第2話

 まるで祭りの行進だった。

 トロプに対する勝利はエリーズロー集団の気分を高揚させて、歌い飲みつつのろのろと進んでいた。

 彼らはカレルを称え、愛を歌い、美しさを絶賛していた。 

 トロプの要塞から東へに十キロほど、ゆっくり進んだ稜線脇にある平原である。

 戦略的な要地でもなんでもない。無防備極まりなかった。、やはり雑多な集団で軍とは呼べない。

 兵站はといえば、エリーズローの集団はライロの製造・改造であらゆる相手に節操なく商売を行い、自活してる。

 ユゥはとりあえず、ゆっくりと作業現場を見てみたいと思っていた。

 その前に、彼は総司令官の名前で、格隊の隊長を天幕に呼んでいた。

 装甲繊維でできたジャケットを脱いで、タンクトップとスカートだけになったカレルは、椅子に胡坐をかいていた。

 ボトルのコークを飲みながら、興味深げにジューに話しかけては、ケラケラと笑っている。

 招集命令から一時間がたったが、誰も彼女のところには来なかった。

「……これは、いつものことなのか?」

 ユゥは呆れかえっていた。

「そうだよ?」

 カレルは何でもないことのように、うなづく。

 思わす、ユゥは舌打ちした。

「みんな事情があるんだよ」

 妙に達観しているかのようなカレルだった。

 ここまでとはと、ユゥは呆れた。指導者に対してまで、集団がまとまっていない。

 少なくとも規律のしっかりした軍と遭遇した時には、一瞬でエリーズローは瓦解するだろう。

 乗っ取るには都合が良いが、せっかく万が一の後方も確保し、カレルを中心にしてやる気が出てきたというのにだ。

「メインの隊長は、さっきのリドーという男と、ブロークア隊のヒークで良いのか?」

「んーと。もう一人、ポリート・キィンクーってコがいるなぁ」

「ジュー」

 ユゥはカレルに聞く前に、球状のインターフェースからポリートのデータを送らせた。

 元都市国家フラーイヴの若い学者だ。

 フラーイヴは都市国家群有数の学芸が勃興しているところで、最も大きな図書館ももっている。

 どうやら、トロプ防衛部隊に砲弾を撃ったとき指揮していた人物のようだ。

「わかった。ちょっと、行って来る」

 天幕からでようと、ジューを連れて入口までくる。

 ユゥは思い出したように、一度振り向いた。

「どこにも行くなよ、カレル」

「ジューもつれていくのー?」

「……あとで遊ばせてやるから、我慢してろ」

 不満顔のカレルをおいて、ユゥは雑多にエリーズローが野営している中を進んだ。

 今のところ、カレルは天真爛漫なただの少女に過ぎない。

 説得力が足りないのは重々承知だが、とりあえず皆に彼女が指導者だと認めさせなければならない。

 最初に尋ねたのは、まだ面識のないポリートのテントだった。

 ランプの明かりが中から少しだけ漏れている。

 ずいぶん暗い。

 ユゥが挨拶すると、中から返事が帰ってきた。

「入るよ」

 テントの中は、あらゆる小さな機械と、本の山だった。

 それこそ寝る場所もない。

 丁度真ん中のランプの下に、大き目のパーカーを着て、ハーフパンツ姿の少女が分厚い本を片手に開いているところだった。

 眠そうな目に、読書用の眼鏡をかけた、ユゥと同い年ぐらい、いや同じ十七の少女だ。

「……どうしたのかい? トロプから来た使節さん」

 声は小さいが、おっとりとして聴きやすいものだった。

 だが、表情には相手を試すかのような皮肉なものが浮かんでいる。

 ユゥが軽く自己紹介すると、適当に座ってくれと言われた。

 そんな場所が見当たらない散らかりようなのだが。仕方なく、ユゥは入口付近に腰かけた。

「その役職は多分もうないよ。ところで、おまえも何人か率いている人物そうだね。トロプの軍を砲撃したのは、おまえだろう?」

 ポリートはフフッっと笑って本に視線を落とした。

「まぁ、仕事はこなすさ」

「仕事ねぇ……正直なところ、カリスをどう思う?」

「指導者失格だね」

 即答だった。含みある笑みそのままに。

 ユゥは思わず唇の片方を釣り上げる。

 大人しめかと思いきや、意外と辛辣だ。

 工兵科卒業というところで、ユゥは好奇心が強い。反応が面白かったのに加え、本の山にも魅かれるものがある。加えて、あの砲撃である。

「聞きたいな。どうしてそう思うのか。それに、どうすればいいのか考えがあればおしえて欲しいもんだ」

 ポリートは再び顔を上げて、本を脇に置いた。

「君は随分と図々しいな」

 軽く一度、肩を揺らしたのは、苦笑したらしい。

 顔を上げてから、     

「……まず、第一にカリス本人が、本気で指導者であろうとしていないのが一番の問題だね。正直これだけで、完全に指導者失格だね。どうすればいいのかは、彼女次第じゃないかな」

