戦塵をつくる

谷樹里

第1話

 フミアム半島の都市国家の一つにトロプがある。

 ユゥ=ユリィは政府の軍事委員会に呼ばれて、コートにドレープを取ったベレー帽の旅装のまま、向かっていった。

 旅先から帰ってきての急なできごとだったのだ。

 彼は十七歳。父が僭主だったが、市民暴動が起こった末に処刑された。

 今の政府は、彼を監視下においていたために、ユゥは十二歳で軍事学校の工部科に入り、卒すると、各地に旅にでて悠々と過ごしていたのだ。

 委員会の面々は皆、昔、父の部下で固められた知った顔だった。

「ご苦労、ユゥ=ユリィ君」

 委員長が厳かな声をだが、ユゥには何も響いて来なかった。

 恥知らずが。

 それが、無表情な少年の内心だった。

 どう思われているかなど知らない往年たって五十六歳の軍事委員長ヒーリー・ガライは続けた。

「旅は楽しかったと見えるな。いつまでそうやってふらふらしているつもりかな?」

「別にここではやれることもないので」

 揶揄しつつ、ユゥは微笑んでみせる。

 ガライは委員の左右を見渡し、一人、うなづいた。

「なら、君に仕事を与えよう。外交員会の特務二課付けだ」

「だれが、仕事をくれといいました?」

 ユゥは本来、これほどに反抗的ではない。どちらかといえば、柔和で物静かなほうだ。

 だが、父との関係を思うと、この面々に対してはつい、とげがでる。

 彼と父のコラン・ヒディンは決していい関係とは言えなかった。

 ユゥの旅癖は父から逃れるために生まれた者だし、現在ヒディン姓を名乗っていない。

 コラン・ヒディンはトロプの独裁者だったが、家庭でも独裁者だったのだ。

「いい若者が仕事もしないでいるのは感心しないな。いくら前僭主の息子といえどもな」

「で、おっしゃられたところで、俺は何をすれば良いんです?」

「ユゥ、ホーライ閣下から直々の命令を伝える」

 ガライは現トロプ僭主の名前を口にした。

 だからといってユゥはどうとも思わなかった上に、態度も変わらかなったが。

「貴君はこれより、エリーズロー一党の元に潜入し、あの暴徒どもを手なずけて一個の集団にまとめ上げろ。他の勢力に鎮圧される前に」

 ユゥはわずか一瞬、眉間に力を入れた。

 この厚顔無恥な連中は何を言っているのだろうか?

 エリーズローとは、トロプの属する諸都市国家同盟と都市国家総督という紛らわしい二派が混在する半島での争いに義憤に駆られ、統一を掲げた市民や軍事勢力が集まった流浪の集団だった。

 元々の半島にあった滅んだ共和国が、エリーズロー共和国といった。流浪集団はそこから名前を取ったのだ。

 本来なら領内を荒らされたどこかの勢力が討伐軍を送っているところだが、両勢力の有力者が加わっているため、下手に手を出すと外交問題に発展しかねないという懸念があったのだ。

 なにしろ、それぞれの都市が分派に別れているために明確にエリーズローに厳しい態度をとれていないのだ。

 挙句は、都市国家総督の娘が首領に推されているという噂があった。

「俺一人でなにができるというのでしょうか?」

 一瞬で冷静になったユゥは、素朴な疑問を投げかけてる。

「簡単ではないか。君は誰だね、ユゥ・ヒディン君? あと、ライロを二百機連れていけ」

 ユゥは軽く皮肉な笑みを浮かべる。

 つまり、エリーズローをトロプの統制下に置けというのだ。それも、前僭主の息子であるという立場を使って。

 さらには、都市から彼のような存在を厄介払いできる理由もある。

 だとすれば、統制下に置けというのは名分に過ぎないかもしれない。

「良いでしょう。出てけというなら出ていきます」

 あっさりと返事して、ユゥは市庁舎内の軍事委員会から外にでた。

 ちょうどよかった。

 前僭主の息子というだけで監視を付けられているのも不快だった。逃げ出すように旅にでても、監視者はちらほらとしつこくついてきた。ただ、実際手を出してくるわけでもなし、逆に助けられたこともある。

