第10話 適正なしのヒーロー
何がどうしてこうなった?
俺はSNSの反応を辿った。
「聖剣の勇者、トレンドになってる」
俺の反応に気圧されて、スマホを操作していたパリピ社長がぼそりと、そう呟いた。
「すごいです! 伊吹がヴェノムスライムを退治している動画が出回ったようです」
アリアが興奮気味に声を上げた。
「誰が撮ったんだろう?」
「私が子供広場に行った時、伊吹は数人の人に囲まれていました。目撃者は多かったと思います。誰かがカメラを回していても不思議ではありません」
同時に、俺は観念した。
「終わったな……」
こんな動画が出回ってしまっては、もう逃げられない。俺は警察に掴まってブタ箱行きだ。
「ん? 何が終わったって?」
パリピ社長がネクタイを締めながら訊いた。
「適正なしの人間がモンスターを狩る事は、法律違反なんすよね? 俺、警察に掴まりますよね?」
「それなら心配いりません。それはダンジョン内での事です。ダンジョンから出て来たモンスターに関しての法律は、まだ整備されていません」
アリアが得意げに笑顔を湛えた。
「そうそう、だから警察が君を捕まえる理由はない」
「え? じゃあ、外に出て来たモンスターはガンガン狩っていいって事?」
二人は同時に深く頷いた。
「功績が認められれば、適正だって与えられるかも知れないぞ」
「けど……」
俺は一つ心配な事があった。
「けど、なんだ?」
パリピ社長が俺の顔を覗き込む。
「紅炎剣の炎が途中で消えたんだ」
俺の力は弱くなってるかもしれない。他のスキルは試してないけれど。
「地球に順応して弱くなってるって事か?」
「ええ、威力はそのままだったけど、最後の最後で消えた」
「凛に一度見てもらったらどうだ?」
凛は異世界でドワーフとしての仕事を与えられていた。
元々アクセサリー職人で、異世界では俺たちの武器のメンテナンスもやってくれていた。
「そうです! 凛さんは魔石の加工場から廃材をもらって、魔宝石を作って販売してます。凛さんなら聖剣の力を戻す事ができるかも知れません」
「魔法石?」
「魔法石はただの人間にはアクセサリーにしかならないが、元々魔力を持ってる者が持てば、不思議な力を発揮する」
そう言って、パリピ社長は小指に付けた指輪を見せてくれた。
中央にはめ込まれた石は透明なのに、銀色に輝いている。
「これで、異世界にいた時のように、精霊を呼び寄せる事ができるようになった」
「ええ??」
「私も、凛さんに作ってもらいました」
アリアは胸元から細いチェーンを手繰り寄せて、ペンダントトップを見せた。
ブルーの石が照明に反射してキラキラしている。
「この石のおかげで、モンスターの情報を視覚化できるようになったのです。視界の端にステイタスウィンドウのようなものが見えるようになって」
「へぇ、それ便利だな。具体的にどんな情報が見えるんだ?」
「モンスターのレベルや、属性、弱点などです。あとは行動パターンが簡略化されたアイコンで表示されます」
「マジか。すごいハイテクなアクセサリーだな。俺も凛に頼めば作ってもらえるのかな?」
「勘違いするな。石は特別な力をくれるわけじゃない。本来持ってる力を最大限に引き出す役割があるんだ。これは俺の推論だが、恐らく地球上で不必要な力は退化する。しかし、必要な力は進化する。俺の回復魔法が退化したのも、この医療が発達した地球上では、あまり必要ないからなんじゃないかと思う」
「じゃあ、俺の紅炎剣も?」
「必要なら、凛の魔法石が力になるはずだ」
女神は、要不要に関わらず、スキルがどうなるかは運ゲーだと言っていた。現時点では必要にも関わらず弱っている可能性もあるって事か。
「素朴な疑問なんですけど、この地球上に不思議な力を与えられたのは俺たちだけなんすかね?」