「そうかぁ」

 ユゥはやれやれといった感じでニヤけつつ、息を吐いた。

「……そのため息、僕は嫌いじゃないかな」

 ポリートは何かを察したように、微笑んだ。

 多分、無意識だろう。彼女は本を手に取った。

「まぁ、ただ僕の指導者論を語っただけだよ。困ったら、リドーのところに行くのがいいと思う。ああ、君に覚悟があるならね」

「あのライロ乗りの?」

 ポリートはうなづいた。

 ユゥは、軽く目を泳がせてから、確認する。

「リドーって、あのリドーなのか? リドー・アバスンのことだよな?」

 リドー・アバスン。

 その名前は、半島中に聞こえる傭兵隊長の一種だが、変わり種として伝説になっている。

 曰く、半島のあらゆる組織の黒幕。

 曰く、半島の動乱を一手に操る、戦争の仕掛け人。

 曰く、どこにも属さない、暗黒街の首領。

 曰く、リンカール帝国から半島を守った、真の英雄。

「本人に聞いてみたらどうだい? 君は一見害がなさそうな雰囲気をもっているから。中身はしらないけどね」

 意味ありげに笑む。  

「なーるほどねぇ。わかった」

「うん。話が終わったら、また僕のところに来なよ。君のライロに興味がある」

「ああ。わかった。送っておくよ」

 ユゥは軽く手を挙げると、彼女がうなづいた。

 



 集団から少し離れたところに、ポツリとテントがあった。

 リドーのものだ。

 物静かな青年は外にテーブルと幾つかイスを出し、夜空を見上げながらウィスキーのグラスを手にしている。

「よー、少年。今夜は星が綺麗だぞ」

 氷の入ったグラスを掲げて先に話しかけてきたリドーに、ユゥは遠慮なく正面の椅子に座った。

 確かに満面の星空だ。

 彼ら、生粋の傭兵たちには様々な生死感がある。その一つに、死んだ傭兵は皆、夜空の星となって、大地の闇を照らすという。夜にすら戦いを挑もうというのだ。

「何人か逝ったのかい、早朝の戦いで」

 氷を鳴らしたリドーは、くだらなそうに鼻を鳴らした。

「死ぬ奴は死ぬ。生き残る奴は生き残る。俺たちは順番を待ちながらただ老いてゆくんだよ」

 グラスを軽く仰ぐ。

 熱い息を吐いた彼には、酷く感傷めいたところがあった。

 仮にもリドー・アバスンを名乗る男が、こんなに精神的にもろいものを持っているだろうか?

 ただ、ユゥは彼にその点を何も言えなかった。

 リドーとその配下達がユゥを助けて自由の身にしたのは事実だったからだ。

「挨拶が遅れたね、リドー。今朝はありがとう」

 リドーは横目で彼を見た。

 穏やかそうな表情だが、目は見透かすかのような輝きをしている。

「おまえ、迷ってるだろう?」

「……え?」

 ユゥは内心、ドキリとする。

「言っとくがカレルが実際の権力も持たずに神輿になったままなのは、理由があってのことだよ。ただ、無邪気にアホのコをしてるわけじゃない」

 何も言い返せなかったユゥは、代わりに聞く。

「理由ってなに?」

 リドーは、ヤニ入りに電子パイプを懐からだして、一息吸った。

 顔を上に向けて煙を吐き出すと、ユゥに向き直る。

「それはな、このエリーズローの中にも反カレルの勢力がいるからだ。何人かの隊長格は彼女を掲げて指揮下に入っている。だが、それが限界だ。これ以上力を持つと、カレル自身が危ない」

