第14話 消費者との対話

翌日、由美は再び試飲会の会場に立っていた。前日のプレミアムラインに対する厳しい評価が、まだ胸に重く残っている。しかし、今日は特別な日だ。現地の消費者と直接対話をする機会が設けられており、彼女自身の言葉で「午後の紅茶」の物語を伝えられる場が与えられた。


試飲会場は現地の大型ショッピングモールの一角に設けられていた。棚には新しく開発された現地向けフレーバーと、日本の「午後の紅茶」のプレミアムラインが並べられ、訪れる消費者たちが次々と手に取っている。


由美はテーブルの向こう側に立ち、消費者に直接紅茶を注いでいた。彼女は一人一人に微笑みかけ、紅茶を差し出しながら、言葉を選びつつその魅力を語った。「この紅茶は、日本で長い歴史を持つ伝統的な味です。そこには、私たちが大切にしてきた物語が詰まっています。」


しかし、由美の説明に対して、時折無関心な表情を浮かべる消費者もいた。彼らにとって、日本の「物語」は、やはり遠く感じられるものだったのだろうか。由美の心には再び不安が広がり始めた。


「どうして私の想いは伝わらないんだろう…?」彼女は内心そう呟きながら、次の消費者に紅茶を手渡した。


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すると、その時、ある一人の女性が立ち止まり、プレミアムラインを手に取りながら興味深そうに由美を見つめた。「あなたがこの紅茶を作った人なの?」


由美は驚きながらも微笑んで答えた。「私は開発チームの一員です。この紅茶には、私たちの誇りと想いが詰まっています。」


女性は一口、紅茶を飲み、その場でしばらく黙って考え込んでいた。「この味、深いですね。まるで何か大切な思い出を呼び起こすような、そんな気がします。日本の紅茶って、こういう風味が特徴なんですか?」


由美はその言葉に胸が熱くなった。「そうです。この紅茶は、ただの飲み物ではなく、私たちが大切にしてきた時間や文化を象徴しているんです。」


女性は静かに頷き、「面白いわね、紅茶ってただ飲むだけじゃなくて、その背景にあるストーリーも一緒に味わえるものなのね。」と微笑んでくれた。


その瞬間、由美は確信した。「物語が伝わる…。」たった一人でも、消費者にその想いが届いたという実感が、彼女の胸に灯火のように小さな希望を燃やした。


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試飲会が終わりに近づく頃、現地チームのリチャードが近寄ってきた。「今日はどうだった?」彼の声は柔らかかったが、同時に次のステップを探っているかのようだった。


「思っていたよりも手応えがあったわ。」由美は力強く答えた。「もちろん全てがスムーズにいったわけではないけれど、少しずつ現地の消費者に私たちの『午後の紅茶』の物語を伝えられていると感じます。」


リチャードは静かに頷いた。「そうか。市場は厳しいが、君の想いが伝わるなら、その先に道があるかもしれないな。」


「道は自分で切り開いていくものよ。」由美はそう返し、笑みを浮かべた。


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その夜、ホテルに戻った由美は、再び今日の出来事を振り返りながら、次の展開を考えていた。今日得た手応えをどう活かし、さらに広げていくか。それには、もっと消費者との対話を増やし、彼らに「午後の紅茶」の魅力を知ってもらう機会を設ける必要がある。


「明日も頑張ろう。」そう自分に言い聞かせ、彼女は次なるステップに向けて、また新たな計画を練り始めた。

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