第2話 使い魔『シャドウホーク』

「ごめんなさい」

 俺は彼女に深々と頭を下げた。


「え?」

 困惑する萌音。


 困惑するだろうな、と思いながらも俺は、彼女の寂しそうな瞳に向かって謝らずにはいられなかった。


「大切な方を失くされたのですよね。お悔み申し上げます』


 彼女に両親はいない。

 おばあちゃんが親代わりで彼女を育てたのだ。


「お気遣い、ありがとうございます」

 萌音は添えた花に視線を落として、おもむろに頭を下げた。


 召喚前の現世では、米永栄子さんは事故からは免れたが、それから1年と経たずにその生涯を終えた。

 孫娘に見守れながら、穏やかな最後だったと萌音は父の位牌の前で語っていた。

 本来あるはずだった大切な家族との時間。

 それは我が家にとっても同じ事で、父が生きていてなんの不安もなく暮らせている事は喜ぶべきなのだが、俺の気持ちは複雑だった。

 それと引き換えに、彼女は親代わりのおばあちゃんを失ったのだ。

 例え、生い先短い命だったとしても、本来あるはずだった時間なのだ。


「じゃあ、私はバイトがありますので、失礼します」


 萌音は丁寧に頭を下げ、去って行った。


「伊吹?」

 アリアの声で、はっと我に返った。


「罪の意識を感じている目をしていますね」

「え? 俺?」

「はい。彼女の記憶を読み取りました」

「え? そんな事できるの?」

「凛さんの魔石によって、覚醒したのです。記憶探査魔法です。彼女のおばあさんとの記憶と伊吹の彼女との記憶は一致しません」

「俺の記憶も読み込めるってこと?」

「はい。読み込めます。ただし、伊吹が自覚している記憶のみですが」

「という事は、やはり俺の記憶にないこの3年間はわからないのか?」

「何か知りたい事でも?」

「いや、別にいいんだ。どうせ大した事ないだろう」

「異世界での活躍の記憶は読み込めました」

「でも、どうしてそんな力が覚醒したんだろう? この世界で必要って事か?」


 アリアは腕を組み、人差し指を顎先に当てた。


「う~ん、そういう事かもしれません」

 と、視線を斜め上へ向けた。


「アリア……、青梅三原ダンジョンは中止だ。予定変更」


「え?」


「うちに来てくれないか? 俺の父さんに会ってほしい」


 俺はどうしても気になった。

 あの日、父はこの場所で、米永さんと遭遇しているはずなのだ。

 その時に、彼女を助けなかったのはなぜなのか。

 俺が知っている父さんなら、100%米永さんを助けたはずなのだ。自分が危険な目に遭ったとしても。


 あの日、父に一体どんな異変が起きたのか。


「あの……それって……、えっと……」

 アリアは真っ赤な顔で、もじもじと体をくねらせた。


「ん?」


「お父様にお会いするのはやぶさかではありませんが、まだ私達、そんな……」


 よくわからないが、俺はアリアの腕をガシっと掴んだ。


「行こう!」


「は、はい」




 繁華街から住宅街へ向けて、俺はアリアを先導して歩いた。

 街並みはクリスマス一色で、赤と緑のイルミネーションが平和の象徴であるかのように瞬いている。

 そんな景色にそぐわないほど、俺たちは大股で息を切らしながら、自宅に向けて急いだ。


「あそこ、俺んちだ」

 アリアに告げて、自宅を指さした。

 その先には、二階の窓から瑠香が顔を出しこちらを伺っていた。俺の帰りを待っていたらしい。

 赤いサンタの帽子を頭に乗せ、ぴょんぴょん跳ねながら手を振る。


「おにいーー、おかえりー、まってたのかしらー」


「あはっ、可愛い。伊吹の妹さんですか?」


「ああ、瑠香っていうんだ。今日は保育園でお遊戯会があったんだ。両親も参観に行ったから、家にいるはずだよ」


「伊吹にそっくりですね」


「そっか?」


 さっきまでの殺伐とした心が、真綿で包まれたような安らぎが訪れる。


「おにいーーー!!」

 二階の窓から姿が消えたと思った瑠香は、玄関から飛び出して来た。


「ただいま、瑠香!」


 瑠香は目をまあるくして、アリアを見上げながら恥ずかしそうにモジモジする。


「おにいのガールフレンドかしら?」


「ば、ばか! そんなんじゃないよ。ほら、ちゃんと挨拶しろ!」


「こんにちは。るかです。おにいちゃんがおせわかけておりますかしら」


「うふふふ、こんにちは、瑠香ちゃん。お兄ちゃんにはお世話になっております」

 アリアは優しそうな笑顔を湛えて、瑠香の背丈まで腰を折って目線を合わせた。


「お父さん、いるか?」


「ととはおしごとにいったー」


「そっか。なーんだ。じゃあしょうがないな。せっかくだから上がってよ」


 アリアを玄関の方に促した。


 その時だ。


 一瞬の出来事だった。サっと黒い影に覆われたかと思ったら、目の前で瑠香の姿が消えた。


「え?」


「瑠香ちゃーーん!!」


 アリアの悲鳴にも似た叫び声で、俺は何があったのかを悟った。

 既に空高く舞う真っ黒い鳥型モンスター。


「あ、あれは……」

 巨大な漆黒の翼の縁には紫がかったオーラ。

 猛禽類のような顔。頭部には2本の湾曲した角が生えている。

 赤く輝く6つの目。

 胸部には魔王クロノスの紋章!!。


闇の鷹シャドウホークです!」


「使い魔?」


「やはり、魔王はすぐ傍に……」


「瑠香!」


 俺は叫びながらシャドウホークを追いかけた。


「青梅三原ダンジョン方面です」


 アリアも俺についてくる。


 なぜだ? どうして瑠香をさらう?


 鋭い爪に掴まれた瑠香の表情は青ざめて、手足はだらりと脱力している。

 頭から、赤い帽子が脱げて宙を舞った。


 その時だ。

 胸に振動と熱。

 眩い光を放った。


 呪符だ!


 フラグだ!


 これは、わかるぞ。間違いない。


 瑠香の死亡フラグ。


 俺は胸に手を当て呪符を吸い寄せた。


 そして力いっぱい叫ぶ。


「フラグクラッシュ!」

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