 ユゥの気持ちとしては微妙だった。監視の存在は気にしてはいない、とはいえ、事実として監視付という立場は不快なのだった確かだ。

 彼への生活への干渉もあった。どんな就職も手をまわされて拒絶されるのだ。

 結局、若くして優雅な若隠居しか選択肢はなかったのだが、まだ少年と言っていいユゥには行動への不満が鬱積していた。

 とにかく外に出たい。

 彼を旅に駆り立てた理由である。

 下町との境にある都市貴族が住む場末地区にある家に戻ると、浮遊金属のバルーンできた丸い物体が近づいてきた。

「おかえりなさいちゃんです、ユゥ! さあさあ、お疲れなのですから、ご用命くださいな」

「ああ、ただいま、ジュー。さっそくだけど、出かけるからジューもついてきて。あと、家は売りに出すよ」

「了解ちゃんです!」

 ユゥは荷物を多少入れ替えてから、再びドア口をくぐった。

 ついでに、彼は父名義で都市に出資していた資本を全て回収して、街を出たのであった。

 莫大に上ったそれは、当然のように都市経済に大打撃を与え、僭主以下委員会員たちを混乱の渦に巻き込んだ。




 トロプの都市貴族たちがエリーズローを持ち出した理由は、彼らが都市の領域近くに侵入してきたからだった。

 ユゥは、ゆったりと四本脚の鉄製機械馬でライディング・ロジェスティック、通常ライロと呼ばれる機械に跨り、トロプから遠ざかる。

 商業用の都市の城壁から出て、農業用の土地が続く中を通りすぎ、小高い丘にのぼる。

 すでに春の兆しが太陽の光と空気に含まれて、早朝は気持ちが良かった。

「で、ジュー。数はどれぐらい?」

「ライロ五百だよー」

 ユゥは鼻だけで嗤う。

 トロプから都市防衛軍が彼のあとを、一定の距離を保ちながら追ってきているのだ。

 このまま、逃亡させないつもりか何かか。

 エリーズローに一人侵入することに、今のところユゥは乗り気ではない。

 雑多な武装集団相手に、軍事委員会長ガライと僭主ホーライの政争遊びまがいに付き合ってやる理由などないのだ。

 預けられたライロは最新機能付で装備もフルという、珍しく贅沢なものだった。

 とはいえ、さすがに都市防衛軍の五百機相手は辛いものがある。

 おとなしくエリーズローに参加した方が、楽かもしれない。

「ジュー、カレル・ソヴィンのデータ頂戴」

「了解ですのー」

 脳内に、記録が直接送り込まれてくる。

 ナノマシンでの脳改造は、半島の人間なら生まれたと同時に処置されるものだ。

 カレル・ソヴィン。十七歳。半島都国家総督の諸子。性格は快活にして冷酷無比。エリーズローを率いて、都市国家の一つであるキーサーを廃塵に帰したことがある。

 キーサーの虐殺が有名だ。

 その事件以来、エリーズローは各都市に恐れられるようになった。

 ユゥが一瞬、間をおいて、金属風船のジューに目をやる」

「……これだけ?」

「そうだよー?」

 インテリジェンス・ロジェスティックの金属球は悪びれる様子もない。

「せめて、外見の映像とかさぁ?」

「存在が確実視されてないので、曖昧な情報はだせないちゃんです」

「……まぁ、しょうがないか。さてと、どうするかねぇ」