 一枚岩ではないと思っていた。

 だが、カレルの命すら狙う勢力がエリーズローに存在するとは、思いもよらない話だった。

「覚悟決めろよ。どうせ、おまえは都市を捨てたんだ。エリーズローの存在が無ければ帰るところもないのさ」

 言われるまでもなかった。

 トロプにリユゥヒ・ビトリを送りこんで旧勢力を抑え込ませたのは良いが、ただそれだけで、ユゥの居場所があるかといえば、そんなことはない。

 むしろ、エリーズローに入ったという理由だけで、都市反逆罪を使われるのはたやすいといえる。

 戻るなら、今だ。

 エリーズローの存在を背景に、リユゥヒを脅し、都市の勢力に食い込む。

 頭ではわかっているユゥだが、実行できる性格なら困ってないだろう。

「カレルは指導力があると思うか?」

 ユゥは己の立場を確認することで、やっと平静さを取り戻した。

 もう、どうにもならないという、半ばの諦めである。

 リドーは煙の奥でニヤリとした。

「あるね、十分。俺が言うから間違いはない。ただ、ちょっと情にもろいがね」

「ふむ……」

「だから、反対派も出てくる。まぁ、おまえが補佐してやれ、総司令官付きさんよ」

 すでに全軍に伝達してある役職だった。

 カレルに反対派がいて、命を狙われているといなら、彼も狙われる立場ということである。

 自分にも直接の人員が必要だ。

 ユゥは思案した。

 リドーは余裕そうに彼のさまを眺めながら、グラスを傾けて氷をまわして鳴らしている。

 二百機のライドには人員はいなかった。

 都市防衛隊を壊滅させた後に、全員、トロプに帰したのだ。

 リドー・アバスンが本物かどうかなど、どうでもよくなっていた。

 要は威名の使い方だ。

 考えつつ立ち上がり、ユゥは挨拶して立ち去ろうとした。

「ちょっと、待ちな」

 背後から、リドーの声が投げられて、ユゥは振り返った。

「キョウ、来い」

 闇の中から小柄な人影が現れた。

 リドー一人だと思っていたユゥは内心で驚く。ジューの監査にも引っかかっていなかったのだ。

 現れたのは、幼そうな少年だった。大き目のコートとダボっととしたズボンを履き、据わった険のある目をしている。だが、容姿そのものは端正で可愛らしい。

「ユゥ、おまえが俺を頼らなかったのが気に入った。こいつを連れていけ。役に立つ」

 キョウと呼ばれた少年は無感動そうに、リドーのそばまで来た。

 あまり背の高くないユゥよりも頭一つ分、小さい。

 その手には、刀の収まった鞘がぶら下げられていた。

 ユゥには少年の持つ雰囲気が異様に感じられ、うなづくことしかできなかった。

 この子は何か危険だ。

「……預かっておくよ。ありがとう」

 やっとそれだけを言って、ユゥは自分のテントに戻ることにした。

 道中、キョウは無言で通した。

 



 ポリートのところに戻ると、彼女はキョウを見て一瞬だけ意外そうな顔をした。

「リドーはよっぽど君のことが気に入ったとみえる」

 本を閉じて、ポリートは立ち上がった。

「じゃあ、行きましょうか?」

 彼女はテントから出ると、二人を先導して野営地の中を進んだ。

 近接格闘用で、ガトリングガンを装備しているライロ乗り数名が、煌々と闇夜を照らす空間の前で、辺りを警戒・巡回していた。

 野ざらしの広い空間では、金属音が響き、喧噪にあふれていた。

 工具や小さめの機械を脇に、ライロを弄っている工員たちだが、皆、陽気に作業を行って、ポリート一行に関心を向ける者はいない。

 ここは、エリーズローの命綱ともいえる、ライロ改造工場だった。

「君が持ってきたライロを見せてもらったよ」

 意味ありげにポリートが言い、解体作業中のライロの傍で止まった。

 トロプからユゥに預けられた機体だった。

「データ解析転送装置、遠隔操作装置、おまけに機能停止回路。いやぁ、面白いものをもらったね」

 ユゥは別段、驚きもしなかった。

「まぁ、そんなもんだろうな」

 想像はしていたので、様子見を兼ねて積極的には使わなかったのだが。

 売る相手を選べば、面白がって値を付ける相手もいるだろうとは思った。

「欲しくないか? 珍しいだろう?」

 試すように、聞いてみる。

 ポリートは悪戯っぽく笑った。

「吹っ掛けるつもりなのが、ありありとみえるよ」

「いやぁ、代わりに君の協力を得られるなら、そういう契約でもいい」

「ふむ……ところで、お客さんが見えてるようだけど、どうするの?」

 急に彼女は話題を変えてきた。

 辺りは皆、雑音を鳴らして作業に集中している。

 これと言って、騒ぎもない。

 ユゥはジューに確認する。

 トロプから、数百人を数える人々が、エリーズローの野営地近くまで来ているのがわかった。

 ポリートはどこから、情報を得たのだろうか?

