第6話 勇者、顔真っ赤
次の日。
チュンチュン……と小鳥がさえずる音を夢の中で聴いていた。
チュンチュン、チュチュチュ……ドンドンドンドンドドドドド
小鳥のさえずりはやがて、けたたましい足音に変わった。
「ん? んっーーー」
自分の唸り声。と同時にバンっとドアが開いた。
「ふごっ! な、ななな? モンスター? モンスターか?」
一瞬、心臓から先に飛び起きて、ここがどこなのか分からなくなる。
心臓のバクバクを呼吸で整えながら顔を上げると、そこには興奮している様子の糸がいた。
「糸かぁ、びっくりさせんなよ~」
「はぁはぁ……伊吹! ちょっと、これって何? これ、あんたでしょ? おすすめに出て来たんだけど!」
糸が差し出したスマホの画面には、挑発的なビートに乗って、キレキレのラップを披露している俺がいる。
昨日、配信した動画のアーカイブだ。
我ながらいい声色だ。
――俺の剣 火を吹く お前の剣 切れる?
くぅ~~~、かっこいい!
自然発生的に出て来たリリックだが、底知れぬ才能を感じる。
これ俺? マジか~。
「俺、天才じゃない?」
糸はベコっと俺の頭をはたいた。
「イテ! 何すんだよ!」
「やっぱり伊吹なのね。コメント欄見て見なさいよ」
「あ、ああ。再生回数は1280。まぁまぁ、か?」
「何呑気な事言ってるのよ! コメントは大炎上してるじゃない!」
「ふぇ?!」
『なんかすごいの出てきたな』
『異世界帰り乙www』
『高校生?』
『これは不治の中二病? 我々には救えぬ物じゃ』
『俺がこれぐらいの年の時にネットがなくて本当によかった。決して消えない黒歴史を刻むとこだったw』
『聖剣の勇者、今頃顔真っ赤』
『夜の魔物は退治できなかったみたいだな。朝に後悔するパターン』
『夜は早く寝るに限るぞ、フラグクラッシャー』
「げっ! すげー恥ずかしい、どうしよう俺、やっちまったわ」
文字通り、急に顔が熱くなってきた。
歌うまはラップだと伝わりづらい……。
「本題はその後よ!」
糸に言われて続きを目で追う。
『しかし編集技術はすごいな。さすがZ世代だ。編集の痕跡が全然わからん』
『本当に胸から剣が出たり入ったりしてるみたいに見える』
『どうやって編集してんだろ? ソフト何使ってるんですか?』
『俺の動画も編集お願いしたい。報酬は弾むよ!』
「編集なんてしてねぇよ」
「その後よ! 」
『まぁ、いきなりダンジョンなんて物ができるんだから、我こそは異世界帰りの勇者ってやつが出て来てもおかしくない』
『個人的に色々話聞いてみたい』
『Sランク冒険者の北条をディスってるみたいだね』
『北条に彼女を寝取られたのかな?』
『俺も北条に彼女寝取られた、ナカーマw』
「お! 仲間いた!」
「行き過ぎ! その前よ!」
「何? はっきり言えよ。俺は今起きたところで頭もあんまり回ってないんだよ!」
「異世界帰りの勇者ってどういう事?」
「あ~、それか」
別に糸には言ってもいいかも。どうせ胡麻化しきれない。
「俺、異世界に召喚されてたんだ。それでモンスターとか魔王と闘ってた?」
「はい?」
「3年ぐらい向こうでイモムシ食いながら、仲間たちと」
「ぶひゃひゃ、ちょ、ちょっと待って、受けるんだけどぉ、うひゃっひゃっひゃ」
糸はお腹を抱えて笑った。
「おい! 笑う所じゃないぞ!」
「そ、そんな……漫画みたいな事、うっひゃひゃひゃひゃ、あるわけ」
パンパンとお腹を叩いて、転げまわって笑った。
「あるんだよ!」
俺は、胸に手を当て「ブレイブソード」と、聖剣を取り出した。
「ほらね」
「へ? 何? 今どうやって出した?」
「これは融合魔法っていって、勇者にだけ与えられた力なんだ」
糸は目を丸くして、恐々聖剣に手を伸ばした。
「重いぞ」
