最終章 魔王討伐

第1話 かつての英雄

 凛が岩肌に開けた穴は、ちょうど4人が足を延ばして休めるスペースがあり、思った以上に快適だった。

 奥のスペースの岩壁に、ぐったりと背を預けてもたれかかると、ぐらっと壁がぐらついた。

「うわぁぁぁ」

 咄嗟に体を起こして確認すると、ボロボロと岩壁が崩れ出している。

「ここ、大丈夫かな?」

 岩山が崩れたら、ひとたまりもない。不安を抱えながら岩陰を撫でた。

 その様子に気付いた仲間達はそれぞれ岩壁を押したり撫でたりして確認し始める。

「こっちは大丈夫」

「こっちも硬いぞ」

「こっちも問題ありません」

「となると……」

 崩れるのは一番奥の壁のみだ。

「もしかして……」

 アリアがその穴に手をかざす。

「ここは、隠れ通路になっているかもしれません」

「隠れ通路?」

 アリアが拳でトントンと叩くと、ガラガラっと壁が崩れて、ストンと穴が空いた。人が一人ほふく前進できるほどの穴だ。

「こんな所に、深層部への近道があったのか」

 パリピ社長が悔しそうに呟いた。

「って事はドラゴンとわざわざ闘わなくてもいいって事?」

「そういう事になるな」

「伊吹! あれは何でしょう?」

 狭い通路の端っこに、ぽつりと何かが光を反射していた。

「ん? 時計?」

 拾い上げてみると、それは金属製の腕時計。

 古びていて、ところどころ傷が付いている。

「動くのかな?」

 耳に当ててみても何も聞こえない。

 ネジは硬くなっていて、巻く事もできない。

 長短の針は、8時30分を指していた。

 ――8時30分……。

 その時刻は俺の記憶にしっかりと刻まれている時刻。

 手のひらで重みを感じながら、俺はそれをマジマジと見つめた。

 どこか懐かしさが漂うその腕時計は、何か意味があるような気がしてならなかった。

「意味深だな。こんな所に時計なんて」

「隠れ通路だもんね。しかも未踏の地。こっち側の世界の人間の物とは考えにくいね」

 凛が神妙な声でそう言った。

「記憶を読んでみます」

「アリア、物からも記憶を読み取れるの?」

「ええ、大抵は取るに足らない情報しかでてきませんので、あまり期待しないでください」

 アリアはそう言って、俺の掌にある腕時計に手をかざした。


「ん?……」

 アリアの眉間が険しくなる。


「とても強い念を感じます」


「強い念……?」


「かつて異世界に招かれた地球人……」


「って事は俺たちと同じ?」


「いえ、少し違います」


 アリアは語り始めた。


「ある男は、前世で人を助け、身代わりとなり事故死しました。現世に大切な家族を遺して……。そして異世界に転生しました」


「え? 異世界転生? 召喚じゃなくて?」


「はい。不運で崇高な彼の人生を神様が救い上げたのです。神様は彼に能力を与えました。その能力は彼が強く欲した物でした」


「それは一体?」


「はい、この手巻き時計のように、時間を巻き戻す事ができる能力――」


「は? そ、それって……」


「魔王クロノス」


 俺は絶句した。

 なぜなら、この腕時計は、父さんが愛用していた物にそっくりだったからだ。しかも、父さんが事故に遭ったのは朝の通勤途中。8時30分だった。


 アリアは続ける。


「彼は、前世での記憶を持ったまま異世界人として生まれ、成長していきます。その世界は、魔王が支配する世界でした。モンスターが人々を襲い、村を荒らす。荒廃した世界でした。彼は、時の魔法を駆使してモンスターと闘いました。時を操るだけで、腕力などなくとも生身の体で剣も持たずに、トラップを仕掛けて巧妙にモンスターを討伐して行きました」


「英雄じゃん」


「はい。その通りです。村人たちは彼を時の騎士と崇めました」


「時の騎士……」


「しかし、その能力には重大な代償があったのです」


「代償? 副作用みたいな物か?」


「はい。時を操るたびに、魔力が増幅し、それと共に人格を失っていきました。前世の記憶さえ、ただの情報となり、闇に蝕まれ、悪魔に魂を売るかのように『時』を乱用するようになりました。その結果、魔王の座を奪い、魔界を支配するに至ったのです。伊吹、どうしましたか? 顔色が悪いです」


 アリアが俺の顔を見据えた。


「いや、なんでもない」


 脳内の点と点が繋がって行く。

 ――おかえり、伊吹。

 俺が帰還した次の朝、父は確かにそう言った。


 ――ばかばかしくも崇高な時代……。


 ――天秤を揺らす物……。


 メガネの奥で冷たく光る眼光は、確かにかつての父の目ではなかった……。


 3年前に、父は死んだ。

 その時、異世界に転生していた、と仮定すると――。

 元来、優しかった父は与えられた能力で、自分の魂を売りながら、人々の平和に尽力した。というの容易に納得できる。


 その結果、魂をコントロールできなくなってしまった。いや、完全に自分を失ったのだ。

 あの時、対峙した魔王クロノスは、父だった……。


 俺は、これほどまでに、自分の不運を恨めしく思った事があっただろうか?


 この世で唯一にして最大の悪魔の息子として、この世に生を受けたなんて。

 しかも相反する勇者として、対決しなくてはならないなんて。

 俺はなんて最悪なクジを引いたんだ……。


「くっそ!」

 岩肌に拳を打ち付けた。

 ジーンと疼いた拳先から血が滲んだ。


「伊吹?」


 アリアが俺の拳を包み込んだ。


「今日は休みましょう」


「僕はちょっと食べものを調達してくるよ。ドラゴンは木の実を好むからきっとこの辺に、木の実ぐらいあるはずだから」


 凛は立ち上がった。


「俺も一緒に行く」


 パリピ社長も立ち上がる。


「アリア、伊吹をよろしく」


 凛はそう告げて、結界の炎を飛び越えた。


 しーんと静まり返った洞窟で、アリアは俺の背中をさすった。


「伊吹の……お父さん、なんですね?」


「うぐっ……」

 理解してもらえたことで、張り詰めていた糸がプツっと切れ、涙が溢れだす。

 これから俺は父と闘うのかと思うと、全身が震えて止まらなかった。


「アリア……俺は、強い……かな?」


「はい。伊吹はだれよりも強いです。伊吹の強さは、私が一番知っています」


「俺は、魔王を倒せるかな?」


「必ず、倒せます」


「瑠香を……取り戻せるかな」


「もちろんです。瑠香ちゃんを連れて、一緒に帰りましょう」


「涙が止まらないんだ。俺、かっこ悪いだろ」


「誰よりも、この世で一番伊吹がかっこいいです。この涙は弱さではない事を私は知っています。思う存分泣いて、涙が止まったら、宿命に立ち向かいましょう、勇者様」


 アリアは涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔を、胸に包み込んだ。

 優しく、あったかい。

 柔らかな感触に包まれて、俺は子供みたいに泣きじゃくった。


 そんな俺を、アリアはいつまでも優しく抱きしめてくれていた。

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