第11話 浮羽の本性

 家に帰り、パソコンの電源を入れる。

 図らずもたった一粒の種だった俺のチャンネルは、いつの間にか手に負えないジャングルのように広がっていた。

 しかしその目的はちょっとズレているんだ。

 出回っている動画は、誰か知らない人が撮影しアップした、俺がヴェノムスライムと闘っている動画だ。

 先ずは『こいつ誰だ?』『人間か?』『この動きは人間離れしてないか?』

 と言った興奮混じりの戸惑い。

 それに関連付けて、『こいつじゃないか?』といった感じで俺のGTubeチャンネルが紹介されている。


 そして、さらにそのツリーにはこんなリプライが――。


『この子たぶんパレードの日にでっかいモンスターに1人で立ち向かっていた子じゃないかな?』

『あのパレードの時、遠くから見てたけど、北条さん何もしてなかったような……』

『スーツのおじさんが短剣でやっつけたよね?』

『見た見た! 高校生ぐらいの男の子と、きれいなお姉さん二人と、おじさんがやっつけてたな』

『異世界還りの勇者こそがヒーローと呼ぶにふさわしい」

『異世界還り、推せる!』

『じゃあ、あのニュースで北条がコメントしてたのは茶番って事?』


 そして……。


『私、北条さんに薬飲ませれてホテルに連れて行かれました。異世界還りの勇者に暴露して欲しいです。証拠あります』

『え? 私も! 変な薬飲まされた! 一回きりで連絡取れなくなったよ』

『私、今でも時々連絡来るよー、ポーション手に入ったから遊ぼうーって』

『マウント乙』

『冒険者といってもまだ高校生。遊びたい盛りなんだろうな』

 といった擁護の声もあるが。

『冒険者の報酬、俺らの税金やからな!』

『北条なんてただのナルシストじゃん。もうヒーロー名乗らないでほしい』

『薬使わないと女も口説けないのか、ザコすぎwww』


 という手厳しい声もあり、北条は、勝手に自爆していく流れができていた。


 そして、俺はふと思い至る。


 これは、もしかしてフラグクラッシュの効果なんじゃないかと。

 目の前で劇的な変化は起こらずとも、じわじわと確実に北条のヒーローフラグは壊されて行く方向に進んでいたのだ。

 その代わりに、俺がヒーローになるルート?