 ユゥが鞍にぶら下げたバックのなかから、光学双眼鏡を取り出した時だった。

「おお? なんか面白い人発見したなぁ。ねぇねぇ、何してるー?」

 装甲板だけを付けたライロにまたがった少女がいきなり現れた。

 借り上げているが、長い前髪の片方だけが、目にかかり、顎まで伸びていた。

 ジャケットにタンクトップ、プリーツスカートで両太ももにポーチをぶら下げた小柄で華奢な姿だ。

 陽気そうで周りを暖かにする雰囲気を持っている。ただ、ユゥには少々、まぶしく感じられた。

「だれが面白い奴だよ。ガキはさっさとどっか行け」

 不愛想にユゥは遠慮なく吐き捨てた。

 少女は気にも留めないかのように視線を動かすと、顔を輝かせる」

「すごいね、そのライロ! そんな綺麗な組み上げは初めて見た!」

 いつも乗っている、ユゥ自身が組み上げたライロである。

 彼はその言葉に鼻を鳴らし、止まっていた手でバッグの中をまさぐる。

「ねーねー、ちょっと触らせて! ちょこーっとだけだから! なんなら乗せてよー! ちょこーっとだけでもいいから!」

「見るだけならね」

 もうまともに取り合わないことにして、ユゥは双眼鏡を覗く。

 稜線をたどると、街道のそばに様々な旗が乱立した集団が目に入った。

 彼らからぽつぽつと人々が山のふもとにある小型の要塞に近づいては、ライフルで打倒されている様子が広がる。

 要塞にいるのは、都市トロプと契約を結んでいる傭兵隊長のリユゥヒ・ビトリだった。代々、傭兵をやっているビトリ家の一人だ。同時にトロプに勢力を持つ名士の一人でもある。

「……フーン」

 ユゥは呆れるかのような表情で、気のない声を出す。

 集団はエリーズローだが、まったく軍として機能していない。

 まとまりがほとんどなく、武装もばらばらだ。

 ただの暴徒の集団でしなかい。  

 あれでは、砦によった歴戦のプロであるリユゥヒ・ビトリに勝てるわけがない。

 エリーズローも噂ほどではないのかもしれない。

 醒めてしまった。

 雑多な不満分子の中にいても、得るものななどないだろう。ただただ、ホーライやガライに利するだけだ。

 さっさと彼らにライロを売りつけて、どこかに行ってしまおうか。

 そう思ったが、後ろの追尾してくる五百機が邪魔だ。

 何かいい香りがユゥの鼻孔をまさぐった。

 身体が前から軽く押される。

 双眼鏡に集中していた意識を切って目の前を見ると、いつの間にか少女がユゥのライロ前部に跨り、ハンドルを握っていた。

「……おい」

「元気のない顔してるね? こういう時は、ぱーっと行くのが一番だよ?」

 ライロの頭をめぐらせ、少女は一気にスピードを上げた。

 追尾してきている五百機が潜む方向へである。

「おま、ちょっと、待て!」

 慌てて少女をのけようとするユゥに、少女はケラケラと笑いながら、器用な重心運動で頑として今の跨っている場所に居座る。

 ライロが風を切ってギャロップで駆けて来るのを、五百機も気づいたようだった。

 ジューが彼らの様子を刻々と脳に伝えてくる。

 距離は一キロを切った。

 こんなところで死ぬのか!?

