第5話 マグマゾーン

『引き続き、青梅三原ダンジョン内部の中継カメラ映像をお届けしています』


 テレビから、女性アナウンサーの声が全国に流れる。

 伊吹がダンジョンに突入してからおよそ3時間が経っていた。


『今、まさに洞窟ゾーンからマグマゾーンへと突入しようとしています』


 画面には安定したスピードで剣を振り抜き、次々とモンスターを斬り伏せながら奥へと進む伊吹の姿が映し出される。

 しかし、その背中には大きな切り傷が刻まれていた。


『背中に怪我を負ったようですね』

 渡辺の表情が曇った。


『さきほどの深淵のカマキリアビサルマンティスとの戦闘でしょうか。背中に大きな切り傷を負っています』


『アビサルマンティスは勇者のおよそ3倍の体長を持つ巨大カマキリ型モンスターですから。あの大きな鎌で切られたら普通の人間は一たまりもありません。間一髪で交わして、かすった一撃であの傷ですから、大変危険なモンスターと言えるでしょう』


『しかし、勇者の足取りは衰えません。果敢に奥へと疾駆します。これまでも一度も足を止めることなく、果敢に進んでいます! およそ3時間、モンスターを切り抜きながら走り続けています。渡辺さん、並みの体力ではないですよね』


『ええ、並みの体力や精神力では勇者にはなれませんよ』


『とはいえ、まだ若干17歳の高校生ですからね……。たった一人で、どこまで行けるでしょうか?』


『次は第三層――マグマゾーンですね。このエリアは高温によるダメージが大きく、モンスターとの戦闘だけでなく、環境そのものが脅威となる階層です』


『とても危険なゾーンですね』


『ええ。過去、冒険者のほとんどがこの階層で撤退を余儀なくされています。唯一突破したのが、Sランク冒険者である北条氏のパーティのみです』


 渡辺の言葉が終わると同時に、画面はブラックアウトした。


『あれ? 映像が……途切れ……ましたね』


『はい、マグマゾーンは高温でカメラが機能しませんので、ここからの映像は見られません。出口付近のカメラで、突破した勇者を待つしかありません』


 カメラは薄暗い回廊を映し出した。


 ◆◆◆


 マグマゾーンに足を踏み入れると同時に、全身を焼くような熱気が襲いかかる。

 目の前に広がるのは、血のように赤く煮えたぎるマグマの海。

 無限に続くかのような、灼熱の大地だ。

 岩の裂け目から噴き出すマグマが幾筋も絡み合い、川のように流れている。


 またかよ! もう~、マグマいやだー。

 マグマビートの中で、死にかけた記憶が蘇って辟易とさせる。


 足元から吹き上がる蒸気は触れただけで火傷するだろう。


 呼吸をするだけで喉が焼けつく。止めどなく流れる汗が、全身を伝う。


 天井には不気味な赤い光が明滅し、遠くから低い轟音が響いてくる。

 それは、地鳴りのようでもあり、何か巨大な生物の咆哮のようでもあった。


「グゥゥゥ……ガァァァッ!」


 突然、火の玉の大群が羽ばたきながら襲い掛かった。

 咄嗟に剣を盾にして追い払う。

「マグマバットか」

 一度は飛び去ったマグマバットは再び旋回して襲い掛かる。


「ギィアアアアーーーッ!」


「クソ! 視界が悪すぎる」


 感覚だけで剣を振るうも、火の玉のようなマグマバットは、次々に襲い掛かってくる。

 確かな手応えは得られる物の、苛立ちを隠せない。


「こんな所で、足止め喰らってる場合じゃないんだよ!」


 次々と襲い掛かる群れに、剣を振るうたび熱波が顔を焼く。


「くそ……どんどん体が重くなる……」

「キュキュキュキュキュ」


 攻撃的な鳴き声を上げながら突進してきた、大型のマグマバットが顔面にぶつかった。


「うぐっ……」

 一瞬の怯みは命とりとなる。

 次々に生身の体に突進してくる火の玉。


 あぐっ、うぐっ……。


 くっ……そぉーーーー。


 体が焼かれる……

 視界が霞む。

 呼吸ができない。


 まずい……ダメ、かも……。


 ガクっと膝が地面に落ちた。


 その時だ。


「伊吹!」

 鈴を打ったような声と共に、ふわりと体が熱を遮った。


「え?」

 俺の肩に、防護マントが掛けられたのだ。


 視界にはぼんやりと、同じ高校の制服姿の女子が映る。

 水色の髪が覆う背中を、マグマの赤い光が染めている。


「アリア!」


「ここからは、生身の人間一人では無理だ」

 背後からの声に振り返ると、歪んだ視界に銀髪ロン毛の白いスーツ姿が映った。


「パリピ社長!」


 ドゴォォォーーーー。突如岩肌が隆起して盾を作る。

 そこへ次々とマグマバットがぶつかり、溶岩の中へと落ちていく。


 グランシールド! 

 土属性魔法……。


「伊吹! 僕もいるよ」


「凛!」


「そもそもさぁ、魔力なしでこんなゾーン突破できるわけないじゃん。僕たちは、ただの人間なんだからさ」


「北条にバレないように魔法使うの、けっこう大変だったんだぞ」


 パリピ社長は右手を斜め上に掲げて、ポーズを決めている。

 ノマノマイェイ、いや、精霊の召喚魔法が始まる。


「ありがとう、アリア、社長、凛」


 俺は力を振り絞って、剣を杖替わりにして立ち上がった。


「ここで体力消耗するわけにはいきません。次は魔界ゾーンです」

 アリアが俺の肩を支えた。


「ああ、その奥に、魔王が待ち構えてるってわけか」


「ええ」


「僕たちが援護するから、取り合えず出口まで駆け抜けよう」


 凛が岩肌に手をかざしながらそう言った。


「わかった」


「このゾーンの魔物たちは、エネルギーとなるマグマを操れば討伐するのは容易い。魔王は君にしか倒せない。頼んだぞ! 伊吹君!」


 社長はそう言って、歌い、踊り出す。


 社長の指先から淡い光が放たれて、精霊たちが召喚される。

 マグマを一纏めにして天高く渦を作った。


「さぁ、行こう! ドラゴンの巣へ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る