「ああ、そうみたいだなぁ」

 ユゥはあえて疑問を口にださないで、合わせる。

「彼らは君に会いたいそうだよ。僕も一緒に行っていいかい?」

 疑問は残るが、別段断る理由はない。

 ユゥはキョウを連れて、ポリートと一緒に、野営地から出るために歩き出した。

 



「おお、無事だったか、ユゥ! 心配したぞ!!」

 いきなり抱き着いてきたのは、五十を超えたトロプの軍事委員長ヒーリー・ガライだった。 ユゥはあまり人に触られるのが好きではないので、身体を固くして露骨に眉をひそめた。それでも、好きにさせた我慢は自分で自分をほめてやりたいと思った。

「……で、これは何事ですか?」

 冷ややかに尋ねると、ヒーリーはユゥを離してから、肩をおとして悲壮感を各紙もせずに、説明を始めた。

「リユゥヒの奴が街に突然戻ってきた途端、クーデターを起こしたのだ」

 リユゥヒ・ビトリは、元々の都市名士として人脈をフルに使い、ついでに手持ちの兵を都市に突入させて、自分の反対派を一掃してしまったというのだ。

 今や、トロプの僭主はリユゥヒとなり、各地の親戚や繋がりとの連絡を付けだしているという。

「そうですか。大変ですね」

 ユゥの返事は残酷にも、それだけだった。

 ヒーリーは都合よく、言葉のままに受け取った。

「ああ、そうなのだよ。君が言葉を失うのもわかる。だが、ユラン・ヒディンのトロプは奪われてしまったのだ」

 ユゥは失笑しかけたのを、慌てて抑えた。

 ユラン・ヒディンのトロプ? 

 そんなものは彼の死とともに無くなった。

 何故、父の名を捨てなければならなかったか。都市に居つかずに放浪を重ねたのはなぜなのか。 

 ユゥの置かれた立場や任務がその証ではないか。

「どうか、ユゥよ。君の力でここの皆を説得して、トロプを取り戻そうではないか」

 ヒーリーは涙ぐむまで悔しげに訴えてくる。

 ますます、ユゥは冷めてゆく。

 代わりに頭が高速で回転する。

 理由はわかるが、ヒーリーにとって選択肢がユゥを頼るだけだったのだろうか?