 う~ん、それはいらないんだよな。


 チャンネルを盛り上げるためのパフォーマンスに過ぎなかった俺のラップは、全世界に向けて拡散されていく。誰かが切り取って、英語や韓国語のテロップを付けて――。


 北条に疑念を抱く民衆は、少なからずいて、皆、怖くて言い出せなかっただけだったのだ。

 俺のチャンネルがきっかけになって、堰を切ったようにあふれ出してきたのだろう。


 ツリーの動きは未だ落ち着かなくて、いかがわしいホテルで北条が小さな瓶を摘まみ上げてる画像まで出回っている。

 中身は透明の紫色。いかにも怪しげな液体だ。これが、テイムポーションというやつらしい。

 普段は押し隠している本性をさらけ出す媚薬。

 つまり、そもそも北条に抱かれた女たちは、その本性を露わにしただけの話だ。


 糸からもらったスクショで、動画は作ったものの

「これ以上は死体蹴りか。もうやめとくか」

 放っておいても、もう北条は終わる。

 なんだか急に、興味もなくなってしまった。


「伊吹ー、お客さんよー」

 階下から母の声がしたのは、夕刻6時頃の事だった。


「はーい」

 玄関に向かうと、ミルクココアみたいな色合いの、ふわふわのニットを着た浮羽が気まずそうに立っていた。


「浮羽……」


「伊吹……ごめんね。急に押し掛けて来ちゃって。電話してもなかなか繋がらなくて」


「ああ、昨日ちょっと色々あったから」


「どうしても話したい事があって。ちょっといい?」


 俺は思わず俯いてしまった。

 小動物みたいに震えているかつての恋人に、胸をかき乱される。


「うん。俺も話しなきゃって思ってた」


 そう言って、玄関の外に出てドアを閉めた。


「ネット、見たよ。あの異世界還りの勇者って伊吹でしょ? すぐわかったよ」

 浮羽は嬉しそうに頬を赤らめた。


「そっか。話ってそれ?」


「うん。なんか、私のために二人が争うのは良くないなって思って」


「ん?」


「北条君と揉めてるのって、私のせいだよね」

 なるほど。浮羽にはそう言う風に見えたのか。

 浮羽を二人で取り合っていると――。


「安心して! 私、北条君の事なんて全然好きでもなんでもないから。これからもずっと伊吹だけだから」


「は?」


「あ! ごめんね。私ばっかり喋っちゃった。伊吹の話はなんだったの?」

 浮羽は、はにかみながら自分の足元に視線を落とした。


「ああ……」


 俺の話はもう決まっている。


「俺たち、別れよう」


 浮羽は、不本意とでも言いたげに、恨めしそうな顔で俺を見上げた。

「どうして?」


 もしもこの世界に、ダンジョンなんて物がなくて、冒険者なんて物もいなかったとしても、彼女はあいつと浮気するんだ。

 俺が知っている召喚前の浮羽は、既に浮気していた。

 それが、浮羽の本性。

 教室で俺の目の前で、見せつけるように北条に身をゆだねていた。

 無自覚であったとしても、それがこの女の正体。


「…………たく……ない」


「え?」


「別れたくない」


 浮羽はそう言って大きな瞳を潤ませた。


「は? よくそんな事……」


「北条君に変な薬を飲まされたの。それで記憶も曖昧なの」


「そもそも、なんであいつに着いて行った?」


「面白い物見せてあげるって言われて」


「それが、テイムポーションだった?」


 浮羽は頷いた。


「ごめんなさい。伊吹を傷つけてしまって。北条君の事なんて全然好きじゃないの。今でも好きなのは伊吹なの。伊吹が一番、好き。だから、仲直りしよ」


「その言葉が聞けてよかったよ。けど、ごめん。俺、そんなに器でかくないんだわ」


 その時だ。


「伊吹ー!」

 糸の声がして、そちらに顔を上げた。


 糸はちらりと浮羽を一瞥して、手にしているタッパーを差し出した。


「みたらし団子作ったんだ。一緒に食べよう」


「いいねー。おいしそう。ありがとう」


「別に、あんたのために作ったわけじゃないんだからね。瑠香ちゃんが食べたいって言ってたから」


「はいはい」


「うー、寒い」

 糸は暖を取るように俺の腕にしがみついた。


「そんな恰好してるからだろう。早く入れよ」

 糸は薄いカーデガン一枚だ。


「うん……」

 糸は、浮羽に視線を止めた。

「いいの?」

 と、彼女を指さす。


 糸と浮羽は面識がないから、お互いを知らない。


「ああ、もう話は終わった」

 そう言って、糸を玄関に押し込み、浮羽に振り返った。


「それから北条との事は別に君が気にする事じゃない。俺は元々あいつが嫌いなだけだ。実力もないくせに正義感ぶって、人を見下す。そんな奴に国民の生活を守れるはずなんてない。俺が許せないのはそういう北条であって、君との事なんてどうでもいいよ。これからも勝手にやってくれ。あいつに気持ちよくしてもらえよ」


 苛立ちからなのか、わなわなと唇を震わせる浮羽。


「じゃあ、そういう事だから。わかったならもう帰ってくれる?」

 そう言い放ち、俺は玄関を閉めた。

 パタンという音と共に、胸につっかえていた物がスッと下ったような、清々しい気持ちがした。


 目の前には糸が、なぜか満足そうな笑顔を湛えている。

 玄関で靴を脱ぎながらふと思い至る。

 帰還してすぐ、糸に会った。

 そして、呪符が光った。

 あの時俺はフラグクラッシュしなかったよな?


 もしかして、糸との恋愛フラグ?


 いや、まさかなぁ……。


 糸はいつも『別にあんたなんか好きでもなんでもないんだから』って言ってるし。


 うん、ないよな?

 ないない。


・・・・・・・・・・・・・・・


ここまでお読みいただきありがとうございます。

第二章完結です。


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