第5話 俺は勇者だ
「本来ならしかるべき場所で、しかるべき手続きの元、話すべき内容だ。しかし、何分、猶予がない」
「ちょっと待ってください! そんなの聞いてません!」
声を張り上げたのは母だ。
恐怖に顔を青くし、ワナワナと震えている。
「息子はまだ高校生なんです。スポーツも格闘技も何もした事ない、普通の男の子なんです。息子に……モンスター退治だなんて……そんな危険な……」
まるで徴兵でもされるかのような反応だ。
母は涙ぐみながら父の肩に目頭を押し付けた。
父はそんな母の背中をさすった。
田島と渡辺は少し困った顔をした後、俺にこう言った。
「ここではなんなので、ちょっといいかな?」
そう言って、玄関の外を指さした。
「あー、はい」
確かに、親の前で話すような事ではない。話しが進みそうにないし、進まなければ先が読めない。
田島と渡辺の後について、外に出ると黒塗りのリムジンに案内された。
後部座席を渡辺が開けて俺を中へと促す。
「すげぇー」
思わず声が漏れた。
足元には広すぎるくらいの空間。座席の前には小さなテーブルまで備え付けられている。しかもゴージャス!
ラグジュアリーっていうの? こういうの。
冒険者協会って金持ってんだなー。そんな事を思っていた。
田島は後部座席の俺の隣に、渡辺は運転席に座った。
「結論から言おう。君に断るという選択肢はない」
「は?」
田島は仰々しいビジネスバッグから黒いタブレットを取り出し、操作した。
スクリーンをこちらに向け、こう言った。
「これは君だね」
横にスワイプさせ3種類の動画を見せる。
シャドウスネイク戦、ヴェノムスライム戦。そして北条戦、じゃなくてラッパー編だ。
「最初はフェイクだと思ったよ。しかし、こういうのに詳しい同僚がいてね、これはエフェクトも編集もなしの取りっぱなしの動画だというんだ。それで専門チームを集めて、この動画を分析させてもらったよ」
「は、はぁ……そうですか」
「結果、やはり、これは正真正銘の取りっぱなしのムービー。君は、人ならぬ力を持っているという結論に至った」
「……だとしたら、俺もモンスターですか? 討伐対象ですか?」
田島は少し困った表情を見せた。
「我々の目的は魔女狩りではない。建設的な話をしようじゃないか。君がこの国に危害を加えるような人物だとは思っていない」
「当たり前じゃないですか。こんな力、出来る事なら使いたくない」
「どうか、我々に力を貸してもらえないだろうか?」
田島は深々と頭を下げた。
「どういう経緯で君がこのような力を持つようになったのかについては、言及しないと約束しよう。それともSSランクでは不服かな?」
田島は緩やかな笑顔を湛えて見せた。
「報酬は500万を約束しよう」
「金なんていらないっすよ。協力するのもやぶさかではない。ただ、俺は……」
「ただ……? 何だ?」
「俺は、冒険者にはなりません」
「と言うと?」
「俺は勇者だ。正式に勇者として認めてもらえませんか? そしたら、討伐でもダンジョン封鎖でも、なんでも協力しますよ」
田島はスッと背筋を伸ばして右手を差し出した。その顔には安堵と期待が入り混じる。
「へ?」
「約束しよう。君に勇者の称号を与えよう」
俺は恐々、田島が差し出した手を握った。
「マジ?」
「ああ。マジだ! 勇者誕生だ。このような場所に立ち会えて嬉しく思うよ」
運転席から渡辺が拍手をした。
「そうと決まれば、早速だが、溶岩ゴーレムについての情報を共有しよう」
「ああ、いいっすよ。いらない。やつの立ち回りも弱点も全部知ってるんで。なんなら深層部にどんなボスが待ち構えてるのかも、わかってるんで」
渡辺と田島は力強く視線を交わし合った。
「そのボスの討伐も容易いと?」
「容易くはない。死に物狂いですよ」
異世界では死んでも元の世界に戻るというルートがあった。
しかし、現世では死んだらそこでお仕舞、人生ごと終わる。
「俺が任務を果たしたら、家族はこのままそっとしておいてくれると、約束してくれますか?」
田島は真っすぐに俺の目を見つめた。
「もちろん、約束しよう」
「それと、もしも俺が死んでも、公表しないでください。異世界に召喚されたとでも家族には伝えてください」
「……わかった。約束しよう」
運転席から渡辺が振り返ってこう言った。
「私達も全力で支援する。援護隊を早急に用意しよう。必要な装備があれば何なりと言ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
渡辺が協会からの文書に手を入れたようで、新たな文書をこちらに差し出した。
そこには、こう記されていた。
依頼番号:A-001-SS
件名:富士山麓ダンジョン封鎖およびモンスター討伐
対象者:矢羽 伊吹 殿
この度、日本国内における未曾有の脅威である「富士山麓ダンジョン」の封鎖および、外部活動を続けるAランクモンスター「溶岩ゴーレム」討伐を正式に依頼する。
貴殿の能力および過去の戦闘記録に基づき、「勇者」としての適性を確認。貴殿以外にこの任務を果たし得る者はいないと判断した。
以下の事項を条件とし、貴殿に「勇者」の称号およびSSランク冒険者の資格を授与する。
依頼内容
富士山麓ダンジョンにおける外部へのモンスター出現を抑止し、被害を最小限に留めること。
溶岩ゴーレムの討伐および、ダンジョン内部のボスモンスター殲滅を目的とする。
特記事項
貴殿には「勇者」の称号を与え、国および協会がこれを正式に認定する。
貴殿およびご家族に対し、個人情報の保護および安全の確約を行う。
任務遂行中、貴殿への全面的な支援体制を構築する。必要な装備、物資、援護隊は日本冒険者協会が準備するものとする。
貴殿に万が一の事態が発生した場合、その詳細および経緯については一切公表しないことをここに保証する。
報酬
任務遂行後、正式に500万円を支払うものとする。
発行者:日本冒険者協会 緊急対策本部
「これでいかがかな?」
と、渡辺は言った。
「大丈夫です」
「では、ここにサインを」
と万年筆を渡された。
言われた通りサインをして、俺は車を降りた。
家に戻ると、赤い目をした母が玄関に立っていた。
「なんで泣いてるの?」
俺は揶揄うようにそう言って、靴を脱いだ。
「どうだった?」
そう言いながら母は涙を零した。
「断ったよ。当たり前じゃん」
「そう。よかった」
母は心からほっとした様子で俺を抱きしめた。
その時だ。
ウウウウウウウウ――――!!
耳をつんざくようなサイレンが響き渡った。
「な、なに……?」
母は動揺しながら、窓の外に目を向けた。
遠くからはパトカーや消防車のサイレンも重なり、事態が尋常ではないことを物語った。
『こちらは市役所防災放送です! 住民の皆様にお知らせいたします! 青梅三原地区にて、溶岩ゴーレムを確認しました! 直ちに非難してください。繰り返します――』
放送が終わらない内から、ズン、ズン、ゴゴゴゴゴーーーという、異様な地鳴りが響きだした。
「おっといけない。忘れ物したわ。母さん、父さん、瑠香を頼む」
俺はそう言い残し、家を飛び出した。
「伊吹ーーーー!!」
という母の叫び声が後ろ髪を引いたが、俺は止まるわけにはいかなかった。
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