 例えそうだとして、利用するにも将来性の無いただ既得権益にあぐらをかいていただけの男などには、限られた価値しかない。

「……とりあえず、テントなどを用意させます。野宿はお辛いでしょうが、どうか我慢していてください」

 相手したくないほどに言葉が丁寧になる。

 ヒーリーは礼を言った。

 泣きながら感謝を伝えてきた。

「行こうか、ポリート、キョウ」

 完全に観衆の人として皮肉な視線を送ってきていたポリートは、あえて音もでない拍手をすると、歩きだしたユゥのあとを追った。キョウも気配無く続く。

 ジューによると、トロプからエリーズローの野営地までやってきたのは、二百三十四人。女子供が一人もいない。ヒーリーの家族もいない。

「わかりやすいよな。ちょっとポリート、手を貸してくれないか?」

「ああ、ライロ代だね。なんでも言ってよ」




 ユゥ=ユリィはカレルを言葉巧みに操って、本来の故郷に戻るために、エリーズローを利用しようとしている。

 彼の父はトロプの僭主で、ユゥはその座を渇望していたが、ヒーリーらによって野望を遂げる機会にしようとしているのだ。

 次の日には、エリーズローの面々隅々まで、噂が流れていた。

 激怒した格隊長らは会議を開き、ユゥ=ユリィ一党を討伐した者には一個部隊を与えるという決定を下したという。

 朝から姿を見せないと思うと、ユゥはエリーズロー片隅に陣取った元トロプ集団の中にいた。

「ユゥ、これはどういうことだ!?」

 エリーズロー本隊の不穏な様子と噂を効いたヒーリーは、昼前近くにユゥのいるテントに駆けこんで来た。   

「ああ、委員長。どうもこうも、噂の件ですか?」

 ユゥは呑気にキョウとカードゲームをしていたらしい。

 テントの床にはカードが散乱し、不機嫌そうに柄を下に向けて刀の鞘を抱いたキョウが隅の陰に引っ込んでいる。

「エリーズローの奴ら、殺気立って戦闘の準備を始めているぞ!!」

「へぇ。ここから見えました? 俺はずっとテントの中でしたから」

 軽くとぼけて、ユゥは参ったように首を振った。

「説明しろ! 一体、我々は大丈夫なのか!?」

「一緒に頑張りましょうよ、委員長。俺も俺なりに頑張りますから」

 腰にぶら下げたホルスターの中にある拳銃を軽く叩く。

「どうすれば、奴らに勝てる? 方法はあるのだろう!?」

 ヒーリーは必死だった。

 だが、ユゥは自信満々だった。いや、むしろとぼけているようにも見える。

「方法、ですか。我々は難民なのでしょう? そんな軍隊のような手はないですよ。むしろ、経験豊かな委員長のほうが、指揮に長けてるかと」

 この返事でヒーリーの言葉が詰まった。

 女子供のいない、壮年男子のみの難民。ただ、金と恩を売って手に入れた軍事委員長の職。

 彼は何も言えなくなった。

 顔を真っ赤にしてユゥを睨み付け、怒りを隠しもせずにテントから出てゆく。

 ユゥは、思わず鼻で笑っていた。

 気になるのが、ヒーリーが連れてきた者たちの出どころである。

 トロプには戦力らしい戦力はないはずだった。

 とりあえずジューに命令して、野営地とその付近を睥睨する映像を脳の視覚野に送らせる。

 エリーズローの野営地から、トロプ難民のテント軍に近いところに、だんだんと人が集まり、集団となってかたまっている。

 意外だったのは、雑軍と思われた彼らがそれなりの組織だった形になりつつあるところだった。

 気になったが、ただの上空からの図だけでは確認するすべもない。

 今の今まで、カレル反対派は目立たないような存在としてエリーズローに混じっていた。

 指導者の当てはついていた。だが尻尾はださなかったのだ。

 しかし、こうしてあぶり出しに成功したのではある。

 



