第9話 マグマビート
「放水開始!」
パリピ社長の号令で、ホースから勢いよく水が放たれた。
火を吹くダンジョン入口は鎮火して、じゅわーっと激しく湯気をあげる。
俺は濃い蒸気を潜り抜け、ダンジョンへ突入した。
濃灰色の壁は所々ひびが入っており、その隙間からはオレンジ色のマグマが明滅し、火を垂れ流している。
社長が背後から火を消してくれるお陰で前に進むのは容易い。
ただ、呼吸をする度に、喉と肺が焼けるように熱い。
呼吸器だけじゃない。
目は開けているだけで眼球が焼けるようだ。
「伊吹君。まずい、急ぐぞ」
パリピ社長の切羽詰まった声がしたのは、ちょうど5メートル地点。例の狭い通路に差し掛かった時だった。
「え?」
「やはり、すぐに火が復活してくる」
振り返ると社長の背後が赤く燃え盛っている。
壁からのマグマがすぐに水分を蒸発させ燃えだすのだ。
「予想はしてたけど、はるかに過酷な状況だ」
「ですね。急ぎます」
狭い通路に水を満たして、泳ぐようにして通過した。
不幸中の幸いと言うべきか、懸念していた溶岩ゴーレムとの遭遇はなかった。
その他のモンスターも見当たらない。
恐らく、このダンジョンはモンスターの住処と言うよりは、モンスターを産み出す母体のような物。
その証拠に通常は体内にあるコア、いわゆる心臓部がマグマの中にあると言うのだから。ダンジョンその物が、モンスターであり、生きていると言わざるを得ない。
「まるでマグマビートだな」
「マグマビートか!」
マグマビートは火山に寄生するダンジョン型モンスターだ。放っておくと厄介な事になる。成長するし、産み出すモンスターも厄介だ。
「あれってどうやって攻略したんでしたっけ?」
異世界には更に大規模なマグマビートが存在していた。
「確か、精霊を召喚したよな」
「精霊か。じゃあ、大丈夫ですよね?」
「ああ、マグマに到達したら精霊を召喚しよう」
火に対抗するのは水または氷。
氷の精霊を召喚する事で、まぁ、どうにかなるだろう。
異世界でも確か、氷の精霊に助けてもらった記憶がうっすらとある。
きっと大丈夫だ。氷でマグマを鎮める。よし! 大丈夫だ。イメージトレーニングはばっちり。
確かな勝機に期待しつつ、ずんずん中へと歩みを進める。
進んでコアをぶっ壊すしか道はない。
何故なら、社長の背後はもう既に火の海だ。
「あれ? え? まずい!」
社長の悲鳴にも似た声が聴こえたのは、グツグツというマグマに到達した時だった。
「なんですか?」
振り返ると、情けない表情で、ホースを持ち上げる社長の姿が見えたが、汗と水で視界は不明瞭だ。
「水が……。俺のしょんべんみたいになってる」
目にかかる汗を拭ってみると、確かにホースからの水はしょぼしょぼとしたショボい水しか流れ出ていない。
「え? どうして?」
「ホースが火にやられたのかも」
現実を知ってしまうと、もうダメだ。
異常な熱を全身全霊で感じる。
あ、死ぬ。これも、焼け死ぬ。
そう思った時だった。
「よし! 精霊召喚するぞ」
「お、お、お願い、します」
もう、呼吸すら厳しい。
「たす、けて……」
パリピ社長はホースを投げ出して、立ち上がった。
「んっ、んっ、んっ、んっ……」
喉の奥を鳴らすようにして、ビートを刻んでいる。ボイパというやつだ。
斜め上へ向かって両手を挙げVポーズで、自分で奏でるリズムに合わせてステップを踏む。
「ファイヤーフィーバー ノマノマイエイ♪
ノマノマノマイェイ♬
カモン精霊♪ ノマノマノマイェイ!♬」
昔流行ったらしいパラパラダンスを踊りながら、ノリノリで詠唱するのが社長のスタイル。
ノマノマイェイ、はいいとして、ファイヤーって言ってない?
この火の海で、ファイヤーフィーバー来たらまずいよ?
できれば、ウォーターフィーバーして欲しいんだよね。
そんな俺の懸念はもはや声にすら出せないほど、熱でやられている。
「ノマノマノマイェイ♬」
最後のポーズが決まった。と同時に社長の指先からオレンジ色のファイヤーフィーバー、じゃなくて炎の精霊がふわふわと流れ出る。
形は見えないが、熱風に乗ったオレンジの光が充満し始める。
もはや、皮膚は熱さを通り越してただれるような痛みに変わる。
「あれ? ファイヤーしちゃったな」
社長は、やはりミスったようだ。
「伊吹くぅん、どうしよう? 炎の精霊呼んじゃった」
俺の肩をゆさゆさしながら、焦りを見せるパリピ社長。
「あ、あの、また、氷、氷を、呼べば、いいんじゃ……」
途切れ途切れでそう言うと
「ダメダメ! もう炎の精霊が来ちゃってるから。あいつらまだ暫くいるよ?」
いやいや……予約なしで入って来た居酒屋の客みたいに言うのやめて~。
自分で呼んだんでしょうが!
