第12話 ローカライズの決断

由美は翌朝、早くから現地チームと再び顔を合わせた。試飲会の結果を基に、現地消費者に合わせた製品改良を進めるための議論が行われることになっていた。彼女は前夜、消費者の意見を整理し、資料を何度も読み直して自分の戦略を固めた。だが、心の奥底では「ブランドの本質をどこまで守れるのか」という不安が残っていた。


「改良が必要だ。それは間違いない。」会議室に集まった現地チームのリーダー、リチャードが切り出した。「私たちのマーケティングリサーチでも、現地消費者はより軽い甘さと、風味の調整を求めている。これに対応しなければ、現地での成功は難しいだろう。」


由美はその言葉を聞きながら、自分の資料を握りしめた。「確かに、消費者の声は大切です。しかし、『午後の紅茶』の本質を見失うわけにはいきません。これは、ただの紅茶ではなく、ブランドの一貫性を保つ必要があるのです。」


リチャードは静かに頷きながらも、冷静に反論した。「ブランドの一貫性は大切だが、成功しなければ意味がない。我々は現地市場に合わせたアプローチを取るべきだ。」


由美の心は揺れ動いていた。消費者の意見に耳を傾けることの重要性は理解している。だが、彼女が守ろうとしているのは、単に味の問題ではない。ブランドに込められた物語や歴史、そして開発者たちの想いだった。


「私はこのブランドを守りたい。しかし、現地での成功も必要です。」由美は静かに言葉を紡いだ。「ですので、提案があります。現地消費者に合わせた新しいフレーバーを開発しつつも、『午後の紅茶』の本来の風味を伝えるプレミアムラインを同時に展開しましょう。現地向けのアプローチと、日本の伝統を守る方法の両立を目指します。」


その言葉に、会議室は静まり返った。全員が由美の提案を考え込んでいるようだった。


「二つのラインを展開する…か。」リチャードが呟いた。「それは確かにリスクはあるが、悪いアイデアではない。現地の消費者にはフレキシブルな選択肢が与えられ、日本のブランドのアイデンティティも守られるかもしれない。」


他の現地スタッフも少しずつ賛同し始め、会議の空気が和らいでいった。由美は、ようやく自分の提案が受け入れられたことを感じた。


---


その夜、由美はホテルの部屋でパソコンを開き、次のステップに向けたプランを練り直していた。現地市場に合わせた新しいフレーバーの試作品を作り、現地消費者の反応を再度確認する。それと同時に、日本で成功してきたプレミアムラインの展開も進める。彼女は慎重に計画を練りながら、ふと視線を窓の外に向けた。


「ここまで来たんだ。」由美は静かに呟いた。「私は、絶対に成功させる。」


彼女は再びパソコンに向かい、次の会議の資料を作り始めた。プロジェクトは、少しずつ形を成してきている。だが、まだ課題は山積みだった。ローカライズとブランドの守護、そのバランスをどう保っていくか。それが、由美にとっての次なる大きな挑戦だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る