド出て街の外へと向かっていく。

 本当に適当な討伐依頼を二つ受けただけ、方向が一緒だったからという理由で。

 さっさと行ってさっさと帰って来よう。

 どうせ俺一人なら、移動中喋る相手も居ないし。


 ※※※


「ヤバイヤバイヤバイ! 街道まで出て来ちゃったよ!」


「これ不味いって! 森の中から魔獣引っ張り出しちゃった!」


「とは言ったって、逃げるしかないだろこんなの!」


 仕事にはトラブルが付き物、それは分かっているのだが。

 まさか小物の魔獣退治の仕事を受けたのに、大型が出て来るのは予想外だ。

 しかも相手は異常にデカイ熊の魔獣、立ちあがったら二メートル以上ありそう。

 そんなのに追いかけ回されているのは、新人パーティの三人衆という絶望的状況。

 前衛と盾役すらもはや逃げるのに必死で、術師の私は後方に魔法を放ちながらの撤退戦。

 というか、私が攻撃を続けないとすぐ熊に追い付かれる。

 もっというなら、前を走る男子二人とは今日組んだばかり。

 友人でも何でもない、ただ新人同士だったから試しに……という形で組んだだけ。

 つまり、私は見捨てられる可能性が高い。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私だけに押し付けないで!」


「んな事言ったって!」


「おいおいおい勘弁してくれ! 前からも何か来た!」


 その声にゾッと背筋が冷え、視線を正面に持って来てみれば。

 確かに、街道の向こうから何かが走って来る。

 ドドドッ! と土埃を立てながら。

 不味い不味い不味い。

 恐ろしく速いみたいだし、人間じゃない事だけは確か。

 まさか熊以上の魔獣か、それとも魔物の類?

 完全に思考が止まり、どうするべきか判断出来ないでいれば。


「ぐっ! あぁぁぁぁ!」


「今度は何だよ!?」


「熊だ熊! 追い付かれた!」


 背中に激痛が走り、思わず悲鳴を上げてしまった。

 獣の爪が、肉に突き刺さった感触。

 焼けるような痛みに涙を流し、背後に目を向けてみると。

 そこには巨大な熊が此方を見下ろしている光景が。


「た、助けて! お願い!」


 そう叫びながら、仲間達の方へ顔を向けたが。

 目に映るのは一直線に森の中へと駆けこんでいくパーティの前衛たち。

 あ、これ駄目だ。

 本気で見捨てられた、私が食われてる間に逃げるつもりだ。

 やけにゆっくりになった思考が、ぼんやりとそんな事を告げて来た。

 死ぬ間際って、時間がゆっくりになると聞いた事があったが、あれって本当だったんだ。

 視線を後ろへ戻せば、熊の大きな口が私の腕に噛みつこうとしているのが見える。

 あぁ、嫌だな。

 どうせ食べるなら、一発で殺してくれないかな。

 そんな事を考え、目の前の光景を見つめていた瞬間。


「フンッ!」


 熊の顔面に、何かがぶつかって来た。

 というか、吹っ飛ばしながらぶった切っている様に見える。

 ゆっくりと流れる光景、メリメリと顔面を潰されながら、此方の身体から離れて行く熊。

 そして、血を吹き出しながら地面に転がったのを確認した所で。


「大丈……夫?」


 上から、やけに小さな声が聞えて来た。

 見上げてみると、すぐ隣に立っているは……。


「ま……魔物?」


 ゴツイ、と言うか全体的にデカイ。

 全身を武骨な鉄鎧で包み、そこらの冒険者では持ち上げる事も出来なそうな大剣を、軽々と片手で掴んでいる。

 鎧を着たオーガ? それともまさかデュラハン……は、違うか。

 首はくっ付いてるし。

 などと混乱していれば。


「人間……」


「え、あ、えと。ご、ごめんなさい!」


 とりあえず、人間ではあるらしい。

 兵士や騎士って雰囲気でも無いし、傭兵とか?

 もしかしたら冒険者かもしれないが、生憎と新人の為先輩達の事は良く知らない。

 とりあえず、私は見た事がない人なのは確か。


「コレ」


 そう言って差し出して来るのは、なんとポーション。

 新人の内では気軽に手が出せないくらいには高価なので、受け取ってから暫く固まってしまった。

 えぇと、くれるのだろうか?

 こういう時って、使ってしまっても良いモノなんだろうか?

 あとでお金を請求されても、私には支払い能力がないのだが。


「帰った方が、良いよ。ポーションも……その、すぐ治る訳じゃない、から」


 再びボソボソと喋ったかと思うと、彼は大剣を背負ってそのまま歩き出してしまった。

 ここで思考が落ち着き始め、慌てて立ち上がろうとしたが……背中が痛い。

 再びベシャッと、その場で情けなく伏せてしまった。


「あ、あの! コレ! 良いんですか!?」


 慌てて彼に渡されたポーションを掲げて見せれば、相手はちょっとだけ振り返り、小さく頷いて。


「……どうぞ。それじゃ、仕事あるから」


 ポツリと小声で呟いて、そのまま歩いて行ってしまった。

 いやはや、不思議な人も居るものだ。

 というか、物凄い勢いで前から迫って来ていたのってあの人?

 仕事って言ってたし、こんな所を一人で移動してるって事は……やはり冒険者なのだろうか?

 まぁ、何はともあれ。


「帰ろ……仲間にも見捨てられたし」


 今は難しい事を考えず、貰ったポーションに口を付けるのであった。

 あ、意外と美味しい。


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