 ユゥがそう思った時、周囲から馬蹄の音が響き渡った。

 あっという間に、周囲に様々な形状のライロが地を蹴って土煙を上げ、ユゥたちを中心に集まってきた。

 といっても、けっして密集はしていないが。

 真っ白いライロの一機が近寄ってきた。

 ベレー帽を被った、二十代半ばの青年が、静かな笑みを浮かべている。

「姫さん、相変わらず無茶するねぇ」

 低く渋い声だった。

「計画通りいくよー、リドー!」

「へーい」

 リドーと呼ばれた青年は、発煙筒を打ち上げる。

 赤い煙がまだ暗い空に昇ると、彼らの遥か後方が一斉に輝いた。遅れて続き、すさまじい轟音が連続する。

 長距離榴弾砲か。

 ユゥはすぐにわかった。

 ミサイルはジャックされる可能性が高いため、最近は観測ありの大砲がメインに使われているのだ。

「あたしの計算は間違ってないからねー」

「おまえ、誰だよ!?」

 ユゥは抱きかかえるようにしている少女に、思わず聞いていた。

 彼女は振り向いて、屈託のない表情を見せる。

「あたし? あたしはカレルだよ? カレル・ソヴィン。知ってるでしょ、ユゥ=ユリィ・ビディン君」

 にっこりと微笑む様子が清々しい。

 ユゥは一瞬、言葉が出なかった。

「おまえが……?」

「びっくりした? した?」

 悪戯っぽく笑われた時には、ユゥ持ち前の頭の回転の早さが戻ってきていた。

 ジューが辺りを睥睨した画面を頭の中に送ってくる。

 砲弾が、目標であるトロプのライロ隊に降り注ぎ、土煙とともに炎を巻き上げる。

 彼らは明らかに混乱し、ばらばらにライロ搭載の小型ミサイルを発射した。

 だが、ミサイルはすぐにリドーの部下により誘導装置をジャックされて、あらぬ方へと向きを変えて迷走し、爆発する。

「カレル、一つ提案がある。リユゥヒ・ビトリは潰さないでほしい」  

「ああ、アレの担当はまた違う人だよ。だから、その人に言ってね」

 カレルは楽しそうに言ってから、一声叫んだ。

 ライロの集団がそのまま、混乱した五百機の中に突入して行く。

 すさまじい突進力とサブマシンガンで、砲撃を喰らい混乱している都市防衛軍をばらばらに引き裂く。続いて重装のライロが密集体系で現れて、各個撃破してゆく。

 陣を抜けたリドーのライロたちは、一度陣を抜けると、再び後方から突入を開始した。

 カレルはというと、ライロを戦いの場を眺められる位置まで走らせて、そこで止まった。

「すっごいなぁ、コレ! めちゃくちゃ欲しい!」

「あー、これは上げられないけど、おまえのライロを改造するのはできるぞ?」

「カレル」

 彼女はぶすりとした様子で言った。

「ん?」

「おまえじゃない、カレルだよ!?」

「あ、ああ。悪かったカレル」

 名前で呼ぶと、すぐに機嫌のよい笑みになった。

 彼女は気持ちのよさそうな息を一つ吐き、ライロから降りた。

「乗せてくれてありがとう、ユゥ。あたしの改造してくれるって、ホント?」

「ああ」

「やったぁ!」

 握った拳を軽く上げて、彼女は小さく跳ねた。

 そして、見上げるようにして、再び口を開く。

「今回の作戦は、都市の援軍を潰して、リユゥヒ・ビトリの士気をさげてから本攻勢に移ろうっていうものなんだよ。攻勢の主力はブロークア隊のヒーク・シーだよ」

 カレルは太もものポケットからスプレー缶を取り出した。

 ライロの左脚上の白い部分に、水色で軽くサインのような崩した文字を書く。

「これで、ウチの中に入っても敵対視されないからね」

「う、うん。カレルはどうするんだ?」

「あたしはあたしのライロで帰るよ。リドーもいるし」

「そうか」

「ビトリをどうにかしたいなら、急いだほうが良くない?」

 言う通りだった。

 都市防衛軍は、リドーの改造ライロ隊があっという間に壊滅させてしまったといっても過言ではない。

 ユゥの二百機を使うまでもなかったほどだ。

「じゃあ、ちょっと行って来る」

 彼は、ライロの頭をめぐらせた。

「はーい。気を付けてねー」

 ニコニコして、カレルは手を振った。

 本来は不愛想なユゥも、思わず微笑んで手を振っていた。




 指導者として据えられているのに、部下に直接言ってくれ。

 まったく指導力のない証拠だ。

 ただ、カレルのサインは効果を発揮して、エリーズローの雑多な陣地にはいっても、驚かれるが敵対視はされない。逆に、食べ物をすすめられたり、酒に誘われたりと、彼からいって馴れ馴れしいほどだ。装備はといえば、皆、バラバラだった。

