第6話 魔界ゾーン・アンデッド

 魔界ゾーンへのトンネルはゴツゴツとした岩に囲まれていて険しい。

 足元には砕けた岩の欠片が散乱しており、不安定だ。

 濃い霧が立ち込めていて視界も悪い。

 光源といえば、岩の割れ目から漏れ出す、得体の知れない赤い光。

 不規則に点滅し、影をゆらゆらと揺らめかせている。

 何よりも、酸素が薄いのか、息苦しささえ感じる。


「きゃっ!」

 凛の悲鳴が聞こえた。

「大丈夫か?」

 岩肌に声が反響してこだまする。


「大丈夫、ちょっと滑っただけ。うっ……」

「凛さん! 怪我しています」

「大丈夫大丈夫、これぐらいかすり傷だよ」

「凛。無理しちゃだめだ」

「無理じゃない!」

 俺は、凛の手を取った。

 どこを怪我しているのかわからないが、繋いでいる手にかかる負荷から、足を引きずっているのがわかる。

「伊吹……僕、大丈夫」

 こういう風に強がるのは凛の悪い癖だと、俺は思う。


「いいから……」

 俺は凛の言葉を無視して、肩を貸した。


 顔に負った火傷と、背中の切り傷が疼くが、不思議と痛いなんて一ミリも思わない。

 アドレナリンが出まくっている。


 異世界では、死んだら元の世界に戻るというルートがあった。

 しかし、ここでは、人生が終わる。

 モンスターにやられるという事は即、死を意味する。


 異世界にいた時より、慎重に事を運ばなければならない。

 全員が、必ず生きてここを出なければ。

 もちろん瑠香も連れてだ!


 歩みを進めると共に、凍り付きそうなほど寒さが増し、視界の先にはうっすらと闇に包まれた異様な光景が広がった。


 枯れた木々が不気味にそびえ、地面には無数の小山が散らばっている。遠くには切り立った山がそびえ、低い轟音が微かに耳をかすめる。


 地面から上がる瘴気が、鼻を刺すような腐臭を放ち、肺を満たしていく。


「ここは地球なのか? ダンジョンって洞窟……だよな?」

 上を見上げれば、無限に広がる闇の空。

 これまでのような隔たりは感じられない開放的な空間だった。


「現世におけるダンジョンとは、魔界への通路です」


「魔界への通路?」


「簡単に人が出入りできないよう、通路にモンスターが配置されている、と考えるのが自然です」


「なるほど。現世ならではのダンジョンってわけか」


「魔王の目的は、恐らくこの地球を支配する事です」


「支配? って事は、この世界もあの異世界のように……?」


「時が止まり、四季は奪われ、動植物は繁殖を辞めてしまう。いずれそういう世界になってしまう……」


「異世界では、闇雲にダンジョンにもぐっては魔王を探したな。それに比べれば、単純でわかりやすいよ」


 パリピ社長が短剣を構えた。


「来るぞ」


「え?」


 ズルル……ガシャアァァ……


 小山だと思っていた場所から、次々にアンデッドが這い出してきた。

「気をつけて! 死霊です!」


 アリアが叫ぶと同時に、紫色の光を纏った巨大なアンデッドが立ち上がる。

「数が……多すぎる!」


 次々に姿を現す死霊。

 気が付けば、ぐるりと取り囲まれていた。


 それぞれが大きな鎌を持ち、紫色の光を纏った真っ黒でグロテスクな個体。


「グゥゥゥ……死を捧げよ……」

 その声は脳に直接語りかける呪詛。


 俺は聖剣を構えた。

「聖なる剣よ、輝きを携えよ。神々の名において、闇を切り裂く光を呼び覚ます。神よ、宿れ! 神影剣! 覚醒せよ!」


 アンデッドたちが一斉に鎌を振り下ろしてくる。俺はその攻撃をかわしながら、七色の光を放つ剣を一閃。

「どりゃぁぁぁぁああああ! 浄化ーーーーー!!!」

 死霊の一体を両断。


「グギギギギギィィィィィィーーー」


 アンデッドは地に沈み、ドロドロとヘドロを生み出しながら消滅した。


「伊吹! 後ろです」

 アリアの声。

 振り向きざまに一閃。

 視界が悪い中での戦闘はアリアの声が頼りだ。


 剣を振り下ろすたびに、アンデッドが光に焼かれながら地に沈む。

 しかし、次々に湧き出る死霊たちに、全員の体力が削られていく。


「次々に沸いています」

 アリアが悲鳴を上げた。


 パリピ社長は短剣を振り回し、アンデッドを足止めし、凛はグランシールドで盾を作る。

 アリアは敵の攻撃を交わしながら動きを読み、司令塔となる。

 

 それぞれが、替えの効かない存在であり、誰かが欠ければ、それは即死を意味する。その緊張感が、全身に冷たい汗を滲ませた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


「切りがない。走り抜けよう」


 パリピ社長の掠れた声に、全員が反応する。


「それがいい。行こう」


 凛がグランシールドで後方の敵を足止めし、アリアが進むべき道を導く。

 全員が全力で走り抜け、どうにか切り立った山の麓にたどり着いた。


「アンデッドゾーン、抜けました」

 アリアのその声に、ひと時の安堵が訪れた。


「ここがドラゴンの巣」

 俺は、その禍々しい山を見上げた。


「ちょっとタンマ! 休もう。この状態でドラゴンと対峙するのは無理だ」

 パリピ社長が地面に倒れ込む。

 俺も立っているのがやっとだった。


「それもそうですね。凛の怪我を手当しなきゃ」


「ガイアクラッシュ」

 凛が山すそに手をかざすと、ドゴォォォーーーと轟音がなり、大きな穴が空いた。

 少し腰をかがめれば、通り抜けられるほどの穴だ。


「ここで、休もう。僕の手当より、伊吹の手当が先だよ」


 凛に続いて、全員が中へと入る。


 その入り口に、俺は紅炎剣で炎の結界を作った。


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