第四章 魔王の正体
第1話 頽廃(たいはい)したSランク冒険者
富士山麓ダンジョン、つまりマグマビートが消滅した事で、溶岩ゴーレムの脅威が消え去り、街には平和が戻ってきた。
焦げた建物の外壁は、徐々に取り覗かれ、改修が始まっている。
焼け跡ながら、商店街には仮設のテントが設置され、活気に満ちた声が響く。
俺は3日ほど経過観察で病院に入院していたが、軽い火傷程度で、ほぼ無傷に近い状態だった。
パリピ社長の回復魔法のお陰だろうか?
それとも俺の体が頑丈なのかは不明。
学校も今日から通常通り再開された。とはいえ、今日は終業式で明日から冬休みだ。
マグマビート戦から1週間後の朝だった。
昇降口で異変に気付く。
「ねぇ、あれ、矢羽君じゃない?!」
「本当だ。実物ヤバ! かっこいい」
「よく見たらイケメンだよね」
「筋張った骨格、えっろー」
と言っているかどうかは不明だが、そんな雰囲気を醸し出しながら、顔も名前も知らない女子たちがわちゃわちゃと囁き合っている。
こういう状況には全くもって不慣れなため、自然と動きがぎこちなくなる。
教室に入ると腕と頭と足に包帯を巻いている北条が真っ先に目についた。目立つからね。
机の脇には松葉杖……。
あいつ、なんであんな大怪我してたんだ?
1人で闘ってきたみたいな姿である。今日はクリスマスイブだって言うのに、気の毒だなw
「矢羽ー! お前すごいじゃん!」
「ひゅ~、異世界還りの勇者!」
揶揄い半分、けれど嬉しそうに男子達も声をかけて来る。
北条はそんな俺をちらりと一瞥して、不快そうに目を背けた。
「おはよう、矢羽君!」
「矢羽君、あのニュース見てたよ! すごかったね!」
二人の女子が俺の元へやって来て、声をかけた。
「あ~、あはは、ありがとう」
「新聞もテレビも毎日のように勇者特集やってるね」
「そうみたいだね」
隣の席のアリアは、教科者を机に立てて、こちらには目もくれない。
気を遣っているのだろうか?
俺は、アリアに用があるのだが……。
「矢羽君。今日の放課後って何か予定ある?」
そう訊ねてきたのは、見知った顔の女子だった。
話した事はないけれど……。
「あれ? 君は、えーっと」
「月島亜子よ」
隣のクラスで、学年一の美少女ともてはやされているお方だ。
彼女はちゅるんっと潤った黒髪をさらりと揺らして、スマホをチラつかせた。
「連絡先、交換しない?」
「え? えへへ……どうして?」
「そりゃあ、世界初の勇者。世界で一番強い男に興味沸かない女子はいないでしょ?」
彼女はそう言って、俺の肩をつんと人差し指でつついた後「んふふ」と首を傾けた。
顔は確かに可愛いけれど、こういうあざとい感じの女子は苦手なんだよな。
贅沢言える立場ではないけれど。
「連絡先は別にいいけど。今日の放課後は、予定があるんだ」
俺はそういってアリアに視線を落とした。
「アリア……」
「へ?」
アリアは驚いた顔を上げた。
「俺と……放課後」
「え? な、なんでしょうか?」
頬を赤らめて、斜め下に俯くアリア。
「付き合ってほしい」
「ひゃっ!」
「青梅三原ダンジョンに行ってくれ!」
「え?」
「昨夜、協会から依頼が届いた。クエストは青梅三原ダンジョン封鎖、およびボス討伐。俺はまだ一度も入った事がないから、一度見ておきたいんだ。冬休み中に片付ける!」
「え、ええ。もちろんご一緒いたします」
「ちょっと! 私が先に誘ったんだけどー」
月島がアリアの肩を突き飛ばす。
「きゃっ 」
「ちょっとちょっと!」
俺はその間に割って入った。
「ほら、あそこに世界初Sランク冒険者いるよ! 負傷してるみたいだから優しくしてあげてよ?」
そう言って北条を指さすと
「きいやぁぁぁぁああ、変態ー!」
と言って、走って教室を出て行った。
「変態?」
そう言ってアリアを見ると、あきれ顔でスマホのスクリーンをこちらに差し出した。
スクリーンには、素っ裸で溶岩ゴーレムに頬ずりする北条が映っていた。
「な、なんだこれ?」
見ようによっては強そうにも見える。大勢のゴーレム相手に、無防備で堂々としている。その背後からは炎を上げるゴーレムが複数。それを背景に、この上なく楽しそうな北条。
アリアは小首を傾げてこう言った。
「この画像がネットで出回っています。この画像は上半身しか写ってませんが、ネットには全てが写された写真が出回っているようで、その写真がなんと言うか……」
「もしかして、興奮状態?」
アリアは真っ赤な顔を両手で覆った。
「まるで、ゴーレムに興奮している変態のようだと、一部界隈で大騒ぎになっているのです」
「あららー。なんでこんな事になっちゃったんだろうね。それであの怪我?」
アリアはうなづいた。
そして俺の耳に口を寄せる。
「どうやら、凛さんがテイムポーションを飲ませたようです」
「なるほど。目には目をってやつだな」
そして、放課後。
俺はアリアと一緒に、青梅三原ダンジョンに向かった。
その途中での出来事だ。
横断歩道に白い花を添える女の子を見かけた。
その子には、強烈な見覚えがある。
「あの子……」
「伊吹? どうしたのですか?」
「いや、なんでもない」
あの子は、米永萌音。
召喚前は、この横断歩道で、彼女のおばあちゃんを助けた俺の父さんが死んだ。
今は、逆なのだ。
父は生きていて、彼女のおばあさんが死んだという事である。
萌音は、俺に一瞥もくれず、脇を通り過ぎた。
当然、俺の事を知らない。
父が彼女のおばあちゃんを助けて身代わりになったという事実自体が消滅しているのだから、俺たちの接点も消滅しているという事。
「あの!」
俺は思わず萌音に声をかけた。
怪訝そうに振り返る萌音。
薄茶色の瞳が儚く潤んでいた。
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