第5話 沈黙の報道
夜の街には報道の光が満ち、テレビ局のスキャンダルは世間の注目を集めるかと思われた。小林健太と佐藤の告発は一時、世間を騒然とさせ、SNSでは「募金の闇」「チャリティーの嘘」といったハッシュタグがトレンド入りしていた。しかし、小林の期待とは裏腹に、翌朝の新聞やニュース番組では、この事件が大きく取り上げられることはなかった。わずかな記事が端に載るだけで、他の主要ニュースに埋もれてしまっている。
小林はニュースを見ながら、怒りと無力感で拳を握り締めた。「なぜだ……なぜ、これほどの事実が報道されないんだ?」彼の問いに、山田瑞希は冷静に答えた。「この業界は繋がっている。テレビ局同士の暗黙の了解だよ。あまりに大きなスキャンダルは互いに報じない。それが、この世界の掟なんだ。」その言葉に、小林は現実の壁を痛感する。自分たちの告発は、この巨大なメディアの権力構造に飲み込まれ、表には出ていないのだ。
局内でも、事態は表向き静かに処理されていた。告発の翌日、局員たちは何事もなかったかのように仕事に戻り、募金に関する話題はタブーのように避けられている。小野寺は幹部たちと共に、局のイメージ回復に向けた対策会議を秘密裏に行っていた。彼らの狙いは、事件を迅速に鎮火させ、新たな番組企画で視聴者の関心をそらすこと。小林の行動は組織の中で「反逆者」として扱われ、彼は次第に孤立していく。
同じ局内で、小林を密かに支持する少数の局員たちがいたが、彼らもまた、自らの立場を失うことを恐れて声を上げられずにいた。「真実を知っていても、報道されなければ存在しないのと同じだ。」小林の背後で囁く声に、彼の心は深い絶望に沈む。メディアの中で働く者たちが、真実を伝える使命よりも、自らの安全を優先する現実が、彼の心をえぐる。
小林は局のロビーを歩きながら、ふと目にしたテレビ画面に目を奪われた。そこでは、他局が新たなチャリティー番組の企画を報じていた。画面の中で、タレントたちが笑顔で募金を呼びかけ、善意の連鎖を称賛している。その光景に、小林は思わず吐き気を催した。「また同じことを繰り返すのか……」彼はテレビ局という機関の持つ計り知れない力と、その中で踊らされる自分たちの無力さを思い知る。
外に出ると、冷たい夜風が小林の頬を打つ。スマートフォンに表示されたニュースサイトには、局の募金スキャンダルの記事があまりにも小さく表示されている。一方で、エンタメニュースやスポーツ速報が一面を飾り、世間の関心はそちらに向けられていた。小林は自分が立ち向かおうとしているものの巨大さに気づかざるを得なかった。それは、真実をねじ曲げ、隠蔽することすら可能な「報道の沈黙」という見えない力だった。
彼は、自分が戦っている相手が単なるテレビ局の内部腐敗だけでなく、メディア業界全体の体制であることを悟る。真実を報道する自由と、それを隠蔽する力の戦い。小林は再び立ち上がることを決意する。「もし報道されないのなら、自分たちで伝えるしかない。真実を隠す力に負けてはいけないんだ。」彼はネットを通じて真実を広める方法を模索し、声なき声を上げる者たちと共に新たな戦いを始めることを心に決めた。
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