 ブロークア隊は雑多な軍の後方で歩兵として唯一、陣形らしきものを取って整然とユゥの目の前に表れた。

 ジューもとらえられない隠ぺい技術は並大抵の存在ではない。

 ユゥは内心、関心した。装甲にサブマシンガンという、近距離用の装備で統一されていたが。

数はパッと見約八百人といったところか。

 ヒーク・リーに会いたい旨を伝えると、しばらくたって案内される。

 一隊のブロークア隊と歩哨が立っている、テントが大量に張られた場所に着く。

 後方の兵站部らしかった。

 もちろん、兵士だけではない。遊女や兵士の家族たちなど、様々な人々が目についた。

 案内はユゥを一つのテントに招いて、待っていろと言い残して行った。

 すぐ近くの外が急に騒がしくなった。

「助けっ、助けてくれ!!」

 テントの入口から顔をだすと、装甲服を半分脱いだ男が、他のブロークア隊員三人に捕まっているところだった。

「……見苦しい。最後まで我がブロークア隊に汚名を着せる気か?」

 水色をした詰襟の軍服を着た、少女だった。

 身長は、ユゥよりも少し小さいぐらいだが、その存在自体から威圧するような雰囲気を醸し出している。

 手には、軍刀を片手で握っていた。

 恐怖に慄く男に近寄ると、迷いの一切ない一刀のもとに、首をはねた。

 どよめきが辺りから起こる。

 嫌悪を隠そうとしない表情のユゥを見て、彼女は口の端で笑みながら、刀を鞘に納めた。

「あなたが、トロプ外交委員会の特使殿か」

 凛とした声である。

 そういえば、自分はそんな立場だったとユゥは思い出した。

 彼女が言ったのはわざとだと気づいたのは同時である。

「私はブロークア隊隊長のヒーク・リーだ」

 自己紹介しつつ、死体はそのまま部下にまかせてテントの中に入ってくる。

 二人は椅子で対座する形となった。

「……聞くところによると、リユゥヒ・ビトリの助命を求めているそうだな」

 助命という単語を使う。

 彼女の中では、彼の命は当然のように絶つつもりでいるようだ。

 ブロークア隊は誇り高い。

 先刻、何が理由か知らないが、処刑を目のあたりにしたところで、厳しさがよくわかった。

 ジューからの少ない情報では、男は随分と古参らしい。だが、非情に迷いない判断を実行したのだった。

「リユゥヒを生かしておいたほが、トロプに都合が悪い。今後のエリーズローの活動も楽になると提案しに来た」

「外交特使が何を考えているのか、小手先の技巧を弄んでいるのかな?」

 ヒークは鼻で笑った。

 この言葉で、ユゥは彼女がエリーズローの指導者をする格ではないと判断した。

 せいぜいが猛将の一人だ。

 そのかわり、とてつもない猛将であるのが、陣立てと規律でよくわかる。

「今、カレルとリドーが、都市防衛隊を壊滅させた。内部を切り崩す絶好の機会なんだよ」

「おまえは、トロプ元僭主の息子らしいな。権力がそんなに欲しいか?」

 ヒークの先ほどからの態度が本当が嘘なのか怪しかった。

 ユゥは軽く首を傾げてから、ニヤリと笑う。

「さっきから何を挑発してるのか、わからないなぁ。あの処刑、実はわざとだろう? 適当な罪人をここまで連れてきて、自ら斬るところを見せつけたんだろう?」

 ヒークはやや鼻白んだ様子を見せる。

「で、要求は何だい? 聞くだけ聞いてやるよ」

「余裕だな……」

 態勢を整えて、また毅然とした様子に戻ってから、ヒークは口を開く。

「まず、外交特使は我が隊の面目を潰しにかかっていることを自覚すべきだ」

「ほう」

「我々は一度討つといえば、全滅してでも討つ。それがブロークア隊だ」

「じゃあ、どうすればいい?」

 ヒークはジワリと楽しそうな笑みをゆっくりと浮かべる。

「……ユゥ=ユリィ、あんたが我が隊の特使となって、リユゥヒ・ビトリを降伏させるなら、話は丸く収まるだろうな」

 あくまでブロークア隊の名誉か。

 ユゥは軽く考えたが、手段としては一番いい手かもしれなかった。

 ただ、彼がリユゥヒ・ビトリを説得できるかは別である。

「……わかった。やってみよう」

 考えがあるわけではない。だが、この程度で詰まっていては、これから先が思いやられる。

 ユゥはヒークをこれ以上、視界にも知れずにテントから出た。

 罪人の死体はとっくにかたずけられて、雑多な人々が気楽に往来している。

 彼らは、意外とエリーズローとともにいることに安心しているようだった。

 たかが単発的な軍事蜂起にしては、意外な一面だった。




 ライロを駆ってユゥは一人、リユゥヒ・ビトリの砦に向かった。

 念のためのトロプの旗とヒークから借りたブロークア隊の旗を掲げて、外交特使として中に引き入られた。

 砦の人員を見ると、狭いながらも、各要所に必要な人員が付いている。いかにも場馴れした兵士たちが守っているのがよくわかる。

 悠々と砦に向かい入れられたユゥは、そのまま飾り気のない応接間に通された。

 エリーズローの前線を真っ向から進んでいったユゥだが、彼らはまるで軍として機能してないのがよく分かった。

 規律もなく、隊列も組めず、まともにサブマシンガン程度を持っている者も、少数なのだ。

「これは、故ヒディン閣下のご子息か。初めましてといってもいいかな。リユゥヒ・ビトリだ」

 気さくな物腰で、装甲服の上にコートを来た長身の青年が現れて、挨拶した。

 同時にテーブルに、果物とワインが運ばれる。

 椅子にもたれるようにして座り、リユゥヒはブドウの果実を一つ取って口にした。

「はじめましてですね。どうです、エリーズローとの闘いの首尾は?」

 ユゥは落ち着き、何気ない調子で聞く。

「聞いてるぞ? トロプからの都市防衛軍を撃破したそうじゃないか。今のところ、奴らは家に主力めいた部隊を送っては来てない。ただ、来た時が問題だな。俺は、勝てないまでも、ビトリ家の一人として、名誉を傷つける行為はしないつもりだ」

 堂々たる決意だった。

 いま、こうしてリユゥヒ・ビトリーの砦に無様な攻撃を仕掛けているエリーズローだが、もしもそれが全力を出した実力だというならば、半島でこのように騒ぎにはなっていない。