言いながら持たせた。
「うわっ、何これ。持てない! 重たい……」
俺は今にも落っことしそうな糸の手から聖剣を取り戻し、クルクルっと回して見せた。
「ダンジョン深層部にいるモンスターは、恐らく強い魔力を持っている。この聖剣じゃないと倒せない。もっとも、異世界にいた時のままの力がそのまま残っていればの話なんだけど……」
女神は運ゲーだと言った。
「まだ試してないから、この世界でどれほどの力を発揮するのかわからないんだ」
糸は更に目を丸くしてパチパチとゆっくり瞬きをしている。
「じゃあ、伊吹は本当に……?」
「ああ、3年異世界にいたんだ」
「へ……でも、伊吹、ずっと一緒にいたよ?」
「ああ、家の前で糸とぶつかったあの瞬間、俺は異世界に召喚された。召喚っていうと分かりづらいかもしれないな。突如、別次元に飛ばされたんだ。その時、女神に言われたんだ。魔王を倒せば元いた場所、元いた時間に帰すって」
「それで? 伊吹は魔王を倒したの?」
「う~ん、それなんだよな。倒したつもりなんだよ。そして俺は元の世界に戻された。けど、現世は俺の全然知らない現世になっていたんだ」
「どういう事?」
「召喚前に俺がいたこの世界には、ダンジョンなんて影も形も存在しなかった。それなのに、この世界には3年も前にダンジョンが出来ていたんだ」
「伊吹が異世界に飛ばされたのが3年前。ダンジョンが出来たのも3年前……か」
糸は斜め上に視線を向けながら、立てた人差し指を顎に当てた。
「あ、そうだ! 3年前って言えば……親父が死んだのも3年前だ」
「え? おじさん? 死んでないよ。生きてるじゃん!」
「そうなんだよ。生きてるんだ。でも、俺が知ってる現世では確かに3年前、事故で死んだんだ。おばあちゃんを助けて身代わりで死んでしまった」
「へぇーーー、不思議だね」
「そうだね」
「そのおばあちゃんの名前とか知らないの?」
「あ! 知ってる。確か……米永栄子さん」
その時だ。
ガチャっと部屋のドアが開いた。
「伊吹。起きてるか?」
噂をすれば……。
「あ、と、父さん……」
「おじさん、おはようございます。お邪魔してます」
糸が丁寧に頭を下げた。
「おはよう」
ニッコリと応える。
なんだかまだ父のいる暮らしに慣れずに、俺はぎこちなくなってしまう。
「父さん、急に仕事が入ってな」
「そう、週末なのに大変だね」
「母さんは急遽町内会の集まりがあるとかで、出かけたんだ」
「そっか。モンスター対策か何かかな?」
「ああ、パレード会場の後片付けもあるらしくて。瑠香の事、頼めるか?」
「ああ、はい。もちろん」
父はにっこりと口角を上げて「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」と言って去った。
俺は得体の知れないモヤモヤをかき消すように頭をクシャクシャと掻きむしる。
「どうしたの? 伊吹」
「いや、なんなんだろう? 父さんなんだけど、父さんじゃないような、変な違和感があるんだよ」
「どこが?」
「どこがって、上手く言えないんだけど」
「偽物って言いたいの?」
「おにい、おなかすいたかしらー」
瑠香がパジャマのまま入って来た。
「ああ、朝飯にしようか」
「私、作ろうか」
と、糸が立ち上がる。
「わぁい! るかはパンケーキがいい!」
「よ~し、じゃあパンケーキ食べて、子供広場でも行こうか!」
「わぁーい!」
こども広場なら青梅三原ダンジョンとは反対方向だ。
モンスターがダンジョンから出てきたとしても、途中で発見されて騒ぎになり、警察や消防も動き出すはずだ。
問題ない。大丈夫だ。
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