第7話 勇者指名手配

 閣議を終えたばかりのダンジョン党党首、北条義一よしかずが、国会議事堂の大理石の階段をゆっくりと降りてきた。

 背筋をピンと伸ばし、堂々たる風格を漂わせながらも、目の奥には冷たい怒りが宿っている。

 自慢の息子が英雄ともてはやされ、メディアでひっきりなしに取り上げられていたのは、ほんの一ヶ月前の事。

 いまや、あられもな濡れ衣を着せられ、面白おかしく揶揄され、地に落ちた息子の状況を考えると、彼が心穏やかでない事は自明であった。


 その北条を待ち構えていたのは、押し寄せるような記者たちの群れ。

 カメラのフラッシュが一斉に焚かれ、次々と質問が飛び交う。


「北条議員、今回の勇者・矢羽伊吹氏の行動について、どのようにお考えですか?」

「彼の魔王討伐計画は、国益にどのような影響を与えるのでしょうか?」

「彼らを指名手配するとの噂は、本当なのでしょうか?」


 勇者一行が、青梅三原ダンジョンに潜入してから5日が経っていた。

 ダンジョン内の中継カメラは、溶岩ゾーンを抜けた回廊が最後。彼らが今ダンジョン内でどのようになっているのかは誰も知らない。

 そんな中、SNSを中心に、不穏な噂が広まっていた。


『ダンジョン深層部にはどうやら魔王がいるらしい』

『魔王を倒せばこの世界からダンジョンが消滅する』

『冒険者協会は、魔王討伐は命じていない』

『勇者たち、勝手に魔王討伐やらかそうとしてる』


 北条は、記者を前に立ち止まった。

 背後に控える秘書が「無視して進みましょう」と耳打ちするが、彼は手を軽く上げてそれを制する。


「皆さん、静粛に。ここで一つ、明確にしておきたいことがあります」


 記者たちのざわめきが一気に収まり北条に集中する。

 彼は鋭い目つきでカメラに視線を向けた。

 眩いばかりにフラッシュが瞬き、無数のマイクが向けられる。


「勇者とその仲間たちの行動は、極めて遺憾です。彼らの行為は、たとえ未遂であっても、日本の経済基盤を揺るがす危険な行為であり、到底許されるものではありません。非常に残念ですが、未遂犯罪と言わざるを得ません」


 記者たちの間に、そしてお茶の間に、衝撃が走った。


「未遂犯罪とはどういう意味ですか?」

「具体的に何を指しているのでしょうか?」


 わざとらしい記者たちの問いかけに、北条は力強く続けた。


「魔王を討伐すれば、全国のダンジョンが消滅する危険があります。ダンジョンはただのモンスターの巣窟ではない。その内部から得られる貴重なエネルギー資源や経済効果を考えれば、これを破壊する行為は、日本国全体に対する重大な損失行為です」


 記者たちのペンが走る。


「彼らはすでに討伐の準備を進めており、その行動は『国益損失罪』として処罰の対象となるべきです。これ以上の混乱を防ぐため、我々は矢羽伊吹とその仲間たちを指名手配する準備を進めています」


 力強いその言葉に、迷いも慈悲もなかった。


「まだ討伐していない段階でも罪に問われるのですか?」

「彼らの目的はあくまで人々を守るためでは?」


 北条は冷たく微笑みながら、きっぱりと答えた。


「未遂であろうと、ダンジョンを消滅させる計画がある以上、国益を脅かす行為であることに変わりはありません。魔王討伐を阻止することこそが、我々が守るべき日本の未来なのです。我々が日本国のためにすべき事は、モンスター全滅ではなく、あくまでも共存であり、調整です」


 無数のフラッシュが明滅。


 一方、息子である北条篤弘は、自宅のリビングで、その会見映像を見つめていた。

 ソファに深く腰掛け、スマホを片手にエゴサしながら、テレビに映る父親の毅然とした姿に、ほくそ笑んだ。


「はっはっはっ……ざまぁ見ろ、矢羽伊吹! お前は犯罪者だ! 俺を裏切ったやつも、伊吹に着いて行った事を心から後悔すればいい。散々俺をコケにして英雄気取りやがって、お前なんて所詮協会のコマなんだよ! はっはっはっはっはっはっは……」


 ネットニュースはいち早く『勇者一行が指名手配。国益損失罪』と銘打った記事を取りあげた。

 世論の声をダイレクトに示すSNSではそのニュースがすごい勢いで拡散され、『#勇者指名手配』がトレンド入りしている。


『勇者が指名手配……嘘だろ?』

『魔王を倒すのがなんで犯罪になるんだ?』

『でも、確かにダンジョン消えたら生活困るかもな……』

『また仕事なくなっちゃう』

『そもそもダンジョンがなかった時代の方が平和だっただろ?』

『勇者がいなかったらモンスターに殺される人もっと増えるよ?』

『指名手配はやり過ぎちゃう?』


 気に食わないコメントもあるが、自分をコケにした奴らが犯罪者に堕ちていく姿は、北条篤弘にとってこの上ない至福の時間である。

 もうすぐ始まる学校生活に胸を躍らせていた。


 モンスターなんて、全滅しない程度に狩っておけばいいのだ。

 ダンジョンのない暮らしなど、誰も望んでないんだよ。


 矢羽! お前に残された道は、魔王に殺されるか、犯罪者になるかの二つのみ。


 さぁさぁ、早く戻って来いよ、矢羽ー。

 また、一緒に遊ぼうぜー。命があったらな!!


『続いてのニュースをお伝えします、幼女行方不明事件の続報です。今月25日から行方不明となっている矢羽瑠香ちゃん、5歳ですが、依然として有力な手がかりは得られておりません。瑠香ちゃんは、現在話題となっている勇者・矢羽伊吹氏の実妹であることが新たに判明しました。警察は、瑠香ちゃんの失踪と伊吹氏が急行したダンジョン深層部での事案との関連について、慎重に関連性を調査中です』



・・・・・・・・・・・


第四章完結です。

次はいよいよ最終章。クライマックスです。

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