 いま、砦に加えられている攻撃は、ほんの小手先のものなのだ。

 ユゥはうなづく。

「あなたの気持ちはわかります。ただ、ビトリの名を汚さなく、エリーズローを振り払う手段があります。それも、今よりさらに立場が良くなるという、ね」

 リユゥヒは訝し気にユゥをひと睨みすると、豪快に笑った。

「面白い。そんな手があるなら、是非に聞かせて欲しいものだ」

「今、都市防衛隊を壊滅させられたトロプの戦力は、せいぜい、この砦にこもるあなた方の戦力だけです。数はどれほどです?」

「歩兵とライロ合わせて三百だ」

 もっと少なめだと思っていたユゥは内心意外だった。だが、特に困るようなことはない。

「なるほど。条件は一つ。それだけ叶えれば、あなたはトロプを自分の物にすることができる」

 リユゥヒは口にしたワインの手を、一瞬止めてから、ユゥを真っ向から見つめる。

「条件……とは?」

「この砦を、エリーズローが落としたことにして譲ってくれ。その代わり、あんたはトロプの名士として軍隊を引き連れて都市に入ればいい」

 リユゥヒは、ニヤリとした。

「なるほど……。いいだろう、小僧じゃない、ご子息。さっそく準備する」

 ユゥは一息つきたいところだった。

 リユゥヒ・ビトリの書簡を持って、ブロークア隊にもどると、まっすぐヒークのところに行った。

「なるほどね」

 今夜0時に砦を引き払うので、自由にするように、書簡には書いてあった。そして、もしも手をだしてきたら、ビトリの名誉にかけて最後まで戦うとも。 

「約束は守ってくれるだろうね?」

 応接用テントの中だった。

「安心しろ。こちらも終わった交渉を壊すような非礼なことなど、恥ずかしくてとてもできやしないよ」

 ユゥはやっと息を吐いた。

「しかし、おまえは思ったよりやるなぁ。見直した。ただの父の七光りかと思っていんだが」

「どう思われてもいいよ。勝手にしなよ」

 うんざりするかのようにユゥは吐き捨てた。

「ああ、おまえの名誉に関わるところだったな。すまなかった」

 ヒークはおとなしく頭を下げる。  

「ああ、いや、そこまでしなくてもいい」

「……そうか。申し訳ない。以後、気を付ける」

 ユゥはうなづいた。

 時間が来ると、リユゥヒは部隊を引き連れて、約束通りに砦を空にした。

 そこに、ヒークのブロークア隊が一番乗りして、勝どきを上げる。

 とにかく、両方の面目は立ちそうだった。




 エリーズローは、砦を破壊すると、しばらくその場にとどまった。

 カレルは、直接ユゥから説明を受けて、満足げに笑った。

「つまりはあたしたちがここにいるだけでも、さらにトロプに圧力をかけられて、よしんばウチの後方基地にもなりそうってことでしょー?」

 ユゥが話したのは、彼が行った事実と、交わされた会話の二三だった。

 そこから、ユゥの狙いをそのまま、カリスは当てて見せたのだ。

 これはかなりのものかもしれない。

 ユゥの中で、何か期待と緊張が混ざったような気分が沸く。

「カレル、おまえは復讐のために蜂起したのか?」

「復讐? 何のさ?」

「だって、おまえは都市国家総督に……」

「んんんんんん~……」

 カレルが妙な声を上げる。

「んん……あたしはたださ、圧政に苦しんでた皆が蜂起したときにたまたまいただけさ。あとはどんどん勝手に膨れていく間になんだかんだと付いてきた。それだけだよ」

「総勢、何人になる?」

 ユゥの声は急に硬く、感情の受け取れないものとなった。