「いや、もう一人いる」
パリピ社長の表情は、正に異世界にいた時の僧侶のそれで、とても険しい。
「もう1人?」
「とてつもなく大きな魔力を持つ、邪悪な魔物の存在を、精霊が教えている」
「邪悪な存在……。もしかして、魔王クロノス?」
パリピ社長は頷く代わりに、俺の目を真っすぐに見据えた。
「クロノスは恐らく、元は俺らと同じ人間の可能性が高い」
「え? どうしてそんな事がわかるんですか?」
「なぜわかるのかは、俺にもわからん。けど勘と言うよりは確信に近い。人間の形をした魔物は、必ずこの地球上のどこかにいる。俺たちの戦いは、まだ終わってないんだ」
「魔王討伐はむしろ、これからなのです」
アリアも同じ目で俺を見据えた。
俺は、そう言われても尚、魔王討伐に関しては気持ちが乗らなかった。
そもそも俺の異世界での目的は、地球に戻る事だったのだから。
異世界を救おうなんて正義感などなかった。
大切な仲間を守る事。
長男として、父を失った家族を支える事。
それだけが俺の大事な使命だった。結果的に父はいきていたのだけれど……。
今もその想いに変わりはない。
「凛の所へは、今度行ってみます。俺はそろそろ帰らないと、妹や幼馴染が心配してるかもしれないから」
俺はそう言いながら服を着た。
「そっか。またな」
「はい、また。ヒーリング、ありがとうございました」
「ああ」
「アリア、助けてくれてありがとう。また学校で」
「はい。ではまた」
一方その頃。
北条篤弘は、自宅の高級マンションのリビングで、スマホ画面をじっと見つめていた。
大理石の床に革張りのソファ、豪華なシャンデリアが煌めくその部屋の中で、苛立ちに満ちた険しい表情を浮かべている。
北条の視界には、『聖剣の勇者』というトレンドワード。それに関連するたくさんの投稿が映る。
目にも止まらぬ速さで動き回るヴェノムスライムに、炎を纏った剣を確実にヒットさせていく得体の知れない男。
その動きに一切の無駄はない。
「誰だ? こいつ……。は? 矢羽? はっ、まさか」
ダンジョン深層部でネクロドラゴンを討ったのが、遠い過去にように感じる。
あの時は、あんなに素早く力強く動けたのに、パレードの時には、たかがシャドウスネイクに足がすくんだ。
なぜか体が、金縛りにでもあったかのように、全く動かなかったのだ。
なぜだ?
「篤弘様」
豪奢なリビングに、一人の男が入ってきた。北条の専属マネージャーの宮田である。
「なんだ?」
「冒険者協会から新しい依頼が届いております」
宮田はタブレットを差し出した。
クエスト名:富士山麓地下迷宮の封印
依頼主:日本冒険者協会
危険度:推定Aランク
対象モンスター:溶岩ゴーレム(複数)
報酬:300万円
概要:富士山麓にて新たなダンジョンが発生。周辺で溶岩ゴーレムと見られる危険なモンスターの目撃情報が相次いでいる。ダンジョンの拡大が続けば、観光客や周辺住民に甚大な被害を及ぼす恐れがあるため、早急に討伐および封印せよ。
「はぁ? 青梅三原ダンジョンだってまだ封印出来てないのに、新たなダンジョン攻略だと? Aランクなら他の冒険者にやらせればいいだろう」
「では、お断りするという事で、よろしいですか?」
パレードでの失態は、思いの外、北条にダメージを与えていた。
リビングのディスプレイウォールに仰々しく掲げられている剣が、今は鉛の塊にしか見えない。
大理石の床に足を叩きつけるように立ち上がった。
天井近くまである大窓に目をやる。窓の向こうには夜景が広がっているが、視線は焦点を結んでいない。
苛立ちに任せて、握り締めた拳を震わせていた。
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