第2話 ちょっとドラゴン狩って来る
アリアの腕の中は心が安らいだ。
母親とは違う、高揚感を伴う安らぎ。
危ういながらも柔らかな温もりに包まれていると、不思議と震えは止まった。
やがて洞窟内には、俺たちの小さな息遣いだけが響きだした。
「落ち着きましたか?」
「ああ……ありがとう、アリア」
無残な鼻声が、今さらながら恥ずかしい。
ふと我に返る。
頬に直接触れるアリアの膨らみが、大きく鼓動している事に気が付いた。
顔を上げると間近に、アリアの顔が……。
洞窟の入り口で揺らめく炎が、彼女の顔を赤く染めている。
その奥でほほ笑む表情が
――か、かわいい。
「大丈夫ですか?」
アリアがそっと顔を覗き込む。
慌てて、体を引き離そうとしたが、アリアはそんな俺を更に強く抱きしめた。
「まだ……」
「え?」
「もう少し、こうしていても、いいですか?」
「んぐっ……」
顔は膨らみに押し付けられて、若干呼吸がしづらい。
そうか。アリアだって不安だったんだ。
しっかり者で、頼りになる司令塔。
しかし、アリアだってまだ17歳の女の子なのだ。
俺はもぞもぞとアリアの胸元から抜け出し、両手で彼女を包み込んだ。
「今度は俺が、アリアを元気づける番だな」
「はわっ……」
アリアは一瞬、ビクっと体を震えさせたが、ふにゃっと力を抜き、くたっと俺の胸に頬を埋めた。
てのひらを俺の胸に当て、目を閉じる。
―――まさか、リーディング……とかしてないよな? 俺の考えてる事まで、わかったりしないよな?
邪な気持ちに必死で蓋をする。
「わかります」
「ふえっ?」
ニワトリみたいな声が出た。
「伊吹がどうして欲しいのか、私にはわかるのです」
困る困る困る困るっっ!!!
「だから、いつでも私を頼ってくださいね。私はいつでもあなたの傍にいます」
そして、両腕を俺の体に巻き付けた。
「アリア……」
その声に反応して、アリアが顔を上げた。
重なり合う目と目。
僅かに混ざり合う吐息。
やたら間近に感じる体温。
鼓動はコントロールを失い呼吸を早くする。
アリアの瞳が揺れた。
ゆっくりと境界線を越える二人の距離。
「伊吹……私はずっと、あなたとこうして……」
「アリア……俺も、もしかしたらずっと……」
「ただいまー!」
洞窟の入り口で、凛がぴょんっと炎の結界を飛び越えた。
慌てて、体を翻し暴れる心臓を押さえつける。危なかったー!!
「いやぁ、お待たせお待たせ」
その後ろから両手いっぱいに赤紫色の木の実を抱えたパリピ社長が、炎を跨って入って来た。
「あれ?」
「ん?」
真っ赤にした顔を背けるアリアとびっくり顔の俺の顔を、二人が交互に見る。
凛が怪訝そうな表情を浮かべて、社長はにやりと笑った。
「何してたの?」
「い、いやぁ、何も」
凛は俺ににらみを利かせながら、壁際に腰掛けた。
「忘れたの? 私達の掟!」
「掟? そんなのあったっけ?」
「恋・愛・禁・止!」
アイドルかよ!
「仲間に恋愛感情なんて持ったら、一気にチームワーク悪くなんだからね」
「わかってるよ。そんなんじゃねーし」
「まぁまぁ、いいじゃないの? 魔王を倒したら、パーティも解散だ。そろそろそういうのあってもいいんじゃない?」
「もう! 社長はいつもそう。いい加減なんだから。そういうとこ嫌い」
凛はプイっと顔を背ける。
「はいはい、ごめんねごめんねごめんね~」
社長は相変わらずのテンションで、木の実を一人ずつに配った。
「さぁ、食おう! マグマナッツだ」
「マグマナッツ……懐かしい。地球上にもあったんだ」
「地球上とはいえ、ここは魔界だからな。正確には地球上とは言えないかもしれない」
「時間の進む速度も、向こう側とは違うかもしれませんね」
アリアが炎の向こう側を見据えた。
「溶岩ゾーンを抜ける回廊からこっち側は別世界」
凛はマグマナッツを火で炙りながらそう言った。
「私達にはほんの数時間に感じられますが、向こう側は数日経っているかと思います」
ぱちぱちと赤黒いひょうたん型の殻が弾ける音がする。
「まぁ、取り合えず食べようよ。腹が減っては戦はできぬってね」
凛はぱっくりと口を開けたナッツをこちらに差し出した。
甘く香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「エネルギーも補充できるし、体も温まるよ。お肌もツヤツヤ」
「これが晩飯か……」
爆弾おにぎりぐらいの大きさのナッツの実を渡され、俺はぼそりと呟いた。
「イモムシも取って来た。食う?」
パリピ社長がポケットからネズミ大のイモムシを取り出した。
社長の指先でクネクネと体をよじらせている。
「いや、それはいいっす」
俺は慌ててナッツを口いっぱいに頬張った。
なじみのあるピーナッツの風味が鼻から抜けて、これはこれで美味いじゃないか!
社長は大事そうに再びイモムシをポケットに仕舞った。
そう言えば、社長は異世界で一人だけ美味そうにイモムシ食ってたっけ?
あの人はきっとどこででも楽しく生きて行ける人なんだ。
パリパリポリポリと、しばし、ナッツを砕く小気味いい音が響き渡った。
咀嚼しながら、俺はあの時計を拾い上げた。ずっしりと金属とは違う重みを感じながら、生前の父の姿を思い描いていた。
――大きくなったなぁ、伊吹。父さん、すぐに追い越されちゃうなぁ。
目尻にいっぱいしわを作って笑っていたっけ?
俺に追い越される日を楽しみにしていた。
もうすぐ追い越すよ。父さん――。
そして、異世界での魔王戦を反芻する。
俺が神影剣を振りかざした隙に、魔王は時空間に逃げたのだとすると、神影剣は魔王には効かない。
逃げ場を封鎖してとどめを刺すには、時間断絶剣か……。
しかし、時間断絶剣はまだ必殺技といえるほど仕上がっていない。
俺はぼそぼそと口の中に残るナッツを完全に体内に収めると、炎の結界を飛び越えた。
「伊吹! どこへ?」
アリアが心配そうに背後から声をかけた。
「ちょっとドラゴン狩って来る。魔王戦に備えての模擬戦ってとこだ」
時間断絶剣を完成させる。
あなたと同じスキルで、俺は今度こそあなたに勝つ。
今度こそ、とどめを刺す!!
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