第3話 凛の涙 ※胸糞注意。ショッキングなシーンがあります。お気をつけください。

 小高い丘の中腹に、凛の工房はぽつんと建っていた。

 木々に囲まれ、風が吹くたびに葉が擦れ合う音が心地よく耳を撫でる。

 屋根には年月の経過を感じさせる赤茶けた瓦がずっしりと重なり、ところどころ苔がむしている。

 日に焼けた木板が並べられた 外壁は、歪みが散見されるが、不思議と廃れた印象はない。


 工房の外観とは裏腹に、鉄製の看板は真新しさを漂わせていた。

『ジュエリー工房Rin』という文字は、工房の雰囲気とはどこかチグハグで凛の人となりを思わせた。


 分厚い木製のドア。冷たい真鍮のノブをゆっくりと回す。


 ギィっと重厚感ある音が響き、扉が開いた。


「こんにちはー」

 中に向かって声を張ったが、返事がない。

「あれ? おかしいな。おーい、誰かいますかー」

 恐る恐る中に入ってすぐ、俺は息を飲んだ。


「北条!!」

 西洋風の剣を握り、こちらに勝ち誇った笑顔を見せるヤツの姿があった。

 その剣の刃先は作業台に、仰向けでぐったりしている凛の喉元に狙いを定めていた。


「ちょうどいい所に来たな、矢羽!」


「お前、正気か? 仲間に剣を向けるなんて」

 俺は絶句してる口をようやく開いて、声を絞り出した。


 凛は意識があるのかないのか、目は虚ろでその瞳は濡れているように見えた。

 作業台の上には紫色の液体。わずかに甘い匂いが漂っている。

 その匂いだけで気が変になりそうだ。


「それは……」


 凛の服は乱れていて、だらんと作業台から垂れている足は開いている。

「お前、まさか……」

「テイムポーションだよ。この女が全部ゲロったぞ」

「それで凛を操ったのか!」

 俺は一気に頭に血が上った。

「ブレイブソード」

 胸から聖剣を抜き取り、刃先を真っすぐ北条に向けた。


「殺す! お前を殺す!!」


「おっと、その前に俺がこの女を殺してもいいのか?」


「なっ!!」


「お前ら、異世界に召喚されてたそうじゃないか。針木太陽(パリピ社長)、美加護アリア、小日向凛、矢羽伊吹……お前ら、全員、魔力持ちらしいな」


 テイムポーションを飲ませて、凛から聞き出したのか。


「それがどうした?」

 その魔力のお陰で、お前はSランクまで上り詰めたんだけどな。と言いたいのをぐっと堪えた。


「強気でいられるのも今の内だぞ。この世界で魔力持ちが何を意味するか知らないみたいだな」


「…………」


「魔力持ちはすなわち、魔物と同義。お前らは討伐の対象になる。拘束され、国の管理下に置かれる。お前らを生み出した親や、同じ血を引く兄弟も同様に、討伐の対象だ」


「なんだと……」

 俺だけじゃなく、両親や瑠香までも巻き込むというのか。

 仲間達にだって、当然大切な家族がいるはずだ。

 俺はこれまでの自分の軽率で大胆な行動に、背筋が凍る想いがした。

 絶対に世間にバレてはいけなかったのだ。ましてや北条なんかに知られてはいけなかったのだ。

 アリアやパリピ社長が頑なに魔力を隠してきたように、俺もそうするべきだったのだ。


「お前の態度次第では、俺の胸に秘めておいてやる」


「取り引きか。言ってみろ」


「口の利き方が悪いな。俺に命令するな。教えてください、北条さんだろ?」

「お、教えてください。北条……さん」


「いい心がけだ。先ず、剣を仕舞え」


「わかった」


 俺は言われた通り、剣を胸に収めた。


「あの例の動画を今すぐ消せ! それから、それに関連する動画の削除依頼もだ。ネット上で、Sランク冒険者様に逆らってごめんなさいと謝罪動画を上げろ」


「わかった」


 北条はスマホを取り出した。


「今すぐだ! 今ここで俺に土下座して謝れ!」


 北条は声を裏返して、そう叫んだ。


「わかった」

 そんな事で仲間や家族が守れるのなら、容易い事だ。


 俺は、北条に言われた通り、その場に正座した。


「先ずは動画を消せ」

「ああ、消すよ」

 こんな物になんの未練も思い入れもない。

 言われるまま、その場でGTubeの動画を削除した。

 スマホの画面を北条に見せる。


「これでいいか?」


「SNSの動画の削除依頼もだ」


「わかった」


『異世界帰りの勇者です。私に関連した動画の一切を削除してください』


「これでいいか?」

 北条に再びスクリーンを向けた。


「いいだろう。それから、謝罪しろ! 地べたに額をこすりつけて、俺に土下座して謝れ! 許しを乞え!」


「わかった」

 俺は言われた通り、地べたに手を付いて、額を床にこすりつけた。


「Sランクの……冒険者様に……逆らって、ごめんなさい」


「声が小さーい! もっと大きな声でいえ。真剣に許しを乞え!」


「Sランクの冒険者様に、逆らってすいませんでしたーーーー!! どうかお許しください!!」


「よし、カメラに収めたぞ。この動画は俺がアップしておく。今後また、舐めた真似したら、お前だけじゃない。全員の秘密を世間に公表する。わかったな」


 俺は無言で頷いた。


 俺にとって、仲間や家族以上に大事な物などない。


 満足そうに去って行く北条を見届けて、俺は凛に駆け寄った。


「凛? 大丈夫か?」

 虚ろな目の凛を抱き上げる。

 朦朧とした意識のなかで、凛は俺の首に両手を巻き付けた。


「伊吹……ごめん、ね」


「どうして謝るの? 怪我はない?」


 凛はぎこちなく頷き、ぼろぼろと涙を流した。


 体を震わせている凛を抱き上げて、ソファに運んだ。

 乱れた衣服を直してやり、凛の震えと涙が止まるまで、ずっと傍にいた。

 何があったのかは聞けなかった。これ以上彼女を傷つけたくない。

 一刻も早く、心と体の傷が癒える事を願うばかりだ。


「許せない……許せないよ。あいつ殺したい」

 凛は虚ろな意識の中で何度もそう呟いた。


 そして俺は、必ずあいつを社会的に抹殺すると、心に誓った。

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