第9話 命の危機※ちょっとエッチなシーンがあります。お気をつけください

 Side—アリア


 静まり返った部屋に、伊吹の荒い息遣いが満ちている。

 額に置いたタオルはすぐに熱を持ち、何度も冷たい水に浸しては絞り直す。

 伊吹の湿り気を帯びた、柔らかそうな黒髪をそっと指で梳いた。

 少し意識を取り戻しては、また闇へと落ちていくみたいに深く瞼を閉じてしまう。

 鎧のような筋肉を纏った屈強な体でさえ、こんなにも衰弱させてしまうヴェノムスライムは、やはり異世界よりも危険度が増していると言わざるを得ない。

 一刻も早く何とかしなければ。


 いや、それよりも今は伊吹の回復が先。


 そっと布団を捲り、パーカーの裾を捲り上げて、脇に貼ってある湿布を確認すると、既にカピカピに乾いている。

 やはり、服は脱がせた方がいいかもしれない。

 その方が体温調節しやすいはずだ。

 彫刻のような美しい肉体を前に、アリアの心臓は、どっくん、どっくん、と脈打つ。

 パーカーの袖から腕をそっと抜き、頭を通過させる。

 続いて、ジーンズのベルトを外し、そっとずり下ろす。

 鼠径部に貼った湿布も、もうカピカピになっている。

 できるだけ見ないようにして、湿布を張り替えた。

 途端、一気に熱が引いたのか、伊吹はガタガタを震え始めた。

 顔は青ざめて、唇は紫色だ。


 危険だ!


 これは、命が危ない!



 ◆◆◆


 Side—伊吹

 チュンチュンと小鳥のさえずりが耳に流れ込んで来る。

「んっ、んーーー」

 俺は生きてるのか? 死んだのか?

 とても寒かったような気がするが、今は体全体を柔らかな温もりが包み込んでいる気がする。


 視界の先には白い壁。


 そうだ。ここは確かアリアの部屋だ。

 まだ朦朧とする脳と視界では、自分の状況が上手く呑み込めない。


 ただ一つだけ。

 背中から柔らかい人肌を感じる。

 まるで命を吹き込まれているかのような、鼓動がある。


 柔らかな温もり……。


 え? 俺、裸じゃね?


 もしかして、これって……。


 雪山とかで遭難した時、男女が裸で温め合う、アレじゃないか?


 ここは、アリアの部屋。という事はこの温もりは……。


「伊吹? 目が覚めたのですね」


 背後からの声に俺は、ぎゅっと体が縮こまる。


 アリアは裸になって、俺を一晩中温めてくれていたのか?

 思わず目を閉じて、寝たふりをキメる。

 安心してください。パンツは履いています。


「あれ? さっき目を開けたような気がしたのですが?」


 肩にさらりと髪の感触が撫でた直後、更にぎゅうっと抱きしめられる。


 アリア――。

 もしやとは思っていたけど、君はやっぱり、俺の事……。


「おかしいな。もう熱は下がってるんだけどな」


 ――ん?


 至近距離で、おっさんの声がした。


「もうちょっと抱きしめておくわ」


 そして、更に力が加わり、体がミシっと音を立てた。


「は、はぁーーー??」

 思わず叫びながら振り向いた。


「おお! 伊吹くぅん、顔色よくなったじゃない、心配したよ」


 素っ裸でベッドに横たわり、立てた腕に頭を乗せる銀髪のおっさん。


「パリピ社長ーーー、なんで?」

 俺は不機嫌を隠しきれない。しかし胸元は布団で隠した。


 一晩中、おっさんに抱かれていた。

 しかも裸で、だ!

 その背後にはアリアが赤い顔を隠すように、掌を頬に当てている。


「とても、危険な状態だったので、パリピ社長を呼びました。回復魔法をかけてもらおうと思って」


「えーー? 回復魔法ってこんなんだったっけ?」


「なんつーかほら、環境の変化で、魔力も弱くなってるんだよ。手をかざすだけじゃ地球こっちでは足りなくてな。何かあったらいつでも抱いてやるから遠慮せずに俺を呼べよ」


 社長は、パンっと起き上がり、こちらにお尻を向けてパンツを履いた。


 俺は思わず自分の肛門を確認した。


「大丈夫だ」


「ん? なにが?」

 そう言ってお尻を突きだしたまま、こちらに振り返った。


「いや、何でもないっす」


 この回復魔法は、絶対に現場では使えないだろ!


 地球でのモンスター退治は前途多難だな。


「伊吹、そう言えば昨夜からずっとスマホが鳴りっぱなしでした。充電しておきました」

 アリアはそう言って、俺のスマホをこちらに差し出した。


「あ、ありがとう」

 受け取って、通知を確認すると――。


「なんだこりゃあーーー!!」


 おびただしい数の通知は、GTubeやSNSだ。


 一体どうなってる?


 急いで通知をタップしてみると――。


「あー、あわ、あわわわわ……」


 俺のチャンネルがバズり散らかしていた。

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