 細い長身に、袖と丈のながい上衣で、ぶかぶかのズボン。顎髭を生やした顔は涼し気だ。

 身体には寸鉄も身に着けてはいないが、ライロに乗っている姿は精悍そうな雰囲気があった。

 都市国家総督の居城であるキーブアの代々名士であり、今度のエリーズロー挙兵に共感したフーリ・トキーバーその人が、雑多に集まったカレル反対派の中にいた。

 二十四歳になるこの男が反対派を裏で操っていたことを、ユゥはポリートから聞いていた。

 ポリートはヘタに集団の内側にのめりこんでいるエリーズローの面々に比べて、兵站担当もしているために、中の事情にも外の事情にも詳しい。

 睥睨図を拡大しつつ、フーリをこの場に引きずりだしたことに、ユゥは満足していた。

 フーリは一片の迷いもなさそうな態度だったが、仲間の集団に指示を出している様子はない。

 名士層には、学者など知恵者が多い。

 ユゥは、フーリの態度に少々の不安を感じてもいた。

「キョウ、ちょっといいか?」

 テントの隅に据わる少年に声をかけると、心持ち顎を上げた睨むような上目目線が帰ってくる。

 少年はうなづいて立ち上がった。

「ちょっと待て」

 そのままテントから出ていこうとするのを、ユゥは慌てて止めた。

 キョウは出口の幕を脇にのけつつ、横目をくれる。

「……その男を始末すればいいんでしょ?」

 高く、どこかか細いもののある声だった。

「あ、ああ……」

 キョウは余計なことは一切口にせずに、そのまま外にでて雑多な人々の中に消えていった。

 やはり、ジューからの映像には、映らない。

 半島の生まれならば通常、生まれるとともに、生体電子素子が脳の中に流し込まれる。成長とともに、様々な電子装置を無意識で扱えるようになるのが、半島の人間だ。

 他国でもやり方はどうであれ、電子化はされる。

 だが、キョウは電子素子を持たない純粋な人間そのものなのだと、ユゥは想像した。

「ジュー、衛星からの図もくれ」

 今や古く、機能も陳腐と化した古代の人工衛星での監視システムから地上図を持ってこさせる。

 すると、キョウの姿が映るようになった。

 二枚の地図を脳内で重ねてると、ユゥは満足して事態の様子を窺うことにした。

 慣れていないのが否めないながらも、トロプの集団はリドーが指揮している。

 彼らは全員がライロに乗っていた。

 ポートリーが気持ち程度で贈ったものである。

 驚いたことに、ライロの隊は、整然とひし形陣形をとって、眼前のエリーズローの部隊に対している。

 リドーが連れてきたのはこれで正規軍の者たちだと、はっきりわかった。

 一方のフーリの陣営だが、まったく軍としてまとまってはいなかった。

 装備もまちまちである。

 状況は戦術どうこうよりも戦闘といったところだった。

 リドーには当然ある、戦略そして政略などないであろう。

 が、フーリという存在のために、ユゥにはこの場が一大政略をともなった戦略の一つの場のような気がしてならなかった。

 フーリは何を考えている?

 一件、ただの殺し合いにしか思えない現状に、ユゥが興味を持つのはそこである。

 テント内で、ベッドで、もぞもぞと動きがあった。

 いきなりがばりと覆っていた布団を跳ね飛ばし、少女が両腕を上げて伸びをした。

「おはちゃんだ! あー……さぁて、行くよ!!」

 カレルだった。

 寝起きとは思えな軽快さで、そのままリドーの腕を引っ張って外に出る。

「え? あ? ちょ、どこ行くつもりだよ?」

「乗りなよ!」

 強引にあくまでユゥのもののライロに乗り、その後ろを手で叩く。

「……待てって。どこ行くつもりだよ?」

 言いつつもユゥはカレルの据わる部分の後ろに跨った。

 カレルはライロを走らせ出す。

「仲間が殺し合いしだすんだよー! どこも何もないよ!」

 ユゥはハッとした。

 頭の中があまりに技術的なものに偏りすぎ、いつものように感情を閉じていた。

 何時も反省してしまう癖である。

 もっと人間らしくあらねば……。

 ユゥが自己嫌悪に陥っていると、カレルがさわやかな声で話しかけてくる。

「どうすればいいか、考えあるんでしょ、ユゥ。君、頭良いからねぇ」

「……ふむ。今度のは、カレル反対派のあぶり出しも兼ねてるんだけど。どう思うよ?」

「ああ、あの噂の」

 カレルはケラケラと笑う。

「ユゥはトロプに戻りたいの?」

「釣るためのでっち上げだよ。あんなところにはもう居たくないな」

 カレルは、急にライロを止めた。

「あれ……あたし、余計なことしてる?」

 振り返った顔が困惑気味だ。

「いや。間違った行動ではないんだけどね……」

「間違ってないけど?」

「急に、君に呼ばれたから何事かと思ってたんだけども」

 言うには言うが、どこか納得していない様子だった。

 ユゥは考えつつ、ゆっくりと答える。

「カレル、君を指導者に持ち上げるのに、反対派は邪魔なんだ。今度のでその連中が出てきた。都合がいいので、偽装投降してきたトロプの連中とぶつかるようにした。これは、エリーズローを一つの軍にまとめる手始めに過ぎない。話はもう少し加えるところがあるけど、納得できないなら、やめてもいい」

