第7話 ハーレム
Side—凛
暗い部屋をテレビの灯りがぼんやりと照らす。
ニュースでは、伊吹が溶岩ゴーレムの炎をものともせず、小気味よく爆破音と共に石屑にする映像が、何度も何度もスロー再生されている。
そんな様子を、凛は目の端に収めながら冷凍庫を開けた。
ヴェノムスライムから抽出した毒や、ゴブリンの肝臓から作り出したポーション、何かの役に立つかもしれない、モンスター達の目玉が冷凍保存されている。
全て廃棄する予定の代物で、工場からタダでもらってきた。
テイムポーションの発案者は、何を隠そう凛自身なのだ。
テイムポーションはモンスターの攻撃を和らげるための物であって、女の子をおもちゃにするために使う物じゃない!
いつもそんな苛立ちを持て余していた。
つい先ほど、ゴブリンのオスの肝臓から抽出したテイムポーションを作り上げたところである。
オスから作った濃いめのテイムポーションは、Aランク以上のモンスターにも効果があるはず。
恐らく深夜に及ぶであろうボス戦に備えて、伊吹のために調合した。
一瞬でも隙を作ればこちらの物。
現世での伊吹の初ダンジョン封鎖! その光景を想像しただけで、凛の胸は弾んだ。
小瓶に詰めて、テレビを消した所で、スマホが鳴った。
北条のマネージャーである。
「もしもし?」
「篤弘様から招集命令です。今から富士山麓ダンジョンに向かいます。篤弘様がダンジョン封鎖に挑まれる。援護をお願いしたい」
一瞬、言葉を失った。
どの面下げて?
ムカムカと吐き気をもよおしたが、「了解」と短く返事をして、ポーションをポケットに突っ込んだ。
「10分ほどでお迎えに上がります」
「いい。いらない。車はこっちで出す」
どうせあいつに、ボスは倒せない。
凛は、玄関を出ると、敷地に停めてある赤い軽自動車に乗り込み、エンジンをかけた。
真っ暗闇をヘッドライトで照らして、街へ向けて軽快に車を走らせた。
◆◆◆
凛を乗せた軽自動車は15分ほどでマンションの駐車場に到着した。
北条は防護用の作業着と、絶対燃えない素材で作ってあるマントに身を包み、エントランスに立っていた。
ニヤ気が止まらない様子の顔を隠しもせずに、助手席に乗り込みシートベルトを嵌める。
「街は既に溶岩ゴーレムが至る所で猛威を振るっています。少々荒い運転になりますので、しっかり掴まっててください」
つっけんどんにそういうと「ああ」と北条は短く返事をした。
「なんかちょっと怒ってるみたいな顔も、かわいいねぇ、子猫ちゃん」
馴れ馴れしく肩に手を回す。
「途中で溶岩ゴーレムに遭遇したらどうしますか? 討伐しますか?」
「いや、ボスが先だ。どうせ、ボスを倒せばやつらは消滅する。一番美味しい所持って行く作戦だ」
「そうですか。了解しました」
車は町を抜け、山すそを目指す。
車のレーダーはモンスターの位置を表示するので、それを避けながら目的地へと向かう。
「着きました。さすがに誰もいませんね」
いつもなら報道陣や野次馬が散見される現場だが、時間も時間な上に、町中では勇者誕生で賑わっている。
報道陣も野次馬もそちらに夢中なのである。
しかし、ダンジョン入口からは火が噴き上がり、視線を広げれば、巨体から炎を上げるゴーレムだって数体いる。
凛は車のエンジンを切り、ライトを消した。
車内は真っ暗になり、ダンジョン入口から噴き出す真っ赤な炎だけが、凛と北条を照らしていた。
北条はやはり恐ろしいのか、それとも武者震いなのか、僅かに体を震わせていた。
「よかったら、これどうぞ」
凛はポケットから小瓶を取り出し、差し出した。
「ん? なんだこれ?」
「気付け薬です。何にも怖くなくなりますよ」
そう言って。最上級の笑顔を作って見せた。
「そっか。ありがとう。お前、やっぱり俺の事ちゃんと思ってくれてたんだな」
北条はあっさり小瓶の中身を飲み干した。
「ボス戦が終わったら、また抱いてやる……、ん? な、なんだ? 体が火照って、視界が歪む。な、なんだ? これ」
「だんだん気持ちよくなって、天国に行けちゃうかもしれませんね」
「な? なんだと?」
「ゴブリンのオスの肝臓から抽出したテイムポーションなのです。Aランク以上のモンスターにも効果がある優れものなんですよ。人間のオスが摂取したら……どうなるかなぁ~?」
凛は北条の上に覆いかぶさるようにして、カチっとシートベルトを外した。
「な、な、なに?」
そのまま、助手席のドアを開けて、思いっきり北条を蹴っ飛ばした。
ゴロンとあっさり外に転がされた北条。
何かを察して、わらわらと溶岩ゴーレムが集まって来た。
「はわぁ~、すっげーかわいこちゃん」
北条の目はハートになった。
オスのフェロモンを嗅ぎつけ寄って来たのは、メスのゴーレムだ。
ゴーレムも、目がハートになっている。
次から次へとやって来て
「フゴン、ゴフゴフ、ウヒヒヒヒヒヒー」
と雄たけびを上げ、北条の周りをグルグル回り始めた。
求愛行動だ。
「うわぁ、これ、ハーレムじゃん。うわぁ、かわいい~、巨乳のお姉さん、名前なんていうの?」
そうそう。この状況はハーレムと呼ぶにふさわしい。
ゴーレムのハーレム。
威嚇をやめ、炎を消したゴーレムが北条の体を舐めまわす。
「さぁ、こっちにおいでベイビー」
北条には、さぞグラマーで素敵な女性に見えている事だろう。
まるで天国にでもいるかのようなうっとり顔で、メスゴーレムにされるがまま。
体をスリスリ。顔をベロベロ。防護服ははぎ取られ、興奮状態の下半身が丸出しである。
「ふふ~ん、そうなるのか。使えるな、これ」
パシャとスマホで写真を撮った
その時だ。
メラメラと炎を上げるオスのゴーレムが、メスゴーレムたちと戯れる北条の周囲を取り囲んだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……、数えきれないな。一体何体いるんだろ?」
パートナーを寝取られたオスゴーレムは黙っていなかった。
「フンゴーーーー」と凄まじい雄たけびを上げながら、次々に北条に襲い掛かる。
「はっはっはっはーーー、ざまぁ見ろ!」
凛は車の中で、お腹を抱えて笑った。
「せいぜい、命があるうちに、伊吹がボスを倒してくれることを祈りな。じゃあね、バイバイ。役立たずのおぼっちゃん」
目立たないようにライトも付けずに、そっとその場を去ったのであった。
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