第3話 暗黒の祭典

「愛の24時間」特別スタジオは、祭典の最終幕に向けて高揚感に包まれていた。スタジオのライトがタレントたちを照らし、画面越しには数千人の視聴者が募金を求める熱狂の声に呼応している。だが、その舞台裏では、別の光景が繰り広げられていた。小林健太が今、局の真実を暴くための決定的な証拠を掴むべく、募金が集計される秘密の部屋に潜入しようとしていた。


ビルの地下階、普段は鍵のかかったドアの向こうにある「特別集計室」。ドアが重く開かれ、薄暗い部屋の中に広がる光景に、小林は息を呑む。目の前には、大量の現金が無造作に積まれたテーブル、その傍らに座り込み、数字を手際よく入力している局員たちの姿。彼らの手元には、募金額を操作するための書類と、局の秘密口座へと資金を移すためのパソコンがあった。


小林の背後に小野寺が立つ。「これが現実だ」と、低い声で囁く彼の目には、一片の罪悪感も見られない。「視聴者が何を思おうと、これがテレビビジネスだ。表向きの善意と裏での利益、どちらも必要なんだよ。」小野寺の言葉は、募金の意義を信じていた小林にとって、胸を切り裂くような真実を突きつけるものだった。


「視聴者の善意を裏切っているんだ!」小林は震える声で叫ぶ。しかし、局員たちは顔色一つ変えず、作業を続ける。彼らにとって、これは日常の一部であり、慣れきった「仕事」だった。小林はその光景に、テレビ局という組織の根深い腐敗と、その中で正義がいかに無力であるかを痛感する。


小野寺が冷笑を浮かべる。「君は、正義を振りかざして何を変えられるというんだ?この局を、いや、この業界全体を動かしているのは善意なんかじゃない。視聴率と利益だ。」その瞬間、小林の脳裏に、今まさにスタジオで行われている募金の「祭典」が浮かぶ。タレントたちが涙ながらに感動を演出し、視聴者が心を動かされて募金をしている。それが全て、裏で操られた茶番であることを、彼は今、目の当たりにしていた。


「でも、僕は見過ごせない!」小林はポケットから録音機を取り出し、小野寺の言葉を録音していたことを明かす。局員たちが動揺し、部屋の空気が張り詰める。「この録音が世に出れば、あなたたちのやってきたことは全て暴かれる。視聴者は真実を知ることになるんだ!」小林の声は怒りと悲しみで震えていた。


だが、小野寺は動じない。「君はまだわかっていない。たとえこれが公になったとしても、組織はそう簡単には崩れない。全てを個人の不祥事にすり替え、我々はまた新たな顔で善意を装うだけだ。」小林の心は揺れる。巨大な組織の前で、個人の正義がどれほど無力であるか。それでも彼は、この腐敗に立ち向かわなければならないという思いを強くする。


その時、部屋の扉が激しく開かれ、局内で唯一の良心とも言える経理部の佐藤が飛び込んできた。「それは許されない!」彼の手には局員による募金着服の証拠が握られていた。佐藤は声を震わせながら、自らがこの不正の一部であったこと、そして長年にわたり局員たちが募金を私物化してきたことを告白する。「私も、この腐敗の一員でした……」彼の告白は、部屋の空気を一瞬にして凍らせた。


小林は佐藤の手から証拠を受け取り、これこそが決定的な証拠となることを確信する。視聴者の善意がどれほど汚されてきたのか、全てを明らかにする時が来たのだ。部屋の中にいる全員が、今、自分たちの運命が大きく変わる瞬間に立たされていることを理解した。小林は佐藤と共にその部屋を後にし、決して後戻りできない戦いへの一歩を踏み出す。

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