第4話 ザマァみろ、矢羽伊吹
「ふははははは……」
西洋風の長剣を握りしめて、北条は淀んだ空に向かって高笑いした。
「ふはははははははっ」
ザマァみろザマァみろザマァみろザマァみろザマァみろザマァみろザマァみろ矢羽伊吹!
お前がヒーローになるルートなんて一ミリもないんだよ!
何の取り柄もない陰キャ野郎は、大人しく薄暗い部屋でシコって宿題でもしてろ。
「はっはっはっはっはっ。あー、スッキリした」
浮羽からはすっかり相手にされなくなった。
凛は自我を失くしつつも、終始、矢羽の名を呼び続けていた。
両親からは重すぎる期待を寄せられ、北条に逃げ場はなかった。
家に帰り着き、豪奢なリビングのソファにふんぞり返り、早速スマホを操作する北条篤弘。
ネットは連日、炎上していた。
Sランク冒険者の地位も名誉も地に落ちていた。
今こそ、挽回の時!
『この度はお騒がせして大変申し訳ありませんでした。一連のネットでの書き込みについてコメントいたします。全て事実無根であり、現在法的措置を考慮中であります。異世界帰りの勇者と自称していた人物につきましては、身元が割れ、本日謝罪を頂いた次第です。
真摯に謝罪して頂いたので、件の人物に関してはこれ以上の追及は致しません。皆さまもどうか曖昧な情報に振り回されないようご注意願います。私こそが本物のヒーローです!!』
伊吹の謝罪動画を添付して送信!
これでいいだろう。
もう誰も矢羽をヒーローなんて呼ばない。
あいつの情けない姿は全世界に発信してやった。
ピコン!
ピコンピコンピコン……。
早速、SNSの書き込みに反応があったようだ。
北条はスマホを操作し、通知をタップした。
『証拠の動画や写真があるのに、事実無根は草』
『法的措置? やってみろよw』
『サイテー。サイコパスやん』
『土下座させるとか正気?w』
『心から軽蔑する』
『こんな人物に一時でも心酔してた自分を殴ってやりたい』
『人を貶めるしか上がって行く方法見いだせなかったんだな、可哀そうに』
辛辣なコメントは全て北条に向けられた言葉であった。
「そ、そんな……嘘だろう?」
北条は震える指で画面をスクロールした。
『お前が本物のヒーローだったら、さっさと富士山麓のダンジョン封鎖しろよ! 俺んちゴーレムに燃やされたんだぞ!』
『法的措置とかやってる暇あったら一刻も早く溶岩ゴーレムやっつけて欲しい』
『証人だって何人もいるのに事実無根、法的措置で黙らせられるとでも思ってるのかね?』
『都合の悪い情報を事実無根とは言わんのですよ』
『脳みそ猿なの?』
『サルにあやまれ』
Side—伊吹
凛はふらりと立ち上がり、こちらに手を差し出した。
「貸して」
「ん?」
「聖剣!」
凛はそう言って、不器用に笑った。
その笑顔は、異世界で、モンスターにやられ、傷だらけになりながらも笑顔を絶やさなかった彼女の姿を思い出させた。
いつも、どんな時も元気に笑ってたなぁ。
「ああ。頼むよ」
俺は胸から剣を抜き取り、凛に差し出した。
「おおっ、相変わらず重いな。伊吹の剣は」
落っことしそうになりながら、凛は剣を大事そうに胸に抱いた。
窓から差し込む夕日に剣身を照らして、目を細める凛。
作業台に立てかけ、セーム革で丁寧に磨き始めた。
「ああ~、炎の石が欠けてるね」
「え? 本当?」
「ああ、ここ、ほら」
凛は柄に付いている赤い魔法石を指さした。
「確かに。っていうか、これって炎の石だったの?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「知らなかった。こんな所に魔法石が付いてたなんて」
「あははは~。ここに付いてるキラキラの石は全部魔法石だよ。僕が付けたんだ」
凛は笑った。
楽しそうに、あの時みたいに。
「そうだったの? ごめん。知らなかった」
「あっはっはははは~。伊吹のそういうとこ、好きだよ」
「え? あはは~」
俺も釣られて笑う。
その笑顔がなぜか沁みる。
痛々しくて、可哀そうで、俺は窓の外に視線を逃がした。
「本当は、こっちの世界では、ウン十万で売れる魔法石だけど、特別にタダで付けてあげるよ」
「本当? いいの? ダメって言われてもそんな金ないけど」
「ふふふ、いいよ。伊吹だから特別。伊吹のために昨夜から磨いてたんだ」
言いながら、慣れた手つきで凛は赤い魔法石を交換してくれた。
「これで、大丈夫?」
「きっと、大丈夫」
「ありがとう」
ふと、凛は神妙な顔を作った。
「伊吹」
「ん? なに?」
「僕、冒険者、辞めようと思う」
「そっか」
「うん。あいつの顔なんて二度と見たくないし、あいつの背中なんて守る義理ない」
「そうだな。それがいい」
俺たちはもう自由だ。
やっと戻ってこれたこの世界で、やりたい事だけを選んで生きて行っていいんだ。
凛に修理してもらった剣を胸に収めて俺は立ち上がった。
「そろそろ帰るよ。もうあいつが何かして来る事はないと思うけど、戸締りだけはちゃんとして」
「うん。ありがとう。今日は伊吹に会えてよかったよ」
「俺も、凛に会えてよかった」
本当は心の中でごめんねと言っていた。
もっと早くここに着いていれば。
俺があんな動画出さなければ。
そんな後悔が胸の中を渦巻いていて、震える拳を握った。
許せない。あいつだけは絶対に許さない。
◆◆◆
家に帰りつくと、見慣れない革靴が玄関に二足並んでいた。
ど真ん中にきちんと並べられている。
客? こんな時間に誰だろう?
「ただいまー」
と靴を脱いで上がると
「伊吹! おかえり」
と、母が慌てた様子で玄関に出迎えた。
「お客さん?」
「うん。早く、来て」
母に腕を引かれてリビングに入ると、黒っぽいスーツを着た年配の男性が二人、俺の顔を見て立ち上がった。
「矢羽伊吹君だね?」
威圧感のある口調でそう訊ねた。
その時だ。
胸に振動を感じた。同時にじんわりと熱を持ち、眩い光が放たれた。
呪符! フラグだ。
何のフラグだ?
二人の男はそれを見て、驚いた顔をしている。
「おにぃ、またひかったー」
父に抱っこされている瑠香が俺を指さす。
まずい!
魔力持ちだという事がバレてしまう。どうやって胡麻化せばいい?
「は、はい! そうです。僕は矢羽伊吹です」
遅ればせながら、胡麻化すように大きな声でそう答えた。
と同時に、呪符は点滅をやめた。
何かしらのフラグが立ったという事だ。
二人の男は再び顔を見合わせた後、少し腰を低くした。
「我々は日本冒険者協会から来ました。田島と言います」
「私は渡辺です」
それぞれ、名刺を差し出して来た。
「はぁ。冒険者協会の方が……俺に、な、なにか?」
田島と名乗った男が、胸ポケットから何やら白い封筒を取りだした。
「冒険者協会からの正式な文書です。君に、正式に依頼が出た」
「はい? 何の?」
「富士山麓ダンジョンの封鎖と、モンスター討伐だ」
「はぁ? はいぃ???」
「協会が正式に君を冒険者に任命した。適性を与える。SSランクだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺が?」
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