第5話 歌うまスキル発動

「おいおい、どうした瑠香? おいで」

 抱き上げて、ソファに座った。

 瑠香は俺の胸に顔を埋めて、まだ止まらない涙と鼻水を俺のトレーナーになすりつけた。

 その仕草だけで、俺は胸が締め付けられる。


「母さんも先生から聞いただけでよく知らないんだけどね、昨日の事を保育園でお友達に話したみたいなのよ」


 それは保護者のお迎えを待つ子供たちがはしゃいでいる、園庭での事だった。

 瑠香はいつものように、仲良しのお友達、ハナちゃんと、ゆうや君と、まさと君と一緒に母のお迎えを待っていたのだという。

「いま、ここにさぁ、モンスターでてきたら、どうするぅ?」

 お調子者のゆうや君が、お友達をビビらせる。

「こわいこわーい」

 ハナちゃんが泣きそうに両手で自分を抱きしめる。

「だいじょうぶだよ、Sランクぼうけんしゃがまもってくれるよ」

 まさとがハナちゃんの肩を抱いた。

「るかはおにいちゃんがいるからだいじょうぶ!」

「るかちゃんのおにいちゃんもぼーけんしゃ?」

 とゆうや君が訊いた。

「ちがうよ。でもるかのおにいちゃんは、ぼーけんしゃよりつよいのよ。きのうだってモンスターをやっつけたのよ!」

 意気揚々と、昨日兄から聞いた話を披露した。


 現世にはまだ勇者はいない。冒険者が最高ランクのヒーローなのである。


「えぇーっ、それぜったいうそじゃん!」

 声を上げたのは、まさと君だ。

「ニュースででてたの、ほーじょーだろ? ぼーけんしゃだろ! テレビにうつってたもん!」

 周りの子供たちも「そうだよ!」「うそつくな!」「いちばんつよいのはほーじょーだろ」「ぼーけんしゃだろ」と一斉に声を上げる。


 確かに昨夜のニュースは北条で持ち切りだった。


「うそじゃないもん! おにいちゃんがせーけんでたたかったんだもん」瑠香はムキになる。

「せーけん? せーけんって聖剣のことか?」

 瑠香にはよくわからなかったが「たぶん、そうかしら?」と答えた。

「うそつけー! じゃあさ、その聖剣みせてみろよ!」


「ぶっ!! ゲホゲホッ!!」

 思わずむせた。


「な、なんだよ聖剣って。言っただろ? 聖剣っていうのはイメージだって」

 瑠香の顔を覗き込む。


「ヒック、ヒック……イメージってなに?」


「……。まぁいいや。それで?」


「お友達から、更なる総攻撃を受けたらしいの。嘘つきだって。もう瑠香とは遊ばないって」


「なんだとー! そいつらここに連れて来い! お兄ちゃんがぶっ飛ばしてやる!」


 俺は思わずソファから立ち上がり、吠えた。


「まぁまぁ、そんなに熱くなりなさんな。子供のいう事だし、伊吹がモンスターやっつけたっていうのは確かに間違いなんだから。それに聖剣なんて物もないんでしょ」


「うっ……」

 一瞬言葉に詰まった。あるんだよ、母さん……。


「しかしだな! 北条が倒したっていうのはそれ以上に間違いだ! 嘘八百だ! どちらにしたってあいつはヒーローなんかじゃない。ただのお飾り、父親の操り人形だ」


「伊吹! やめてちょうだい、瑠香の前で」


「へいへい」


「おにいはうそついてないでしょ。ほんとうのヒーローはおにいでしょ」

 瑠香が顔面を押し付けた首元が、柔らかくてくすぐったい。


「しかもね、先生にまで言われたのよ。あまりいい加減な事を子供に吹き込まないでくださいって。子供が混乱するのでって」


 母は少し不満げな顔をした。


 何がいい加減だって言うんだ!

 瑠香が話した事が真実だ!

 真実を捻じ曲げているのは腐った大人たちじゃないか!


 というわけで、俺は猛烈に怒っている。

 人の手柄を横取りし、純真無垢な子供まで巻き込み、全国民を騙しているエセランク冒険者なんかに、国民の生活を守れるはずなんかない!。

 俺はひっくひっくと涙が治まらない瑠香の髪を撫でながら、一度はやめようと思っていた計画を実行する事にした。


 夕飯の後。


 俺は自室に入り、パソコンを立ち上げる。

 今や全世界の民が情報収集の場としている動画サイトGlobeTube略してGTube

 にアクセスした。

 テレビや新聞、週刊誌は信用できない。嘘ばっかりだ。

 GTubeこそが真実を伝えるメディア。

 配信なんてやった事はないが、誰でも気軽に情報を発信できるのがGTubeだ。

 俺にだってできるだろう。

 というわけで――。

 女神がくれたポンコツスキルを使う時が来た。

 配信ボタンをクリックする。

 カメラ位置を確認して。

「んほん」

 と喉を鳴らす。イメトレなら完璧。

 黒いパーカーのフードを目深に被り、ヘッドセットを付けて、配信スタートだ!


 昨日から考えてた。

 このスキルを使えば、俺はとんでもない発信力を手に入れる事ができるんじゃないかって。

 その発信力を手に入れて証明してみせる。

 嘘吐きは瑠香か、ニュース記事か。


 俺が瑠香の仇を取ってやる。

 ヤツの化けの皮を剥いで、民衆の前に晒し上げる!


 北条を俺のディスでキル!


 チュクチュクチュクチュク……

 挑発的なビートを流す。

 胸に手を当て「ブレイブソード」。

 聖剣を吸い寄せ、ぎゅっと握りしめ、カメラに向けた。


 チュクチュクチュクチュク……


 Yo・・・ Yo・・・


 よく聞けそこのSランク冒険者

 俺は大凶 寝取られ 適正なしの脱落者

 異世界帰り聖剣の勇者

 ストーリー操るフラグクラッシャー


 俺の剣 火を吹く

 お前の剣 切れる?

 俺の主食 巨大イモムシ

 お前の好物 ヤクで決めたビッチ


 俺の胸には数々のスキル

 お前はポーションでビッチをテイム

 俺はこの剣で時間断絶

 お前Sランク? Ha! 笑わせんなトイザらス


 お前のヒーローフラグは俺の手中

 Hey Hey This spineless punk!


 画面にビシーっと剣先を突きつけた後、胸に添える。

 スッとに体に融合させ、カメラをオフ。


「ふーっ、緊張した」


 これはビーフじゃねぇ。宣戦布告だ!

 風に乗るタンポポの如く、空に舞い上がり、地に根を張れ、俺のリリック!


 これで終わりじゃないぞ。


 これからだ!

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