第5話 仲間との再会

 俺は結局、呪符を使わなかった。

 呪符は震えながら光るだけで、何のフラグなのかは教えてくれない。

 つまり自分で判断して選択するしかないようだ。

 帰還してから、呪符がフラグ発動を知らせたのは2回。

 一度目は糸との別れ際。

 二度目は、今朝、父との再会の時。

 既に何らかのフラグが立っているという事だ。

 未だ抜けきれない衝撃を抱えながら、俺は3年前となんら変わらない通学路を歩いていた。


 父は葬儀屋で、フューネラルプランナーとして働いていた。

 フューネラルプランナーというのは、葬儀のプランを遺族と話し合い提案する職業だ。

 父は 遺族に寄り添う事ができる温かい心の持ち主で、細やかな気遣いが出来る人だった。

 人がすぎる事が欠点と、母が苦笑するほど人がく、若い頃は騙される事も多かったのだそう。


 亡くなったのだって、赤信号を無視して車にはねられそうだったおばあさんを助けて、身代わりとなって事故に遭ったのだ。

 助かったおばあさんの孫娘は、確か萌音という可愛らしい女の子で、何度かうちにお礼のために訪れては、父の位牌に焼香していたっけ。

 毎日、死という現実に直面していた父は、よく「人は日々命を削りながら、二度と戻れない時間を生きているんだ」と言っていた。


「伊吹ー!」

 背後からの懐かしい声に振り返ると、そこには――。


「浮羽……」

 神妙な顔で唇を震わせているかつての恋人がいた。

「伊吹、私ね」


「ごめん。急いでるんだ」


 どんな顔で、どんな話があるというんだ。北条と浮気しといて、なんで普通に俺に話しかけて来れるんだ?


「伊吹!」

 浮羽の呼びかけを背中で聴きながら、俺は校舎へと急いだ。


 教室に入ると、クラスでの話題はやはりあの事。


「昨日の新聞見た? 北条君、すごいよね」

「ヒーロー誕生! 俺たちのクラスからヒーロー誕生だぞ!」

「ネットでもすごい話題になってる」


「くだらねぇ」

 俺はぶつぶつと文句を言いながら席につき、ふと視線を隣の席に移した。その瞬間。

 本来この教室には、いないはずの人物が視界に写り込んだ。


「え? 君は……」


 透けるような水色の髪に、碧眼。

 日本人離れしたはっきりとした顔立ちは、肌が抜けるように白い。

 当たり前のように、この学校の制服に身を包み、当たり前のように俺の隣の席に座っているその人物は――。


「アリア?」


 彼女は、はっとして顔を上げ、こちらを向いた。


「勇者さま?」


「アリア! どうしてここに?」


「勇者様! 戻ったのですね。おかえりなさい」

 そう言って、ドラマティックに抱き着いて来た。

「お、お、おい! やめろ!」


 アリアは異世界で一緒に闘った仲間で、有能な探索者だった。

 迷宮の地図作成やトラップの解除のスペシャリスト。その正確無比な地図のおかげで、何度も危険を回避できた。さらに、彼女のモンスター解析能力は、ボス戦での勝利の鍵となるほど優れたもので、俺たちのパーティーを何度も救ってきた。

 そんな優れた能力とは裏腹に、ちょっと天然なんだ。


 3ヶ月ほど前に、モンスターにやられて一足先に地球に戻っていたはずなのだが。

 もちろん、同じ学校ではなかった。

 彼女の居住地など、俺は知らないが、同じ学校ではなかった事は確かだ。


「勇者様、会いたかった!」


 そう言って、俺に絡ませている両腕に更に力を込める。


「ちょ、ちょっと……。学校で勇者様はやめろ。伊吹だ」


「伊吹様」


「様はやめろ。それより、なんで君がここにいる?」


 はっと我に返ったアリアは、俺から体を剥がすと、羞恥と驚きの顔で周囲を見回した。自分の咄嗟の行動に驚いたようだ。

 にわかにざわつき、こちらをチラ見しているクラスメイト達に顔を赤らめるアリア。


「ごめんなさい。つい。興奮しちゃいました」

 

 両手で口元をおさえた後、教室の外を指さす。


「ここじゃなんですので」


 彼女に促されるまま、人気のない屋上へと向かって階段を上る。

 踊り場までやって来て彼女は立ち止まった。


「魔王は倒せたのですね?」

 くるんとこちらに振り返って、スカートを翻す。


「ああ、もちろん。この手でとどめを刺してやったよ。それで、昨日こっちに戻って来た」


「すごい! さすが勇者様です!」


「その勇者様ってやめてくれよ。もう終わったんだ。俺はもう勇者じゃない。伊吹って呼んでくれ」


「はい。伊吹! 最強の勇者、伊吹! すごいです。頑張りましたね」


 彼女は再び俺に抱き着いた。

「アリア……」


 彼女はいつもこうして俺に寄り添い、褒めてくれたっけ。彼女に「すごい!」と称賛されるたび、俺は強くなれる気がしていた。


「見せたかったぜ。魔王が宇宙の藻屑になる瞬間を」

 とは言っても、さして死闘というほどでもなかったが。


「藻屑……ですか」


 急に反応が薄くなるアリア。

 もっと喜んでくれると思ったのに、彼女の表情から輝きが失せた。


「それより、なんでここに?」


「探索者としてのスキルを買われたのです」


「へぇ」


 アリアはスキルがそのまま残ったらしい。

 しかし、だからといって、ここにいるのはなぜだ?


「伊吹、驚かないでくださいね。地球上にダンジョンが出現したのです」


「ああ、昨日ネットで知らべて、何となく知ってる」


「北条さんが冒険者になってるんです」


「ああ、その件も知ってるよ。割愛してくれ」


「何かあったのですか?」

 アリアはやはり勘がいい。俺の顔色を見て察したらしい。


「いや、いいんだ。君の話を続けて」

 俺は、階段に腰掛けた。


「北条さんの父親がダンジョン党の党首なのも知ってますね?」

 アリアも俺の隣に腰掛ける。


「ああ」


「私の父は地質学者なんですが、北条さんの父親からの依頼で、ダンジョンの調査に駆り出されたんです。まだダンジョンが出来始めた頃。ちょうど3年ぐらい前の話になります。私自身にその記憶はないんですが……」


「え? アリアもそうだったのか。じゃあ、アリアもこっちに戻った時は既にダンジョンが出来ていた?」


「はい。私が戻ったのは今から3ヶ月前。ちょうどその頃、父が率いるチームで事故があったのです」


 そう言えば、アリアは俺よりも先に異世界に召喚されてたんだな。

 なので、こっちの世界に戻ったのも、今から3ヶ月前の地点って事になる。


「モンスター絡みか?」


「はい。その日はたまたま不運が重なりました」


 アリアは今まで見た事ないほど、表情を曇らせた。


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