第2話 フラグクラッシュ

 商店街はすでに活気に満ちていた。

 沿道には屋台がずらりと並び、鉄板から上がるソースの焦げる匂いが鼻をくすぐる。人々のざわめきや笑い声、そして遠くで鳴るラッパの音が混ざり合い、街全体が一つの大きな祭りのようだ。


 俺は結局、瑠香をなだめる事ができず、渋々パレードとやらに出て来る嵌めに――。


 胸の中でグルグル巡るのは、逃げ場のない焦燥と苛立ち

 鬱々とした感情を、瑠香の無邪気な姿で、必死に胡麻化そうとしていた。


「クレープあったー! おにぃ、るかはいちごのクレープにしようかしら」

 クレープの屋台の前には尋常じゃない列が出来ている。

「だいぶ待たないと買えないぞ。いい?」

 瑠香に確認すると、大きく上体ごと頷いた。

 最後尾に並ぶと、突如ラッパの音が大きくなり、豪華に装飾されたフロート車がゆっくりと走って来るのが見える。

 沿道の人々は皆そちらに注目し、盛大な拍手を送る。

「Sランクの冒険者様よー!」

「北条くーん!」

「きゃー、こっち向いた!」

 そんな歓声に思わず耳を塞ぎたくなる。

 フロート車の側面には、北条篤弘を讃える横断幕が大きく掲げられ、その中央には北条が両手を高く上げ、歓声に応えている。

 その背後には、銀髪に白いスーツのパリピ社長。軽薄そうな笑顔を湛えてガッツポーズを取る。

 アリアは制服姿で、少し控えめに後方で会釈を繰り返していて、凛は小柄な体で、飛び跳ねるようにして観客に手を振っている。彼女自身の手作りと思われる個性的なアクセサリーが、胸元でジャラジャラと揺れて、陽光に反射した。


 皆、かつて異世界で一緒に闘っていたパーティメンバーだ。

 それなのに、今は北条と共に手を振り、ガッツポーズを見せている。


 俺は底知れぬ孤独感に襲われた。

 何もかも、北条に奪われたような気がして、胸が軋んだ。


 フロート車が特設ステージの前で停車すると、舞台に立った司会者が大きく手を広げ、観客の歓声に応えるように声を張り上げた。


「さぁ皆さん、お待たせしました!  本日の主役、Sランク冒険者、北条篤弘さんが到着しました!  彼の偉業、そして日本の誇りである冒険者たちに、改めて盛大な拍手をお願いします!」


 観客がさらに盛り上がり、拍手と歓声が高まる。


「北条さんは、先日、青梅三原ダンジョンの深層部で、ネクロドラゴンというSランクモンスターを見事に討伐されました! 一歩また一歩とダンジョン攻略に近付いております。皆さん、もう一度、大きな声援をお願いします!」


 北条一行がステージへと向かって階段を上る。


 その時だ。

 胸が震えた。

 呪符だ!

 俺は、呪符の発光を人に見られないように、ダウンベストのファスナーを急いで上げた。

 何のフラグだ?

 ステージでは今、正に北条がマイクを持ち、言葉を発しようとしている。

 もしかしたら、北条のヒーローフラグか?

 俺はそっと胸に手を当てて呪符を吸い寄せた。

 手に吸い寄せられた呪符は赤く派手に光っている。


 使ってみるか。


「フラグクラッシュ」

 呪符は空中でボっと火を吹き、消滅した。

 その時だ。

 ガタッと大きな音がして、北条が階段から転げ落ちた。「キャー」という小さな悲鳴が最前列から沸き上がる。

 マジか! やったー! 北条、崩落。これでジエンドか!?

 くっくと笑いを押し殺す。


「大丈夫ですか? 北条さん、立てますか?」

 慌てた様子の司会者が北条に近付く。

 そして、仲間達が手を貸して、立ち上がらせた。

 北条は少し恥ずかしそうに顔を赤くしたが、何でもなかったかのように、またステージへと昇った。

 それ以外、なんの異常もない。


「は?……なんだそれ?」


 北条は意気揚々とステージの中央に立ち、観客の喝采を受けながら手を振っている。マイクを握り、堂々とした声で語り始めた。


「皆さん、本日は私、北条篤弘のために、こんなにも素晴らしいパレードを用意していただき、心から感謝しています!」


 観客から再び拍手と歓声が沸き起こる。

 は? ふざけんな、マジで。


「私がここまで来ることができたのは、皆さんの応援のおかげです! 青梅三原ダンジョンは、攻略までまだ道半ばですが、ネクロドラゴン討伐により、世界に多くの富をもたらす事ができたと思っています」


