第7話 ヴェノムスライム
「伊吹、野菜洗って」
「へいへい」
「あ、レタスは手でちぎって」
取り出した包丁を元に戻してレタスをちぎる俺。
瑠香はおもちゃのパソコンをタイピングしながら、架空の相手とビデオチャット中である。
「おはよ~、みんなそろったかしら? じゃあはじめましょう。まず、いとう! きのうのほうこく」
女上司設定らしい。パソコンはおもちゃなので、もちろんどこにも繋がってない。
ただの子芝居だ。
そんな様子にクスクス笑いながら、俺と糸は朝食の準備に勤しむ。
「もしも、もしもだよ! 私達、結婚したらこんな感じかな?」
糸がいきなりそんな事を言いだすから、俺の背筋はぞぞぞぞっと悪寒を走らせる。
「な、なんだよ、急に……」
「なっ、なによ、別に、あんたと結婚したいとか言ってるわけじゃ、ないんだから……、もしも! もしもの話よ。万が一! 100万、いや、一億万が一よ」
糸はパンケーキの生地をこねる手を速めた。
「それよりさぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「ん? 頼み? なによ」
俺は一瞬、チラっと瑠香を見た。
「ちょ、ちょー、ちょっとちょっと! そのせーかはエグいて。ハイ、みんないとうにはくしゅー、パチパチパチパチ」
こちらには目も暮れずに上手に遊んでいる。
「北条に変な薬飲まされて、やりすてられたって子がいるって言ってたじゃん?」
こんな話、瑠香に聞かれるわけにはいかない。
「ああ、うん」
「その人たちに、会わせてもらえないかな?」
「え? どうして?」
「あのGTubeチャンネルで、暴露するんだ」
「え?! 本気?」
「ああ、本気」
「それなら、会わなくてもその証拠ならあるよ?」
「どこに?」
「クラスのグループチャットで写真付きで女の子たちの証言があるよ」
「マジ?」
「うん、マジ。北条にやられたってマウントの取り合いかのようにグループチャットにたっくさん。もしかして、伊吹も彼女寝取られちゃったの?」
「ぐぬっ」
「それで仕返し?」
「げほげほっ」
「男って本当バカ。そんな女放っておきなさいよ。後になってやられちゃったとか被害者かのように吹聴したって、心の中では喜んでるのよ。伊吹の彼女だって、免罪符のように同意はなかったって言い出すんでしょうけど」
「浮羽はそんな女じゃない」
と、信じたい。
「あれは絶対、変な薬で自我がなくなってた。そういうのだってダメだろう! だから俺が暴露してやるんだ」
「テイムポーションだっけ? そんなの使って女の子と遊んでる冒険者なんて北条だけじゃないわよ」
「え? そうなの?」
「そうよ。日本に数千人いる冒険者、全員敵に回すかもしれないけど、いいの?」
「ああ、いいよ。それに、北条の悪事はそれだけじゃない。むしろそんなのは些細な事だ。あいつはもっと卑劣な事してる。女遊びは序章だよ、序章」
「そう。覚悟があるなら後でスクショ送ってあげる。動画にするならくれぐれも、女の子の素性はバレないようにしてね」
「わかってる」
「それに、あのチャンネルで伊吹が暴露したところで、何のダメージもないからね」
「は? なんで? そんな事ないだろ」
「チャンネル登録者数、見た? 5人よ、5人! そのうちの1人、私だからね!」
「そっか。根本的な事を忘れてた」
「先ずは、登録者数増やさなきゃ」
糸は、煙を上げるフライパンに、じゅわーっと生地を流し込む。
甘ーい匂いが部屋を満たした。
◆◆◆
「ふわぁー、今日はいい天気ねー」
朝食を食べ終わり、ささっと準備を済ませ、俺たちは瑠香を連れて、いざ子供広場へと向かう。
