第4話 偽物ヒーロー
シャドウスネイクに喰らった一撃は、けっこう効いていて、俺は足を引きずりながら家へと帰った。
リビングに入ると、ソファの上で瑠香は眠っていて、その隣で糸がスマホを眺めている。
外はもう夕日が街を包んでいて、一瞬の出来事だったかのように思われたシャドウスネイク退治は、およそ2時間も要していた事を思い知る。
たかがCランクとはいえ、武器やスキルを使わずに戦うのはけっこうキツイ。
今後、あんなのが街を跋扈し始めたら……。
おれは異世界での記憶を辿っていた。
世界は闇に包まれて、動物も植物も繁殖しない。モンスターに支配された世界。
このままではいずれ、この世界は滅びる。
「おかえり伊吹。怪我?」
糸は眉をひそめて険しい顔をした。
「大丈夫だ。大した事ない。それより、ありがとう。助かったよ。糸がいなかったら、瑠香を危ない目に遭わせるところだった」
糸は頬を赤くして、首を横に振った。
「べ、別に……瑠香ちゃんは私にとっても妹みたいなもので、別にあんたのためとかじゃないんだからね!」
「ふふ、いつもの糸だな。ありがとう」
「な、なによ、うるさいわね。それより、モンスターがパレード会場を襲ったのが、もうネットニュースになってたわよ」
「本当? 早いな」
「うん、ほら」
糸はそう言ってスマホの画面をこちらに向けた。
【速報】青梅三原パレードでモンスター出現! Sランク冒険者・北条篤弘氏が討伐に成功
今日の午後、静岡県青梅三原市で開催されたパレード会場に、突如としてモンスター『シャドウスネイク』が現れ、一時騒然となった。シャドウスネイクは全長約5メートルの蛇竜属のモンスターで、高速で移動し人を襲う事もある危険なモンスターだ。
特設ステージの裏から姿を現したシャドウスネイクは、観客や会場の設備を襲い始め、現場はパニック状態に陥った。しかし、現場に居合わせたSランク冒険者・北条篤弘氏が冷静な判断で対処し、剣で一振り見事討伐に成功した。
目撃者によると、北条氏は圧倒的なスピードでモンスターを翻弄しながら、一撃で仕留めたという。観客の間では「本物のヒーローだ」「さすがSランク冒険者」といった称賛の声が上がった。
「突然の事態で驚きましたが、皆さんの安全を守ることができてよかったです」と北条氏はコメントした。
おいおいおい~、どうなってんだ? この記事は。
目撃者って誰だよ。
シャドウスネイクを葬った時はもう、会場に人はほとんどいなかったぞ。
添えられている画像は静止画で、北条がシャドウスネイクに威嚇されて、ぶるってるシーンだ。
しかし、静止画だからぶるってるのはわからない。
見てくれだけは立派な西洋風の剣を構えているせいで、やたらかっこよく見える。
背後の3人は完全に引き立て役で、パリピ社長なんか見切れている。
討ったのは、社長なんだけどなー。
「嘘ばっかだな」
ぼそりと心の声が漏れた。
「え? 嘘なの?」
糸が目を輝かせる。
いかにも真相を聞きたそうな顔。
「こういう記事って、コンペ形式なのよ」
「コンペ?」
糸は更に前のめりになった。
「そう。フリーのライターが採用目的で書いた記事よ。嘘だとか真実だとか関係ない。概ね真実なら問題ない。いかに視聴者の興味を引くかが大事」
確かに、今日の午後、シャドウスネイクがパレード会場に現れて大暴れしたのは真実だ。
そして、無事駆逐した。
それも真実。
誰が討ったのかは関係なくて、北条の手柄にした方が、民衆は喜ぶってわけか。
「ふぅん」
「言いなさいよ、何があったの?」
そこで、俺は声高らかに今日の出来事を糸に話した。
「え? じゃあ、北条ってやつ、なんもしてないって事?」
「そうだよ。あいつはぶるってて手も足も出せなかった。俺がシャドウスネイクをおびき寄せて翻弄させて、その隙を狙って北条のパーティメンバーが短剣で喉を刺したんだ」
「どうやっておびき寄せたの?」
「シャドウスネイクってやつは頭があまりよくないんだ。だから素早く動く物に反応して襲い掛かってくる。狙う対象は一匹だけ。その性質を利用して、やつの回りをちょこまか動き回ってやったんだ。目の前に迫って来た時、胸から聖剣を取り出して、太陽にピカーンと反射させてヤツの目を……あ、いや」
「せーけん? 何それ?」
「ああ、いや、なんでもない。イメージだよイメージ」
「おにい、すごーい!」
「瑠香! 起きてたのか?」
いつの間にか起きていたらしい瑠香は、俺の話に目を輝かせていた。
「おにいが、モンスターをやっつけたのかしら」
「いや、やっつけたのはパリピ社長なんだけど、俺はアシストしただけだ」
「それで、その怪我?」
糸は血を流す俺の肘を指さした。
「ああ、モンスターの巨大な尾が、バンっとここに当たって吹っ飛ばされた」
と、横腹に手を当てる。
「大変じゃない! バカじゃないの、さっさと言いなさいよ」
糸は手早く俺のトレーナーの裾を捲り上げた。
「大丈夫だよ、かすり傷だ」
しかし、そこには思っていた以上の大きな痣が出来ていて、内出血している。
瑠香がテレビ台の下から救急箱を取り出し持って来た。
「マキロンがいいかしら」
「湿布ある?」
糸に上裸にされて、二人に優しく手当されていたら、北条の事なんてどうでもよくなって来た。
周りの大切な人たちだけが、ちゃんと本当の事を知っていてくれたら、それでいいんじゃないかって。
俺は、密かに胸の奥で燻る怒りの火種から、目を逸らそうとしていた。
しかし、ハラワタが煮えくり返るような事件は、その次の日に起きた。
モンスターが街に現れた影響で学校は休みになっていた。
生徒の安全確保第一なのだとか。
俺にとっては好都合だ。
偽物もヒーローが同じクラスにいる学校なんて、行ったって面白くもなんともない。
リモートで送られて来る課題をこなしていた時。
「ただいまー」
瑠香と一緒に母親が帰って来た、と同時に。
「うわーーーーーん、わぁぁぁああん」
瑠香の激しい泣き声が、二階の部屋まで聞こえてきた。
「どうした? 何があった?」
俺は慌てて部屋を出て、階段を下りた。
俺の顔を見るなり、瑠香は更に大声を張り上げて、大粒の涙をボロボロ流す。
「るかは……ひっぃく、ひっく……うそつきじゃないもんううぇぇぇぇえええーーーーん」
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