 胸を張り、堂々と語るその姿は、まるで大統領演説だ。観客は興奮し、ヤツの言葉に酔いしれている。


「ネクロドラゴン討伐は、私の冒険者人生の中でも最大の挑戦でした。ネクロドラゴンの魔力は非常に甚大で恐ろしい。ですが、私は諦めませんでした。皆さんの期待を胸に、あの恐ろしいモンスターを、この剣で打ち倒しました!」

 そう言って、腰の剣を抜取り、掲げた。

 まるで、全部自分の手柄みたいな言い草には反吐がでる。

 なにがフラグクラッシュだ。ポンコツ女神め! 民衆の前でずっこけたからって、こっちの気持ちは一ミリも晴れないんだよ!!!

 と、舌打ちした時だ。

「偽善者ウケる~、ひゃはははは」

 という、どこかで聞いた事があるような声が聞こえた。

 声の方に振り返ると

「あ! 糸!」

 顎辺りでパツンと切りそろえたボブヘアをサラッとなびかせて、こちらに振り向き、満面の笑みを見せた。

「伊吹ー!」

 紺のブレザーに、赤いチェックの短いスカート。

 糸とは学校が違うので、制服姿は新鮮に映る。

「瑠香ちゃん、こんにちは」

 瑠香の頭をなでなでする糸。今日は機嫌がいいみたいだ。

「糸の学校も、早めに終わったのか?」

「そうよ。バカみたい。伊吹知ってる? あいつ」

 その目線の先には、ステージでヒーローよろしく演説をする北条篤弘。

「同じ学校の同じクラスだけど?」

「そうだったわね。うちの学校の女子、何人もあいつにやり逃げされてるの。変な薬飲まされて……」

「え? それマジ?」

 あいつ、他の学校の女子にも手出してるのか。益々許せんな。

「さっき、こけたの見た? マジでウケるぅ~」

 と、手を叩いて喜んでいる。

「おにぃ、まだかしら? おなかすいたー」

 瑠香が俺の裾を引いた。クレープまでにはまだ遠い。前に10人ほど並んでいた。

「だから言っただろ。時間かかるぞって」

 つい声を荒げてしまったが、しゅんと項垂れる瑠香が可哀そうになって来て、俺は瑠香を抱っこした。

「よし、歌でも歌うか?」

「うん! クリスマスのおうたうたって」

「もうすぐクリスマスだもんな。よし! じゃあジングルベルでも歌うか」

 歌は上手くもないが下手でもない。どっちかと言ったら好きだ。シングルベルぐらいなら、俺でも歌える。瑠香の気を紛らせるにはちょうどいいだろ。

 んほんっと喉を軽く鳴らした。


「ズィングルベぇぇ~~~ル♪ ズィングルベぇぇ~ル♪ 鈴がぁ鳴るぅぅ~♪」


 え? ちょっと待て。

 全然意識してないのに、やたらビブラートがかかって、表現力が鬼レベルだ。


「え? 伊吹、そんなに歌上手かったっけ?」

 糸がきょとんと目を丸くした。


「きょぉっはぁ~~楽しいっ~クリっスマスぅ~♪」

 周囲の喧騒が、徐々に薄れていく。

 ステージの方に向いていた観客がこちらに視線を向ける。


「はっしれソリよぉ~~~かぁぜっのようにぃ」

 観衆がざわつき始める。

 たかがジングルベルにうっとりと涙腺を緩める者もいる。

 糸も隣で、黒目がちな瞳をうるうるさせている。

 嘘だろ?

 歌うまスキル、カンストか? 

 きよしこの夜も歌ってみるか。

「きぃひよぉすぃ~~こぉほのよぉほるぅぅうぅほぉすぃ~ふぁあ~ぁあぁぁあああひぃかぁぅりぃい~」

 セリーヌディオンもびっくりだ。


「おにぃ、てんしかしら? せんせいよりじょうずー」

 パチパチパチと瑠香と糸が拍手する。


「すぅ~くぅうぃ~~のみぃこぅわぁあぁぁ~」

 マイクもないのにエコーがかかって響き渡る。


 俺の周辺はもう北条どころではなくなっていて、スマホで俺を撮り始める者もいる。

 見事に主役を食ったわけだけど――。

 そんな事で俺の気持ちが晴れるはずもない。


「すごい! 伊吹、プロ並みじゃん!」


 ん? 待てよ。これは使える。


 俺はとある計画が頭を過った。


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