俺は糸の指示で、昨夜着ていた黒のパーカーを羽織った。
これを俺のトレードマークにする事にしたのだ。
フードを被ると、顔も半分隠せるし、暴露系の雰囲気が出る。
俺は瑠香の手を引き、糸はスマホのカメラを回す。
「今ぁ~~~、わたしのぉお~~、ねがぁぅいごとぅがぁ~、かなうぅなぁらヴぁ~」
俺の完璧な歌声が、澄んだ空に吸い込まれる。
本当は歌ってみた、みたいな事がやりたかったんだが、機材揃えるのにも膨大な金がかかる。
糸が言うには、何気ない日常での一コマがいいんだと。
あまり気乗りはしなかったが、歌いだすと周りが笑顔になるのだから気分も晴れる。
「おにぃ、じょーず」
瑠香が手を叩く。
糸はうっとりしながらスマホのカメラを回す。
こんな動画も悪くない。
「さて、着いたわ」
15分ほど歩いたら、あおあおとした芝生が広がる公園にたどり着く。
すっかり色づいた紅葉をバックに写真を撮ったり、お弁当を広げるカップルや子供連れで賑わっていた。
「瑠香ちゃん、滑り台行こうか!」
糸が瑠香の手を取った。
「あれ、なぁに? かわいい」
瑠香が噴水の方を指さす。
噴水の周りの貯水池にはなにやら水風船のような、カラフルな丸い物が浮かんでいて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。大小さまざまな紫に赤にピンク。
飛び跳ねては着水を繰り返す。
「へ? かわいい。なんだろう?」
糸がそちらに歩いて行こうとした。
「待て!」
俺の人生は不運続きだ。
だからわかる。
俺が行く先々には不運が待っている。
「ヴェノムスライムだ。絶対に触るな!」
「ヴェノムスライム? 何それ? モンスター? 教科書には乗ってなかったと思うけど」
「ずかんでもみたことないかしら」
瑠香が俺のパーカーの裾をぎゅっと握った。
「猛毒を持ったスライムだ。触っただけで大人でも重傷。子供はひとたまりもない。帰るぞ。すぐに警察と消防に連絡だ」
俺は大声を出した。
「モンスターだ! モンスターがいる! 全員急いで非難しろ!」
「え? モンスター? どこ?」
広場内にいた人々はキョロキョロしながら、蜘蛛の子を散らしたように散らばり出す。
「噴水に近付くな! そのスライムに絶対触れちゃダメだ」
その時だ。
ヴェノムスライムがぴょんぴょんと跳ねながらこちらに向かって来た。
「しまった」
黒だ。やつらは黒い物に反応して襲い掛かる習性がある。
俺の黒いパーカーに反応してこちらに向かって来ているのだ。
瑠香の髪には黒いリボン。
俺は急いで瑠香の頭からリボンをもぎ取った。
が、遅かった。ぴょんぴょんと愉快に飛び跳ねるやつらに、取り囲まれてしまった。
この可愛らしい見た目で、警備の目をかいくぐってここまで来たのか?
こうなったら仕方がない。
正当防衛だ。ブタ箱にぶち込むならぶち込め。俺は命をかけて瑠香を守る!
「ブレイブソード」
胸から聖剣を出して、天に突き上げた。
「紅炎を纏え! 全てを焼き尽くす炎よ、覚醒せよ!」
剣身が、メラメラと赤い炎を纏った。よし、使える!
ぐるりと炎で結界を作った。
「ここで待ってろ。糸、瑠香を頼む」
「へ? ちょ、これ何?」
自分達を取り囲む炎のサークルを見ながら、糸が恐怖に青ざめる。瑠香を守るようにぎゅっと抱きしめた。
「安心しろ、結界だ。この中にヴェノムスライムは入れない。奴らは火が怖いんだ」
そう言い残して、俺は炎を飛び越えた。
地球の環境で、変異していない事を祈る。
「かかって来い、Eランクの毒虫!」
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