第4話 こういうの2度目なんでイージーゲームです

 霧が立ち込める森の入口に足を踏み入れると、刺すような冷気と濃密な瘴気が全身を包んだ。

 呼吸をする度、肺までも凍り付きそうだ。


 視界は数メートル先すらぼやけるほど悪い。

 森全体は異様な静けさに包まれ、木々の間からは不気味な咆哮が響いてくる。


 この声は影狐シャドウフォックスか。

「ふっ、Eランク。チュートリアルだな」


 俺は聖剣を握りしめた。目の端には、腐食した木々と鬱蒼と茂るつた

 突如、低い唸り声と共に、巨大な木の枝がムチのように揺れた。


「ん? なんだここは? 森全体がモンスター?」

 刹那。

 つたが顔面めがけて襲い掛かってきた。

 反射的にステップを踏み、すり抜けざまに剣を振り下ろす。

 聖剣は光を放ち、幹ごと一刀両断。


幻影の木フェントリーフか」

 次々と蔦が地を這いながら、勢いよく跳ね上がる。

 ――見えた!

 逆手で切り払う。

 光を帯びた剣先でコアを裂く。

 蔦の切断面が光を放ちながら霧散した。


「グゥゥゥ……!」


 断末魔の叫びを上げる木の魔物。その巨体が轟音を立てながら崩れ落ちた。


 次々に襲い掛かる蔦をホップ、ステップ、ジャンプで交わしながら、次々と大樹を切り倒す。


 その時だ。


「ギィィィィィィ!」

 耳をつんざくような声が、森全体に響き渡り、目の端で影が揺れた。


「ウゥゥゥ……」

 背後から威嚇するような獣の声。

 影の奥に一対の光る目。

 四方八方から影が瞬間移動を繰り返し、勝機を狙っている。


「出たなシャドウフォックス……来い!」


 剣を構えた瞬間、背後に気配を感じた。

 来た!

 振り向きざまに一閃。間合いを誤ったシャドウフォックスは真っ二つになった。


「キィィィィィィィィィィィィ……」

 悲鳴を聞いたのも束の間。次々に襲い掛かる黒い影と赤く光る眼。


「グルルル……キシャァ!」

 群れが一斉に飛びかかって来た。


「うりゃぁああああーーーーーー!!!」



 ◆◆◆


『こちら、青梅三原ダンジョンのライブ映像です。今まさに、勇者のダンジョン封鎖が始まりました』


 テレビから、女性アナウンサーの興奮の声が、日本全国に流れた。

 青梅三原ダンジョンには、探索者によりいくつものライブカメラが設置されている。

 その映像が今、リアルタイムで各家庭のテレビや、ビルに設置された大型LEDビジョン、量販店に置かれているたくさんのテレビに映し出されている。


 伊吹の剣が、光の残像を描きながら振り回されるたび、影の個体が血しぶきを上げる。


 しつこく追い回す影を切りつけながら、奥へ奥へと疾駆する勇者に、一ミリの迷いも危うさも見受けられない。


『スタジオには、日本冒険者協会から渡辺泰三氏を招いて青梅三原ダンジョンについて解説を交えながら、お伝えしていきます。渡辺さん、今日はよろしくお願いいたします』


『よろしくお願いします』


 渡辺に、緊張の面持ちは一切ない。真剣なまなざしで、モニターに映し出される伊吹を見守っている。


『ここは、森林ゾーンですね?』


『そうです。生息しているモンスターはDからEランク。彼にとったらチュートリアルみたいな物でしょう』


 モニターには死の蔦デスバインが伊吹の足元めがけてクネクネと蔦を伸ばしている。


『あああああ!!! 危ない!』

 アナウンサーが悲鳴にも似た声を上げた。

 今にも、蔦が伊吹の足に巻き付きそうな勢いだ。


『大丈夫……ですね。彼はデスバインの動きを見切っています。動きが早くてわかりづらいですが、的確に剣で切り払っている。実に無駄のないスマートな動きだ』


 伊吹は剣を地面に突き立てた。

 瞬間、剣から放たれた浄化の光が周囲の蔦を焼き尽くし、枯れ果てた木々に火の手が上がった。


『これは、紅炎剣ですね!』


『そうですね。一瞬にして敵を灰にする勇者だけが持つ力……』


 しかし、その炎は次の瞬間、大きな炎の塊となって伊吹に襲いかかった。


『あーーーー、危ない。渡辺さん、あれは?』


『腐敗した樹精、マッドトレント! Dランクです。相手の攻撃を吸収して反撃するという魔力を持っている』


 伊吹はそれを軽やかに飛び越え、トレントの体に近づく。

 聖剣を一閃。

 だが、トレントはその巨体で光の一撃を受け流し、反撃。

 大きな炎の塊が、大地を揺るがすような一撃を放ち、地割れを作った。


『交わされました! どう出るでしょうか? 勇者!』


 伊吹は攻撃を華麗に避けながら剣を構え、何やら詠唱を唱える。

 剣から眩い光が放たれ、トレントの体を覆い尽くした。

 樹精は軋むような音を立てながら崩れ落ち、森の中は静寂を取り戻した。


『やったー! やりましたね!』

 まるで、オリンピックで日本が金メダルを取ったかのような反応を見せるアナウンサー。

 しかし、渡辺の顔に安堵の表情はない。


『まだまだこれからですよ』


『そうですね。まだ2階層。最終ステージまではまだ遠いですが、最後の扉の向こうには、どんなボスがいるのでしょうか? 渡辺さん』


『まだ未踏の地ですからね。探索者の話では、かなり強い魔力を持ったモンスターが待ち構えているのではないかという事です』


『それはいわゆる……魔王、的な?』


『もしそうだとしたら、魔王を倒した暁には、日本に平和が戻るでしょう。全てのダンジョンが一瞬にして閉鎖される』


『それは、素晴らしいですね。今後も期待しつつ、お伝えしていきます』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る