心の中の突っ込みは、虚しく「う……」という唸り声となって、口の端から漏れた。
終わったな……
意識を手放しかけたその時だ。
パリピ社長は凄い勢いで服を脱ぎ始めた。
もう突っ込む気力も、逃げる元気もない。
「伊吹君! 頑張れ! 死ぬな!」
社長は真っ裸になると、俺の服も脱がせ、抱きしめた。
「パリラヒ~♬ パリラハァ~ン♪ パリラフォ~♬ パリラハッハ~♪」
耳元で詠唱が聴こえる。
不思議と、力が漲る。
いつの間にか体がリズムに乗っている。
社長の回復魔法だ。
「あっ! あああーーーーー!! 伊吹君!! あれ! あれ見て!」
社長は顎が落ちるほど口を開けて、マグマを指さした。
「え?」
マグマがグルグル回って竜巻のような火柱となり、天井に向かって伸びている。
炎の精霊たちが、マグマを操っているのだ。
その火柱の周りをグルグル回る真っ赤な塊。
コアだ!
マグマを火柱にした事で、コアが露出したのだ。
社長、グッジョブ!
「伊吹君! 今だ!」
俺は聖剣を杖替わりにして立ち上がった。
はぁはぁと熱を持つ息を吐き、呼吸を整える。
「聖なる剣よ、輝きを携えよ。神々の名において、闇を切り裂く光を呼び覚ます。
神よ宿れ! 神影剣! 覚醒せよ!」
ズンと剣が重さを増し、七色に光った。
両手に掲げて、助走を付けジャンプ!
火柱の周囲をグルグルと凄いスピードで旋回するコアに向かって横一閃。見事、その姿を剣身に捉えた。
同時に、コアは眩い光を放ち、大量の熱波を噴出。俺に襲い掛かった。
「うわぁぁぁぁああああーーーーーーー」
熱で呼吸ができない。
俺の意識はぷっつりと途絶えた。
◆◆◆
Side—アリア
伊吹とパリピ社長がダンジョンに潜ってから15分が経った。
火の中の戦闘は時間勝負である。
「大丈夫かな?」
心配そうに凛がアリアの腕にしがみつく。
「きっと大丈夫」
凛はアリアよりもお姉さんになのに、どこか頼りなげで、アリアの方がまるで年上のようだ。
アリアだって心細いのは同じ。
しがみついて来た凛の腕を握り返した、その時だ。
ゴゴゴゴゴーーーー。
聞いた事もないほどの地鳴りが響いて、ダンジョン入口の火が小さくなって行く。
「やった!」
アリアは思わず声を上げた。
洞窟はみるみる瓦礫に変わって行く。
キャンプファイヤ―も小さくなり、ゴーレムたちが石屑になる。
「終わったね」
しかし、安心するのはまだ早い。
二人が戻っていない。瓦礫に埋もれたら、命だって危ない。
消防隊員たちが色めき立ち、救急車の要請を始める。
「伊吹ーーー!! 社長ーーーーー」
凛が音を立てながら崩れる洞窟に向かって声を上げた。
その時だ。
瓦礫がすだれのように崩れ落ちる向こうから、伊吹に肩を貸しながら力強く歩いて来る社長の姿が見えた。
「社長ーーーー!!!」
にっこりと笑顔を見せる社長の姿は、すすだらけで素っ裸だ。
同じくすすだらけで、素っ裸の伊吹。意識が朦朧としているようだが、わずかに微笑んだように見えた。
回復魔法を施したのだ、とアリアにはすぐわかった。
「伊吹ー! 社長ー!」
涙ながらに二人に抱き着き、言葉なく無事と雄姿を称えるアリアと凛。
消防士たちも、目に涙を浮かべながら拍手を送った。
「いやぁ、すごいな。よくやった!」
そんな中、キャンプファイヤーの燃え後がゴソゴソと蠢いている事には、まだ誰も気づいていない。
そこには、防護マント一枚でどうにか命拾いをした、あの男の姿があった。すすだらけで真っ黒になっている裸体のまま、四つん這いでコソコソとその場を去って行くのであった。
・・・・・・・・・・・・
ここまでお読み頂きありがとうございます。
これにて、第三章が完結です。
面白いと思った方は是非、星評価をお願いします。
コメントもお気軽にどうぞ。
伊吹の戦いはまだまだ続きますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。
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