 カレルは悩むように細い眉を寄せる。

「よけいな死人はでないの?」

「出る」

 ユゥははっきり冷たく言い切った。

「他に方法は?」

「あるっちゃあるけど、今回あぶり出しに成功した。絶好の機会ではある」

 聞いたカレルは深く息を吐いた。

「あのさー、どうしてそういうことをあたしに言ってくれなかったのさ? ユゥは大事な総司令官付きなんだよ?」

 ユゥは意外そうな様子だった。

 ハンドルを回すと、ライロのあまたを巡らして、来た方向にゆっくりと戻りはじめる。

「そのとぼけた表情、いいね。あと、大事な大事な友達でもあるんだから」

 カレルは微笑んだ。

 ユゥは困惑げだ。

 汚れ役は自分でいいと思っていた。 

 だが、カレルが汚名を残すのだけは避けなければならない。

「反対派だって、エリーズローの仲間なんだよ、ユゥ?」

「君が指導者であることに不満をもっているんだけども、連中」

「誰を担ごうが、不満はでるさ」

「命だって狙ってる」

「ウチの連中は過激なのが多いからね」

 カレルはケラケラ笑う。 

 本当によく笑う。小気味良い響きで。   

「わかった。でも今回は、俺の策に従ってもらう」

 カレルは毅然を言うユゥに横顔を見せて目を覗いてきた。

「良いよ。全部任せる」

 直後に奇声を上げて、ライロを走らせだした。

「今回のはジャブだ。これで出てこない奴もいるだろうが、表立ってうるさいのは、掌に載せることができる」

 カレルは黙ってライロを操縦していた。




 フーリ・トキーバーが手を上げると、今か今かとうずうずしていた者たちが、一斉に視線を集めた。長い袖が風に揺らめく。

 その手が下に振られた。

 とたん、一歩も動かないフーリの脇を通り過ぎて、エリーズローの一部集団が、トロプ亡命者たちに向かって我勝ちに突入していった。

「ひと思いに吹き飛ばせ!」

 ヒーリーは、整然と隊列を組んだライロ部隊に命令を下した。

 ところが、発進のスロットルを引いてるはずなのに、一機として動くライロはなかった。

「どうした、何事だ!?」

 ヒーリーは迫る敵勢を前に、慌てているのを必死に隠す。   

 エンジン音が鳴り、動いたと思うと、それぞれのライロはめちゃくちゃに円を描くようにして、場違いなまでに軽快に歩き出す。

「遠隔操作装置です! そうとしか考えられません!」

「なんだと!?」

 覚えがあるだけに、ヒーリーは怒り心頭に達した。

 ユゥの奴、ここで復讐する気か。

 ここには散兵する場所も空間もない。

「全員ライロから降りて、三列横隊を作れ! 突っ込んでくる奴を薙ぎ払うんだ!」

 陣形を整えた頃には、もう相手は目の前だった。

「撃ぇ!」

 大量の銃声が一気に破裂した。     

 彼らの陣に突っ込んでくる雄たけびも負けずに轟いた。

 場所はあっという間に乱戦になった。

 フーリは後方でその様を眺めている。

 突然、後ろから気配がした。

 振り向く以前に、ライロを急発進させた。

 風が鋭く首元を横に流れる。

 フーリはそれぞれに鉤状の刃のついた三節棍を手にして、ライロを軽く横に移動させる。

 そこには、小柄な少年が刀を構えて立っていた。はずだったが、視界に入った途端、縮歩でライロの後部左横に移動する。

 フーリは三節棍を上から振るった。

 埋め込まれた刃が、太陽にきらめく。

 キョウはライロの前部に移動して一撃を避けたが、手元での操作で追ってくる棍を薙ぐように払おうとした。

 だが、鉤状の刃に刀がひっかけられ、思わぬ引っ張り合いになりかける。

 キョウはそのまま、身体ごと跳ねて刀でフーリに切っ先で突こうとした。

 上半身を反らしたフーリは、一撃をかわす。

 同時に、キョウは左手にカランビットを握り、フーリの首元をえぐろうとする。

 三節棍を持った手で、上に弾くと、ついでに脚でキョウを蹴り飛ばす。

 フーリが襲われていると、知った護衛は、すぐに近くに駆けよると、キョウを囲んだ。全員、徒歩だ。

 一刀で、一人を肩口から腹まで斬り捨て、二人目は、振るってきた剣と一瞬だけ鍔ぜりあいをしたかと思うと、そのまま相手の刃の上に刀を滑られて、首を掻き斬った。

 舞ったコートが、血色に染まる。

 少年の意外な戦闘力に、護衛だけではなく、後方のでちんたらとしていた兵士たちも集まってきた。

 キョウは舌打ちした。

 引き際だ。やる気のなさそうな男を標的に駆けこんで勢いのままに横薙ぎに首を斬る。開いた空間に身を躍らせると、そのまま人ごみに紛れていった。

「……さすがだね。確か、リドー・アバスンのところの子だったか」

 フーリは息も上がった様子も、動揺した様子もなく、いたって平静だった。

 ちらりと前線を見ると同時に、睥睨図も見る。

 ヒーリー・ガウイの部下たちは、フーリに従った連中にとって、容赦のない虐殺の的となっていた。

 ヒーリーの姿自体がすでに見えず、そうそうに脱出したものとみられる。

 こうして、トロプが潜入させようとした部隊は全滅といっていい有様になった。

「さて、約束事はどうなるのかなぁ?」

 フーリはクスリと笑って見せた。









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戦塵をつくる 谷樹里 @ronmei

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