「えーと、戦闘員が総数で約四千、非戦闘員が二千といったところかな」

 さすが蜂起軍だけあって、非戦闘員の割合が正規の通常戦闘単位よりも遥かに少ない。

 カレルは戦闘員も整備や補給の手伝いに回ると、伝えてきた。

 野戦軍としては、そこそこの勢力だ。

 だがこの数で、都市国家総督に歯向かうのは、少なすぎると感じた。

 瓦礫と廃塵の山と化した目の前で、二人は立っていた。

「わかっているか? これだけの騒ぎになったんだ。元エローズローのメンバーは総督派に徹底的に刈り出されるぞ。多分、罪のない市民も犠牲になるだろう。それぐらい本気で、復讐される。呑気そうだが、覚悟はできてるんだろうな?」

 カレルはニッコリ笑った。

 朝日が山脈の稜線からゆっくりと昇りはじめ、カレルの背を照らした。

「もちろん! あたしたちは、あたしたちの理想を実現する」

「理想?」

 ユゥは訝しんだ。

「我らはエローズロー。統一された都市国家共和国の代表だ」

 位置的に朝日がまぶしく、カレルの姿がよく見えない。

 ユゥは苦笑いを浮かべた。

 かつてこれほどに野心のない統一事業があっただろうか?

 だが、今、都市国家群は腐敗しているといっていい。

 諸都市国家同盟は、総督から預かった権力としての僭主を都合よく使い、自己の権力強化に走っている。

 総督領も変わらない。

 共和国とともに整備されていた電子ネットワークは寸断されて、僭主や名士の者と化し、一般市民は都市復旧という名での無償労働と税金を求められていた。

 復旧といっても、事実上、都市の独立性を上げるためだけに使われる資金だ。

 巨大都市になれば、隣接した都市に影響を与えられるのだ。

 そして、都市間で影響ある僭主や名士は、北方のリンカール帝国での特権を得ることが出来る。

 まったくもって、くだらないことこの上ない。

 カレルはそういった事態に、呑気そうであれ、不満を持っているらしかった。

 ユゥは息を吐いて、一度、軽く肘を広げた。

「理想はいいなぁ。だが所詮は理想だ」

 そう言い切ってから、ユゥは続ける。

「時間がかかるぞ。かといってほおっておけば都市の方が強くなる。おれ達は、都市によらない集団として、独自に半島内を動き回るか」

 カレルはぽかんとした顔で、ユゥを見つめた。

「なんだその顔。手伝ってやるって言ってるんだから、喜べよ」

「あ、う、うん」

 太陽はすでに高くまであがり、辺りを照らしていた。

 カリスはなんとか態勢を持ち直し、軽く顎を上げて、腰に手をやった。

「よく来た、ユゥ=ユゥリィ。あたしたちは歓迎する。とりあえずは、総司令官付きという肩書でいいか?」

「構わんよ。俺が、おまえらにエリーズロー復活を見せてやるよ」

 淡々と、ユゥは宣言した。

「俺を使うんだ。覚悟しておけよ、カレル」

 ユゥは目の前の砦の跡をみて、爽快感を感じていたのだ。

 都市からのしがらみを絶てるた旅に出る時と似ている。

 だが、今回は旅は旅でも戻ってくる必要はない。解放感からきた万能感に、ユゥは打ち震えていた。

 この娘が総督の庶子かどうかなど関係ない。古い都市国家総督領は放っておいて、エリーズローの頂きには彼女が立つべきだ。

 丸いジューが同じ高さのまま、二人の頭上を揺れるように行ったり来たりと浮遊していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る